351 最古の魔塔第1階層3
グルグレン地方侵攻を開始してから12日目の早朝、第3ブリッツ軍団並びに第4ギブラス軍団、総勢2000が最古の魔塔を望む位置で整列した。
侵攻前は森だったが、今は木々を焼き払って作った、だだっ広い広場となっている。クリフォードと魔術師軍団の為した仕事だ。魔物に不意を打たれないための措置である。
(シェルダン隊長から、ここまで言われたとおりになってると思うけど)
昨夜、無理矢理に熟睡したペイドランは極太の黒い魔塔を見上げて思う。まるで、この世の明るいもの全てを吸い込むかのような黒色なのだった。
(いつ見ても、やだな、これ)
無性にイリスに会いたくなってしまう。
自分は整列している軍勢の中には参加していない。
あくまでセニアらの同伴者という扱いなので、少し離れた天幕の陰に隠れている。
(結婚式、大々的にやったせいで、俺も、もういろんな人に顔と名前、知られちゃった)
ペイドランはゴシップ誌に写真も名前も載せられたことによる弊害を思う。
今回の戦いでも、知らない兵士の人からハッとした顔をされることはしょっちゅうであり、ひどい時には『従者の子じゃないか』と声をかけられるのだ。
それでも人の記憶は永久に保たれるものではない。いずれは風化するのだから、なるべく目立たないに越したことはないのだった。
(また密偵するつもりはないけど、こっそり動くとき、いつか来るかもしれない)
なんとなく魔塔攻略後のことにもペイドランは考えを巡らせる。
「いよいよ、此度の魔塔。これが最後にして最大の魔塔である」
クリフォードが声を張り上げる。
「今や、数多の魔塔攻略に功績のあった君たちに、多くの言葉は必要ないだろう。ただ生きて戦え!我々も上層で命を賭ける。必ずや最古の魔塔崩壊を成し遂げるのだ!」
心に火をつけるかのような檄をクリフォードが飛ばす。
(さすが燃やしたがりだ。気持ちにも火、点いた)
これで最後。ペイドランですら、心に湧き立つものを感じた。自然、イリスの笑顔が脳裏を過る。また、生きて笑い合うのだ。
「ドレシア帝国に栄光あれっ!」
炎をまとった拳をクリフォードが力強く振り上げる。
全軍も雄叫びをあげた。ペイドランは首筋に鳥肌が立つのを感じる。
「よしっ、かかれっ!前進っ」
シドマル伯爵が指示を飛ばす。
第3ブリッツ軍団から順に最古の魔塔入り口へと進軍していく。
(あ、ロウエンさんだ)
目の良いペイドランは第3ブリッツ軍団軽装歩兵部隊にかつての先輩を見つける。声をかけることは出来ない。もう戦いは始まっているのだった。
(頑張んなきゃ。全部終わったら、また、ロウエンさんとかハンスさん、カディス副長にイリスちゃんの自慢、しなくちゃ)
ペイドランは硬く決意するのであった。
今回は走らない。だからロウエンを見つけられたのだが。しっかりと隊列を整えて、一歩一歩確実に進軍していく印象だ。
(うん、だらけてるのとは違う。力強いんだ、これ)
ペイドランもまたクリフォードらに近づいていく。
「よし、来たね。我々も進もう」
クリフォードがペイドランを見て微笑む。
「あぁ、いよいよだ」
ゴドヴァンも抜き身の大剣を担いで呟く。いつもの大剣とは違う。全体に白い刀身のものだ。今までより怖い武器だ、とペイドランは感じた。
「ええ、5年越しの、ね」
ルフィナもこわばった顔で頷く。
2人にとっては2度目の最古の魔塔侵攻だ。
「でも今回は前回とは違います」
セニアが静かに告げた。
「父はいないけど、私と殿下がいます。それにシェルダン殿もここにはいないけど、最大限、助けようとしてくれています」
更にセニアが自身にも言い聞かせるように告げた。
なんとなくペイドランも頷く。
「俺もいますよ。お二人に拾ってもらって、もっと、幸せになれそうだから、頑張ります」
負けないし死なない。ペイドランは固い決意を言葉に込めて宣言した。
「ハハッ、そうだな。戦うのは自分だけじゃない。俺はちゃんとそう思うことにする」
闊達に笑ってゴドヴァンが告げた。
「そうね。誰も死なせない。私も役目を忘れないわ」
たおやかに微笑んでルフィナも言い、自分の頭を撫でようとする。
(それ、していいのはイリスちゃんだけです)
はしっこく避けてペイドランは5人の先頭に立つ。
第3ブリッツ軍団の後方、第4ギブラス軍団の前方、ちょうど真ん中に入るような格好で5人は進む。
すっぽりと大きな口を開ける漆黒の入り口。先行する第3ブリッツ軍団が吸い込まれるように侵入していく。
ペイドランたちも続いた。
時折、争闘の気配が前方から漂ってくる。かなり激しい。魔術の閃光も闇の中できらめいた。
「今回は本当に一味違う」
クリフォードが渇いた声で呟く。
篝火が点けられた。入り口の中で早くも激闘が各所で繰り広げられている。
今までは入り口の中で足を止めた激闘になることまではなかった。
ペイドランも飛刀で視界に入ってきたボアを数匹仕留める。
ほうっと1つ息を吐くと、赤い瞳に白い鱗に覆われた筒のような巨体。大蛇サーペントもあらわれた。
自分と目が合う。食べたいらしくチロチロと舌を出している。
(相性悪い)
ペイドランは赤い瞳へと飛刀を放つ。
狙い過たず、飛刀が赤い両目の真ん中に突き立った。
のた打ち回るサーペント。だが、鱗に覆われているのでペイドランにはトドメを刺すことまでは出来ない。
「このっ!」
代わりにセニアが光の刃でサーペントを切り裂いてくれた。
(セニア様、技の選択が上手くなった)
暗がりの中では光の球は眩し過ぎる。得意技である、あの回転する刃では味方も巻き添えにしかねない。他の術では火力が足りないだろう。
ちょうど良い技を使うことがペイドランの目から見ても多くなった。
セニアの活躍もあって、混戦の中、少しずつ、しかし確実に第3ブリッツ軍団、第4ギブラス軍団ともに進んでいく。
やがて遠くに光が見えたような気がペイドランはした。
近づくに連れて、光は大きくなり、出口であるという確信に至る。それでも気を抜くことはない。
既に第3ブリッツ軍団のほとんどが暗闇を抜けてもなお気を張っている。
(ここからが始まり)
ペイドランは自身も闇を抜けて思う。
『呆けるな』とシェルダンの声が聞こえてくるような気すらしてくる。
明るい中に、毒々しいほどに鬱蒼とした緑色の植物たち。
最古の魔塔第1階層。シェルダンの資料通り、密林であった。
「また、ここへ来た。でも、今回はもう引き返すためにここを通ることはしない」
ルフィナの呟きが聞こえてきた。
つまりは勝つということだ。
「そのとおりです。だからまずは手筈通りに」
落ち着いた声でクリフォードが言う。
第1階層での計画もシェルダンが練ってくれている。だからあとはしっかりと遂行するだけだ、とペイドランは思うのであった。




