353 最古の魔塔第2階層1
最古の魔塔第1階層の最奥、赤い転移魔法陣の前にて、ペイドランはセニアにオーラをかけてもらった。以前よりも力強い気がする。光もなんとなく綺麗で優しい。
「オーラもね、少し、進歩したの」
自分の戸惑いに気付いたのか、照れ臭そうにセニアが説明してくれた。
真面目に神聖術へ取り組んできた、実力を上げたことの一端を見せられた気がする。
「5分後に、来てください」
自分も頑張ろう、と決意新たにペイドランは告げる。
本当は怖い。何が待っているかも分からないのだ。シェルダンに教えられた熱気も、強化されたセニアのオーラでも緩和出来ないぐらい強いかもしれない。
首を横に振る。
(大丈夫、イリスちゃんだってそう言ってくれる)
根拠がなくとも、そう思うとなんとなく力が得られる。
ペイドランは意を決して、赤い転移魔法陣へと身を投じた。
視界が変わる。
前情報どおり、見るからに暑そうな岩地だ。ものすごい熱気をオーラ越しにも感じる。それでも干からびる程ではない。熱く感じるのは、目に入る景色が見るからに暑いせいだ。
(セニア様のオーラ、しっかり守ってくれてる)
思うも気は抜けない。首筋がピリピリする。
ペイドランは転がるようにその場を離れて、飛刀を元いた方へと放つ。
「グオオオオッ」
野太い咆哮をあげる、燃えるような赤毛の熊、エングマだ。自分よりも遥かに大きく力も強い。
鼻先に短剣が突き立っている。かなり痛むらしく、必死ではたき落とそうと藻掻いていた。
(隙だらけ)
更に続けざまにペイドランは飛刀を放つ。両目を潰した。のた打ち回っているが、自分も以前よりは投げる力が増している。深く突き立って、簡単には抜けない。
(あれはそのうち死ぬ。次は)
ペイドランは油断なく周囲を見回す。
もう一匹、少し離れたところから近づいてくる。咆哮に釣られて集まって来るらしい。
(でも、一匹とか二匹ずつしか来ないから。何とかなる)
吐き出された炎を躱して、ペイドランは飛刀を投げ返す。
こうして戦い続けるだけでも後続の安全は確保できる。
5分の間に3匹のエングマをペイドランは仕留めた。
(多分、あんまり集まると喧嘩始めるんだろうな、凶暴そうだし)
ペイドランは思いつつ、エングマの死体を眺めていた。
きらびやかな一団が姿を見せる頃には、死体の片付けも始めている。
「大したもんだ」
ゴドヴァンの第一声。父親のような態度を自分には取ってくれる。
(でも、いい加減、本当に誰かのお父さんになればいいのに)
ペイドランはルフィナを見て思うのであった。息子代わりの自分も、娘代わりのシエラもほぼ独立しているのだから。
(このままじゃ、ゴドヴァン様たち、シエラにも先を越されちゃう)
だが、その場合、相手はリュッグなのである。それはそれで腹立たしかった。
眼の前のことに集中することとする。
片付けると言っても、自分の小さな身体では少しどかすぐらいしか出来ない。
もっと離れたところへは力持ちのゴドヴァンが運んでくれる。
「ここが第2階層。本当に暑い」
セニアが顔をしかめている。白い肌が汗ばんでいるのが顔だけでも分かった。まして鎧まで着込んでいるのだから熱気もひとしおだろう。
「俺、この暑い中、偵察に出るんです」
同じく顰め面を返して、ペイドランは言ってやった。
悪気がないのは分かっていても。大変なことをする人の前での愚痴は失礼なのだ、と軍隊にいたころシェルダンから叩き込まれている。
ルフィナとゴドヴァンが苦笑いだ。
「いや、ペイドラン。まずは皆で、シェルダンのノート通りにフレイムサラマンダーの目撃地点へと向かってみよう。長距離、長期間の偵察は君の消耗が激しすぎるからね」
口に拳を当てて考え込んでいたクリフォードが提案する。
正直、ペイドランにとっては嬉しい気遣いだった。内心、クリフォードを見直してすらいる。
「でも、そこまで、全部同じだって保証、ありませんよ」
ペイドランは一応、異を唱える。
別に自分だって偵察を好んでやりたいわけではないのだが、働く以上はしっかりとやりたい。自分が頑張るべきなら頑張る覚悟は決めてきているのだ。
「いや、かなり確度は高いと思う。今までだってシェルダンの情報は信用が置けた。第1階層の転移魔法陣も前情報通りだ。それにもし違ったら、そのときはまた、探し直せば良いだけだ」
冷静な口調でクリフォードが返す。落ち着いていて説得力のある言い方だった。
「違わないと思います」
ペイドランも自然に頷けるほどだった。自身では相変わらず、あまり何も考えない女聖騎士が惚れ惚れしているのは、この際、見ないこととする。
「でも、ちゃんとしたこと言ってると、なんだか殿下が殿下じゃないみたいです」
見せつけてくるのでペイドランは口を尖らせて皮肉を言ってやった。
「ははっ、私はこの階層じゃ、あまり炎との相性が良くなくて、役に立てないかもしれない。だからその分、頭を使うようにしようと思ってね」
なんとも殊勝なことを言うクリフォード。残念ながら皮肉は効かなかった。
(それでも失敗するのが殿下だった)
ペイドランはゲルングルン地方の魔塔でのことを思い出す。知らない間にクリフォードが良くなっていた。
今ではひどく心強い。
「そうね。私も悪い考えじゃないと思う」
ルフィナもまた頷いていた。こちらはこの熱気の中でも優雅で涼しい顔だ。
「あぁ、そうだな。エングマは手強い。ペイドランに怪我でもさせりゃ、イリスに会わせる顔がねぇ」
ゴドヴァンもニカッと笑って言う。ずっと会話をしていた自分の代わりに周辺の警戒をしてくれていたのだが。イリスのことを持ち出して冷やかすのはいけない。
それにエングマ相手なら、すばしこい自分の方がどうやら相性も良いようなのだ。負傷するとしたら、力対力でまともにやり合ってしまうゴドヴァンの方である。
「もう、何ヶ所か火傷しました」
ムッとしてペイドランは言う。実際に何度かは火も吐かれている。全て避けたのだが、当てつけのつもりで嘘を言ったのだった。
「あら、甘えん坊さんね。治してほしいの?」
ルフィナに子供扱いされてしまった。そういうことではないのである。
「大丈夫です」
ペイドランは言い、設置しようと思っていた天幕を片付ける。
確かに自分はシェルダンとは違う。長距離の偵察をしないで済むのなら、しないようにさせてもらえるのなら。無理をせず、意地も張らず、素直に甘えさせてもらおう、とペイドランは思った。
そして、少し生意気だったかもしれない。
「でも、少しでも偵察しないように、って気遣いはとっても嬉しいです。ありがとうございます」
故にペイドランは素直にお礼を言った。4人とも自分には優しくしようとしてくれている。穏やかな笑顔が向けられるのを見て、ペイドランは思うのであった。
 




