352 最古の魔塔第1階層4
ペイドランは重装歩兵たちの後方に自らの位置を置き、ハンマータイガーの目を狙って飛刀を放つ。一本は外れて、もう一本が片目を直撃する。
(やっぱり速くて嫌な相手だ)
それでも怯ませることには成功していて、痛みにもがく隙を突かれ、炎魔術を浴びたハンマータイガーが焼き尽くされた。重装歩兵の人も、魔術師の人も感嘆の眼差しを向けてくれる。
「よしっ、いけっ、フレイムウインドだ」
待っていたとばかりにクリフォードが挙げていた右手を振り下ろす。
中空に浮かぶ赤い魔法陣から炎を帯びた風が放射されて草も木も一様に焼き払っていく。
視界の悪い中、忍び寄ってきては強烈な一撃を見舞ってくるハンマータイガーへの対策だ。陣営近くに死角を作らない。不意討ちをさせないというだけで、かなりの犠牲を減らすことが出来る。
木々を焼き払って作った土地の内側に、軽装歩兵たちが柵を立てていく。更には柵の外側で濠を掘っている者たちもいた。
(安全なところがあれば休める)
魔塔上層も経験しているペイドランとしては、休む場所があれば違う、ということには十分に納得できるのであった。
更に第1階層で魔塔の瘴気を削っていければ、魔塔上層でも有利に戦える。
「お疲れ様です、殿下」
セニアが濡れた布でもって、クリフォードの額を拭ってやっていた。
ずっと入り口周辺に生えた木々を焼き払っていたのである。ようやく一通りの区画を整地し終えたのだった。今は一旦、陣地の後方に下がって休憩している。
「まさか魔物よりも木の方が手強いとはね」
苦笑してクリフォードが言う。
いざ始めてみて、分かったことだった。
焼き払っては再生されることの繰り返しだったらしい。
最古の魔塔の保有する瘴気の膨大さ、その一端を早速、見せつけられたのであった。
「それでも、ここまでは順調です」
セニアがたおやかに微笑んで言う。
「そうだね。なんとか入り口を制圧することに成功した格好だ。セニア殿も大活躍だったじゃないか」
クリフォードもセニアを労い返していた。
セニアが照れ臭そうに微笑み返す。
とても良い雰囲気であり、行き交う兵士たちも2人のことを微笑ましげに眺めている。
(2人ともみんなの希望なんだって分かるけど)
この場にイリスのいないペイドランとしては、ただ単に羨ましいのであった。自分もイリスに顔を拭いてもらいたいし、抱きしめてもらいたい。
(でも、2人とも確かに頑張ってたもんな)
セニアもセニアで、クリフォードと一緒になって、壊光球の開刃という技で、生えてくる木を片端から斬り倒していたのであった。ハンマータイガーなども難なく倒していた、強力な技である。
「あとは定期的に各魔術師たちが燃やしていけば事足りるだろうと思うよ」
クリフォードが満足げに言う。
入り口までの制圧でも、かなりの負傷者が出ている。ルフィナも含めて、まだ治癒術士たちは忙しい。ゴドヴァンも前衛の手が足りない、と最前線でまだ働いている。
「打って出る前にしっかりと体勢を整えておかないとね」
クリフォードがセニアに向けて告げる。
少しずつでも戦いが軌道に乗ってくると負傷者も減った。
まずルフィナが疲れた笑顔を見せて現れる。続いて一番最後にゴドヴァンも、返り血を浴びた凄みのある笑顔を浮かべて退がってきた。
「とりあえず入り口周辺は完全に制圧した。横湧きにも十分に耐えられるだろうよ」
ルフィナから受け取った布巾で血を落としながらゴドヴァンが言う。
「ときどき出てくる青竜なんかも、一般兵士には荷が重い相手なんだが、数は多くない。なんとかなる。だが」
ゴドヴァンが言いづらそうに口籠る。
「どうかしましたか?」
珍しいゴドヴァンの様子にクリフォードが尋ねる。
「こっちの対処が良いから感じさせないが」
言いかけたゴドヴァンを力づけるようにルフィナが頷いていた。
