348 特務分隊〜ラッド2
「まだ、あれだけの数を置く力が残っていたとはな。ちょっと予想の上だった」
いつの間にか近付いてきていたシェルダンが言う。
「そうだよな。だけど、もうジリ貧だ。城壁を崩されちまえば上に何が、どれだけいても同じだろうよ」
ラッドは城壁に目を向けたまま答えた。
やはり複雑な気分になる。かつては自分も支えた国とその主都なのだ。無様な姿を前に、つい胸を痛めてしまう。
「俺は、魔塔だとか国のことなんて、アスロックにいた頃、考えたこともなかった。それでも思うところはある」
さらにラッドは言う。いよいよ本当にアスロック王国が無くなるのだ。亡国について気持ちを共有し、話せる相手は今後、限られてくるだろう。
「そうだな。それでも、間違いや過ちでここに至ったわけじゃない」
シェルダンが冷徹さすら感じさせる声音で告げる。そこはやはり、シェルダンという男の怖さなのであった。たとえ親戚でも肝が冷えるときはある。
「アスロックの国土が魔物の巣窟となれば、そこから少しずつ魔塔と魔物が増える。つまり、人間の土地が侵食、侵略されていることと同じだ。そしてアスロック王国は人間を衰退させるきっかけとなった国として歴史に悪名を刻む。そんなのは、俺もやっぱりな」
恐ろしいことを淡々と言葉にする男だ。
ラッドは背筋に寒気をすら感じる。悪名を刻ませるぐらいなら滅ぼしてやったほうが良いというのだ。
(最後に人間の住む土地がどこにも無い、そんな世の中が来るよりかはマシってことか)
自身の家系が長いせいか、長期的なところに目を向けられるのがシェルダンという男だった。
準備が整ったように見えてなお、2日間、第1ファルマー軍団の動きはない。膠着を作り出し城壁の上にいる敵と睨み合っている。
しばしばシェルダンが本営に出入りしているようだった。
(やっぱりこの軍団は何かを待っている)
ラッドは駐留地の真ん中付近にぼんやりと立って城壁を眺めていた。
魔術師軍団にほど近いところで、飽きずに城壁を眺め続けるガードナー。
また、少し離れたところではイリスがメイスンに剣の稽古をつけられている。
「よお」
デレクが声をかけてくる。
待機中であろうと、いつも筋力強化の自主訓練に励んでばかりいるのだが。
「ちょっといいか」
珍しいこともあるものだ。皮肉を何かしらか言おうとして、ラッドは口をつぐむ。ふざけて良い雰囲気ではなかったからだ。
「どうした?」
かわりにラッドは素直に尋ねた。
「隊長のことだ」
真剣な顔でデレクが返す。
「王都の城壁攻めには加わらねぇって言うしよ。本番は都の中だってのも分かったが。難しい顔して、お偉いさんのいる本営に出入りしてる、ときたもんだ」
何か感じるものがあったのかもしれない。
デレクに言われてラッドも考える。
「何か危ない橋を渡るつもりなんじゃねぇか?」
デレクが腕組みして尋ねる。当たり前だが組んでいる両腕も手甲の中なのだ。なんとなく圧迫感のある姿である。
(俺なんかには考えすぎな気もするが)
もともとシェルダンについては、真面目であり、仕事には積極的だ。心配することもない気はする。
ただ、それでもラッドはシェルダンとした自分の会話を、かいつまんでデレクに教えてやった。
(あいつのことだ。それぞれに情報を小出しにしているんだろうが)
親戚だから全てを打ち明けてもらえている、とはラッドも最初から思えないのだった。
全員の持つ、現段階での情報をまとめればシェルダンの思惑の全貌も分かるのかもしれない。かといって、他の面子、メイスンやイリスとまで深い話をするつもりにラッドもなれない。どうしてもあの2人には、他所の人間、という印象が先に立つ。もう一人の旧隊員、ガードナーでは頼りない。
「俺は隊長の殺気をビンビン感じるよ。あの人、誰かの首を狙っていると思う」
デレクが緊張した面持ちで告げる。
実のところ、殺気や気配について、自分は疎いのであった。神官見習いとして生きてきた時間が、自分の武張った感覚を削ぎ落としてしまっている。代わりに仲間の不調や異変にはよく気付くようになったのだが。
「たぶん、俺らで話しても、奴の意図を全部読むことはできないと思うぜ」
ラッドはうっかり、デレクの敬愛するシェルダン分隊長殿を『奴』呼ばわりしてしまい、首をすくめる。
が、デレクも怒らない。上の空なのだ。
「あぁ、そうだろうな。複雑すぎて俺はいつも頭がついていかねぇ。だが、隊長の脇を守れるのは俺とお前だけだ。他の連中は多分、そういう動きや考え方はしねぇと思う」
珍しく真摯な口調でデレクが言う。つまり、もともとの部下だった自分たちと急遽参加となった2人との違いを言いたいようだ。つい失礼ではないか、などと余計ごとを考える自分と比べて、デレクのこういう率直さが羨ましい。
この筋肉男も仏頂面の親戚も馬が合う相手だ。
「ガードナーのやつもいるぜ?」
笑ってラッドはもう一人の古参を挙げる。第7分隊からの話であればデレクよりも長いのだ。
「あいつは普通に頼りねぇ」
苦笑いしてデレクが返す。
その実、雷魔術の威力は心強いことこの上ないのだが。
正午ごろになって、シェルダンが帰ってきて集合をかけた。
「攻撃が始まる、いよいよだな」
直接、城壁を登ったり攻撃したりする、という役どころではないらしい。
シェルダンの言葉どおり、その日の午後、重装歩兵に守られながら、魔術師軍団が大規模魔法の詠唱を始めた。
通常ならば弓矢や打って出る騎馬隊に妨害されるところなのだが。
(そんな力すらも、もうアスロック王国にはないのか)
抵抗らしい抵抗も受けないまま、順調に構築される巨大魔法陣を見上げて、ラッドは空しさすら覚える。
「お前も混ざりたいのか?」
ふと、興味津々に魔法陣を見つめるガードナーにラッドは気付く。
「俺は雷以外は使えないので、邪魔になるだけです」
ガードナーが首を横に振って答える。
城壁の上にいる兵士たちがただ呆然と直立しているのが見えた。一体何を思い、自らの足場を崩すであろう魔法陣を見つめているのか。
束の間、ラッドは想像しようとして首を横に振る。分かるわけもない。あそこに立っていられるだけでも、尋常な精神状態ではない気がする。
魔法陣が完成した。
巨大な炎の球がいくつも生まれては城壁に叩き込まれていく。同じことが視界の中、合計5箇所で起きていた。
「すごい。これが、大規模魔術」
ガードナーが穴だらけになった城壁を見て呟く。
城門以外の通り道が幾つもできた状態だ。城壁の上にいた守備兵たちは、あえなく崩れた石に巻き込まれて死ぬか動けなくなっている。
「よし、行くぞ」
低い声でシェルダンが言う。まるで思うことなど何もないというかのように。実際、シェルダンの頭にあるのはいよいよ始まった闘いをどう進めていくのか、ということだけだろう。
「そうだな、あとはこの国を終わらせるだけだ」
多分、シェルダンが見ているのは国を終わらせるより更に先のことだろう、とラッドにも分かる。それでも国を終わらせることについて、ラッドは言及したいのであった。
 




