360 最古の魔塔第3階層2
「ペイドランの言うとおりだ。気を引き締めて進むぞ」
ゴドヴァンも真剣な表情で告げる。足元にはヨロイトカゲの死体が転がっていた。既に何体分かも分からないほどだ。
(でも、ゴドヴァン様でも、ヨロイトカゲの鱗には手を焼くはずだったんじゃ)
セニアは昔語りを思い出して首を傾げるも、すぐに思い直す。今、大事なことはそんなことではない。
「はい」
セニアは返事をして先頭を進もうとした。対階層主との戦いでは役に立てないかもしれない。せめて移動中に奮闘しようと思ったのだ。
「いや、先頭は勘の鋭いペイドラン、次は俺。セニアちゃんは殿下とルフィナを守ってくれ」
真剣な顔のゴドヴァンに止められてしまった。
「そうだね、順当な配置だと思うよ」
クリフォードも頷いている。
真面目な時の2人に揃って言われては、素直に引き退がるしかなかった。クリフォードとルフィナを守るのもまた重要な仕事なのだから。
セニアは頷き返して2人のそばに寄るのだった。
また、戦闘しながら進む。
確かに魔物が多い。絶えずヨロイトカゲと怪鳥レッドネックに襲撃された。襲撃されそうになると、ペイドランが察知して、首を傾げて立ち止まる。おかげで不意討ちはされなかったのだが。
「ちっ、さすがに数が多いと厄介だな」
ゴドヴァンが舌打ちして告げる。すぐに大剣の切れ味が今までとはまるで違うのだと分かった。単体であれば背中からでも鱗ごと、たやすく斬り裂いていたのだ。やはり、得物をより良い大剣に変えたらしい。
(でも、やっぱり過酷なんだわ)
消耗戦だ。ゴドヴァンの負傷が特に頻繁である。セニアもまた、ルフィナの回復光に助けられることがしばしばだった。
「あれは」
ルフィナが険しい顔で声を上げる。杖で静かに指し示された方向には。
黄色い鱗が岩の向こうに見え隠れしていた。
黄竜だ。怪鳥レッドネックを両前足で鷲掴みにして、ガツガツと食らっているところだった。
今の自分にとって、もはや勝てない相手ではない。
「壊光球」
セニアは10個の光球を宙に浮かべる。今回は威力や大きさよりも持続力重視だ。聖剣の力を用いているため、10個だけなら長く継続して出したまま、数時間に渡って使い続けられる自信があった。
今までの自分とは違う。
「開刃」
壊光球一つ一つから鎌のような刃が生じて回転する。
まだ岩の向こうで黄竜が食事をしているうちに、壊光球が襲いかかった。ひとたまりもなく、黄色い竜が肉塊へと変わる。
「セニア殿」
クリフォードに名前を呼ばれた。出過ぎた真似だったのだろうか。さすがに叱られるのか。
少々身構えてしまうセニア。受け身でいても良くない気がしてきた。口を自ら開く。
「私、前情報どおり、階層主がミラードラゴンかそれに近い魔物なら。階層主戦まで殿下やゴドヴァン殿、ペイドラン君の露払いを、私がするべきだって」
セニアは固く決意して告げる。
「そうか。気持ちも意図も分かるけど、飛ばしすぎないようにね」
クリフォードが微笑んで言う。怒ってはいないようで、セニアはほっとする。
「でも、決めつけは良くないよ。もし、裏をかかれて、逆に神聖術しか効かない階層主を置かれていたら、君が動けないほうがマズい」
思わぬ鋭いことを言われて、セニアはハッとする。確かにいざ実際に遭遇するまでどんな階層主かは分からないのだ。
「そうですね、すいません、考えが浅くて」
何事も決めつけて、やりすぎるのは良くないのだ。
気にし過ぎないで、と言わんばかりにクリフォードが手をヒラヒラとさせる。
それでも、せっかく生み出した長期持続の壊光球を活用しないのは、あまりに勿体ない。
セニアは開刃を駆使して、出会すヨロイトカゲを片端から切り刻んで進む
「すごいな、持続力まで向上している」
かなり進んだ地点でクリフォードが褒めてくれた。
だが、セニア本人はすっかり汗だくだ。少しフラフラする。視界もどこか覚束ない。
「まったく、俺とペイドランの見せ場がねぇや」
ゴドヴァンが苦笑いである。肩に新しい大剣を担いでいた。
「俺、見せ場より、楽して無事な方が嬉しいです」
ペイドランが真面目くさった顔で言い返している。
とても可愛いのでペイドランのためなら、もっと頑張れる気もしてしまう。イリスに怒られるだろうか。
(あ、嘘。やっぱり、しんどいわ)
阿呆なことを思っていたら、また視界が揺れたのだ。
セニアは首を横に振った。
「ほぼ独擅場だね」
ねぎらってくれたクリフォードに対して、とうとう倒れ込んでしまう。
「ハハッ、頼られているようで嬉しいよ」
自分の身体を受け止めながら、呑気なことを言うクリフォード。自分はいま、とてもしんどいのである。
「少し休もう。ペイドラン、天幕を頼む」
さらにペイドランにはクリフォードが指示を飛ばす。鎧の重みで少しよろけているのはご愛嬌だ。
(あ、だめよ。私のバカ。何を甘えているの?)
自分の疲労のせいで予定が押してしまうかもしれない。シェルダンからは第6階層入りする期日まで定められているのだ。
「いえ、まだ、進めます」
セニアはなんとかクリフォードから身を離そうとする。
さすがに上手く力が入らなかった。
「いや、今日はここまでだ。セニア殿の疲労のためばかりじゃなくて。ちゃんと予定の場所には着いているんだ」
たとえ嘘だとしても、そう言ってもらえば反論のしようもなく、心置きなく身を休められる。
「ここでいいんですか?」
ペイドランが天幕を設営しつつ尋ねている。入り口から階層主までの中継地を設定するのはクリフォードでないと難しいようだ。
さりげなく、ゴドヴァンが見張りに立ってくれていた。ルフィナも自分に回復光をかけてくれる。少し身体が楽になった。
「あぁ、シェルダンの記録ではここらが丁度良い」
クリフォードがノートを片手に断言する。
本当に変わったのだ。今までの燃やしたがりとは随分と違う。
セニアはペイドランのあつらえてくれた天幕の中、崩れるように横たわってしまう。
結局、動けなくなるまで戦ってしまったのが心苦しかった。
「ごめんなさい。殿下は、制止してくださったのに」
セニアは横たわったまま、優しく見下ろすクリフォードに謝罪した。
「いや、ここで一旦止まって、ペイドランに偵察してもらう。その待機時間があるのだからね。そんなに謝ることじゃないさ」
クリフォードが慰めてくれた。
「じゃあ、俺、行ってきます」
外でペイドランがゴドヴァンあたりに告げている。
そのまま、階層主を確認しに向かうのだ。
セニアはそのまま眠りにつくのであった。