「ええ、前に上がった時よりも、明らかに魔物の数が多いわね」
自らも口を開いてルフィナが告げた。
「えっ、こんなに上手くいってるのに?」
びっくりしてペイドランは口を挟んでしまう。
本当は否定のしようもないのだが。比較できるのはこの世で3人だけなのだから。
「そうよ、入り口でこんなに襲われるなんてね。全滅してないのは、ひとえに準備が良かったからよ」
自分の方を向いてルフィナが言う。
「じゃあ、隊長があらかじめ何も言ってくれてなかったら、俺たち、全滅してたかもしれないんですか?」
準備が良かったのはシェルダンのおかげだ。思い出して更にペイドランは問う。
「そう単純じゃない。こっちにだって使う頭はある。が、こうは上手くいかなかったかもしれん。ただ、思っていたよりも魔物の数が多いってのは皆、頭に入れておいてくれ」
苦笑いしてゴドヴァンが言う。
当の本人があまり頭を使っているところを見たことがない、と失礼なことをペイドランは考えてしまった。
「何年も考えていたっていうのは伊達ではない、ということですね」
クリフォードも頷いて告げた。
それから第3ブリッツ軍団、第4ギブラス軍団の手伝いに丸一日を費やす。5人で動き出せば特に自分などは、いつ休憩が取れるかも分からない。
いよいよ陣営を出て、5人で第1階層の最奥を目指す。
「では、お気をつけて。武運を祈ります」
柵の際にまで来て、シドマル伯爵が見送ってくれる。
「陣地をよろしく頼みます」
さすがに神妙な顔で、丁寧にクリフォードも返す。
「皆さんもお気をつけて」
セニアもまたシドマル伯爵に頭を下げた。
「よし、行くぞ」
既に濠へ渡した板を通ったゴドヴァンが告げる。自分たちがわたり終えると引っ込められてしまう。退くわけにはいかないのだ、ということを暗示しているかのようだ。
5人で密林の中へと分け入った。
(やだな。背中のあたりがピリピリする)
ペイドランは密林を進みつつ思う。
嫌な気配のする木も時折生えていて。クリフォードに燃やしてもらうと植物型の魔物だった。
黄色い影が視界を過る。
すかさずペイドランは飛刀を放つ。当たると思ったからだ。
「グギャッ」
そういうときは本当によく当たる。
自分たちに襲いかかろうとしたハンマータイガーが一瞬だけ怯む。額のど真ん中に短剣が突き立っていた。どうやら額は毛が薄い。
一人ではこの後の反撃が怖いのだが。
今は他に4人もの仲間がいる。
「どらぁっ」
ゴドヴァンがすかさずハンマータイガーを斬り倒す。
「やっぱり多いわね」
ルフィナがゴドヴァンに寄り添って告げる。ただイチャつきたいのではなく、安全のためには戦う力のないルフィナの場合、ゴドヴァンの近くにいたほうが良いのだ。
「それと、どう?見える?」
更にルフィナが恋人に問いかけた。
ゴドヴァンが首を横に振る。
「いや、木が邪魔でだめだな」
赤い転移魔法陣の話だ。並外れて視力の良いゴドヴァンがいち早く見つけることが今までも多かった。
ここでは頭上まで生い茂る木が視界を遮ってしまう。地勢も森が深くて複雑だ。
それでも道に迷うことはない。
「さすがだな」
ポツリとクリフォードが呟く。
先頭でみんなを案内してきたのはペイドランだ。苦労して頭に入れてきた甲斐があったとも思う。
「そして、本当に位置取りは変わらないままなのだ、と立証されて」
更に続けてクリフォードが告げる。
5人の眼の前には赤い転移魔法陣があった。シェルダンの与えてくれた資料通りに進んだだけだ。
入り口との位置関係で迷うことなく、第1階層の最奥へと至れたのである。
(ここにいなくても、隊長は助けてくれる。本当にすごい人だったんだな)
つくづくペイドランは思うにつけて、シェルダンの言う通りイリスを預けてきたことにも、あわせてホッとするのであった。
 




