359 最古の魔塔第3階層1
シェルダンたちがまだ王都アズルの城壁前での睨み合いをしていたころ。
聖騎士セニアたちは最古の魔塔第2階層の最奥にいた。赤い転移魔法陣の前である。
セニアはここに来て、誰かに極端な負担のいかなくなった現状に、心地よさをすら覚えていた。特段の注意を要するのは最早、入り口くらいのものだ。
「行ってきます」
オーラを纏ったペイドランが、無数の短剣の収まった帯革を襷掛けにして告げる。
「気をつけるのよ。次の階層は魔物が多いから。それにヨロイトカゲは本っ当に、硬いのよ」
母親のようにルフィナが心配して告げる。
ゴドヴァンも心配そうだ。つくづく、2人並ぶとまるでペイドランの父母のようなのだった。
「手は考えてあります」
言い捨てて、ペイドランが赤い転移魔法陣の中へと姿を消した。
「いや、ほとんど考えたのは私じゃないか」
呆れ顔で埒の開かない指摘をクリフォードが零した。
「そうだったんですか?」
セニアは苦笑して尋ねる。
燃やす以外のことに力を注いだというのなら素直に賞賛しようと思ったのだ。確かにクリフォードもまた、シェルダンからの資料とにらめっこしていたことを、セニアはよく覚えている。
(その努力のおかげで、今や私達を導いてくれてるのはクリフォード殿下なのだもの)
あくまでクリフォードの場合、偵察も先導もせず計画を告げているだけなのだが。それでも、頭に間違いなく入っているのだ、と思わせてくれる人がいるだけでもだいぶ違う。
「そうさ。とにかく、彼は勉強嫌いで。一通り覚えたら、もういいやって逃げだすしね。どう知識を活かすのか、なんて考えもしない」
クリフォードがセニアの敬意にまるで気付かず、一気にまくし立てた。
学者肌のクリフォードと天才肌のペイドランとでは合わない部分もあるのかもしれない。
(ここで、かえって黙ってたら本当に格好良いのに)
セニアはまた愚かなことを思ってしまい、下を向く。今は魔塔攻略の真っ最中なのだ。
「それでも、上手くやるのがペイドランさ」
同じく学者肌とはほど遠い、ゴドヴァンが告げる。
(あ、大剣。大剣が変わったんだわ)
ゴドヴァンについて、何か印象が違う、とセニアは魔塔攻略直前から思っていたのだが。
ようやく大剣が変わったのだと気付く。青と白の鞘に入っており、剣身が純白のものだ。なんとなくセニアにとっては好きになれない大剣だった。
「御二人が甘やかすからですよ」
わざとらしくクリフォードがため息をついた。
「あら、殿下よりもよっぽど素直で可愛い、良い子なのだから仕方ないでしょ」
ルフィナからも手厳しくやり返されてしまうクリフォード。確かに可愛げでペイドランに敵う人間はそういないだろう。
「子供扱いして、むしろ避けられてやいませんか?」
クリフォードが更に反撃を試みる。
が、2人がかりで睨まれてしまい、諸手を挙げて降参した。
保護者2人を前にしてペイドラン批判をするのでは、勝ち目などないに決まっている。
つい、セニアは笑みをこぼしてしまう。
仲間たち3人にも、オーラを掛け直す。
「皆さん、時間です。そのペイドラン君がきっと頑張ってます」
セニアは告げて聖剣を抜き放つ。
前の階層で作っておいた壊光球はついてきてくれない。そこまでは甘くないのであった。
苦戦しているかもしれないペイドランをすぐに助けるには、あらかじめ聖剣を抜き放っておくぐらいしか、自分には出来ない。
セニアはさりげなく、他の3人よりも先に赤い魔法陣へと足を踏み入れた。
視界が切り替わる。岩だらけの土地。最古の魔塔第3階層。シェルダンからの資料どおり、岩地であった。
「よいしょ、よいしょ」
岩の間にて、ペイドランがヨロイトカゲの死体を片付けているところだった。
怪鳥レッドネックの死体も転がっている。倒すだけならともかく、小柄なペイドランにはヨロイトカゲの運搬は難事業のようだ。
「すごいわね」
いずれのヨロイトカゲも、口の中の同じ場所を正確に飛刀で撃ち抜かれて絶命しているのを見て、セニアは告げた。
ちょうど同時に残りの3人も姿を見せる。
「皆、ヨロイトカゲは口を開けて襲ってくるんです。どんだけ硬くても口の中は無防備なんです」
えっへん、と胸を張ってペイドランが言う。
「それだって、私の発案じゃないか」
遅れてやってきたクリフォードが呆れた口調で指摘する。
「知りません」
とぼけるペイドランを前に、ゴドヴァンとルフィナも苦笑いだ。
「まぁ、いいや。とりあえず階層主のいる地点を目指そう。先の第2階層も、階層主のいた場所は、シェルダンの記録どおりだった。おそらくは第3階層も近い位置にいるんじゃないかな」
これまでと同様、クリフォードが音頭をとってくれる。
気になるのは、先の第2階層では、フレイムサラマンダーがあらわれるはずであったところ、フレイムドラゴン即ち炎竜が階層主であったこと。
(次はミラードラゴンのはずだけど)
セニアはかつて聞かされた第3階層での話を思い出す。
聖騎士の天敵だ。父レナートの極光刃ですら効かない相手だった。
(その、ミラードラゴンのもし強化された魔物が相手なら?私の壊光球も効かないのかしら?)
当然、いざとなれば自分も持てる力、手段のすべてを投じて戦う覚悟は決めている。
思わずセニアはクリフォードに視線を送った。ペイドラン以上に情報の総量だけなら頭に入っているクリフォード。今回も何が現れそうか察しているのではないか。
「大丈夫。ゴドヴァン殿に私もいる。ペイドランも、だ。たとえ神聖術の効かない相手だとしても、4名で挑んだレナート殿の時とは違う」
セニアの悩みを読んだかのようにクリフォードが言う。
本当に心強い、頼れる人になった。なぜだかこそばゆさをすらセニアは覚えてしまう。
「そうですね、ありがとうございます。気持ちが楽になりました」
そして、自分もまたただ、攻撃するだけが能ではないことを思い出す。
「私、前衛でも千光縛でも、回復光でも。何でもしますから」
セニアは固く決意して告げる。
「なら、私の応援を」
ふざけたことを言いかけるクリフォードの頭上に怪鳥レッドネックが迫っていた。急降下がかなり速い。
飛刀が怪鳥レッドネックの首元に数本突き立って、撃ち落とした。
「イチャつくの、ダメです。ここは魔塔ですよ」
顰め面をしたペイドランにとうとう2人揃って怒られてしまうのであった。
昨日(4月9日)に活動報告にも記載しましたが、エピローグまでの入力が完了しました。
これで私に何かあっても皆さんにラストまでご覧頂くことも可能という状態が出来ましたので、一安心という次第であります。
いつもご覧頂き、さらにこの場面、話数まで。本当に感謝しかありません。
いつもありがとうございます。




