354 最古の魔塔第2階層2
いかにも熱を帯びた赤い岩。
迂闊に触れてしまうとオーラ越しにも負傷してしまうかもしれない。細心の注意を払ってペイドランは先頭に立って進む。
出逢う魔物の中では、やはりエングマが手強い。
「うおおっ!」
ゴドヴァンが遭遇したエングマと正面から大剣で渡り合う。太い腕と鋭い爪の一撃を受ければゴドヴァンでも厳しい。
(今なら)
ペイドランはゴドヴァンに当たらぬよう飛刀を放つ。
難しい攻撃なので目を狙ったものが外れる。代わりに喉に突き立った。戦果としては悪くない。怯ませることには成功した。
「うおおっ」
痛みで生じたエングマの隙を逃さず、ゴドヴァンが斬り倒す。
手強いものの、環境が過酷すぎるからかエングマくらいしか強敵がいないので助かる、とペイドランは思った。
「壊光球」
セニアが別方向からあらわれた一頭のエングマに対応する。少し距離があり、一瞬の溜めを経て、5つの光球を生み出した。
「開刃」
回転する刃がエングマに襲い掛かり身体を斬り裂いてしまう。
(やっぱりセニア様、すんごい強くなった)
ペイドランは改めて思うのであった。
「こうなると、セニアさんがいるのは心強いわね。レナート様、こういう出会い頭の戦いは苦手だったから」
微笑んでルフィナが言う。軽く負傷したゴドヴァンに回復光を愛おしげにかけていた。
「そうですね。でも、フレイムサラマンダーとの戦いに向けて、セニア殿は力を溜め込んだ方が得策だと思う。消耗の激しい技は避けてくれ」
クリフォードの言葉どおり、壊光球という技はとても便利で強いものの、消耗が激しいらしい。セニアが一番疲れた顔をしている。
「はい」
素直に頷くセニア。
それでも今度はクリフォードを盾で守り続ける。まるで大切な人だから守るかのように献身的だ。
やがて地図の場所にまで近づく。丸一日は進んだだろうか。
「よし、ここで野営しよう」
シェルダンの残した地図とにらめっこしながらクリフォードが告げる。
(殿下、近付き過ぎてるとか、そういうの、分かるのかな)
ペイドランの場合、直感が働くのはもっと敵に近づいてからだ。敵と出会わない内からの距離感までは分からない。
他の面々も不満を言わないので、きっと上手な位置取りなのだろう、とペイドランは思うこととする。
天幕を設営し始めた。
「不器用でごめんなさい」
セニアが手伝おうとしてくれて、しくじる。布の折り目がどう頑張ってもずれるのだ。
(やっぱり変わったんだ)
ペイドランはやはり素直に感心させられたものの。本人の言う通り、あまりに不器用なので下がってもらった。なぜこうもズレるのだろうか。
(たぶん、本人がズレているからだ)
天幕を設営し、中には聖樹から作った香木を焚きしめる。中が随分と涼しくなった。
「じゃあ、俺、行きます」
ペイドランはセニアにオーラをかけ直してもらって言う。
「いつも通りよ、階層主を見たら戻ってくるのよ?」
まるでお母さんのようにルフィナが言う。
「はい」
ペイドランも素直に頷く。今まで戻って来なかった人でもいるのだろうか。
「どっかのメイスンみたいになし崩しに戦うなよ」
ゴドヴァンも心配して言う。戻ってこなかったのはメイスンだった。
(でも、生きてるってことは。メイスンさん、勝っちゃったんだ。それはそれで凄いと思うけど)
階層主は怖い。どんな相手かも分からないうちは特に。
「そんなことになったら、俺、死んじゃいます」
真面目な顔でペイドランは告げて、偵察へと向かう。
目指すはシェルダンの地図通り、フレイムサラマンダーとかつてゴドヴァンたちも遭遇した場所だ。
しばらく赤い岩の間を進む。極力、戦闘を避けようと思ってはいた。だが、そもそも闊歩している魔物が少ないように感じられる。
やがてシェルダンの地図通り、赤い河が見えた。水は流れていない。干からびて水の涸れたような、地面がむき出しの線になった窪地だ。
(これを辿ると、溶岩の湖に出る。そこにフレイムサラマンダーがいるはずだけど)
シェルダンの資料通りだと溶岩の湖を泳ぎ回っていたというのだ。
ペイドランとしては、たとえ魔物とはいえ、本当にそんな生き物などいるのだろうかと思ってしまう。
岸沿いに、岩陰に身を潜めながらそろそろと進む。
途中、赤い竜が一匹、湖の近くに佇立している。こちらにはまだ気付いていない。竜も強い魔物だ。
(鱗が硬いから、竜は苦手だ)
岩陰に身を潜めたまま、ペイドランは思う。
目以外に飛刀の効く部位がないのだ。まともに戦うと分が悪い。それでも戦うしかなければ戦うのだが。
しばらく待つと、結局、ペイドランに気づくことなく赤竜が遠くへと飛び去った。遠くに獲物となるエングマを発見したらしい。
(でも、他に魔物がいない)
ペイドランは気付いていた。赤竜がいたのは竜種もかなり強い魔物だからだろうと思う。
岩の陰から姿を晒して、またペイドランは進む。
(やっぱり隊長の記録どおりなのかもしれない)
階層主が本当に近いのなら、もっと用心しなくてはならない。自分を戒めながらペイドランは進む。
やがて川の幅が少しずつ広くなった。
赤い湖が見える。湖面がグツグツと煮えていて、溶岩特有の粘り気も視認できた。
油断なくペイドランは気配を消して、しばし待つ。頬のあたりが痺れるような感覚に襲われていた。近くに怖いものがいる、その予兆だ。
(いた)
湖面が一際大きく揺れた。
細長い首が浮かび上がってきて、赤い大きな眼球が辺りを見回す。まるで獲物を探しているかのような所作だ。首だけでもかなり太くて長いようにペイドランには思えた。
(あれが、階層主なのかな?)
ペイドランは首を傾げる。違和感を覚えていた。
自分はクリフォードほど頭が良くない。最初からシェルダンにも見切られていて、与えられた情報量もクリフォード程には多くなかった。
(俺には、偵察に必要そうなことだけ、隊長は伝えたんだと思う)
変に隠し事をしたがるシェルダンらしい行動だったが、今は少し、判断に困ることとなっていた。
ペイドランはもう一度、逆方向に首を傾げる。
それでも気配はしっかり消したまま、息1つについてすら、気を抜いてはいない。
(隊長、あれ、トカゲっていうより)
やがて、獲物が何もいないことを理解したのか、湖面に浮かんできた長い首が再び沈んでいった。
ペイドランは悩ましく思いつつも無事、予想どおりの場所で階層主を発見したことを伝えに、仲間の元へと戻るのであった。




