346 第2皇子の役どころ
ペイドランが合流してくれた。
(ここで、ペイドランの存在は大きい)
実のところは、シェルダンがわざわざ寄越してくれたのだが、本当に大きい援護だ、とクリフォードは思う。
かつてのように黄土色の軍服に身を包むペイドラン。異母兄の従者となり、愛敬だけではなく風格も身に着けつつあった。今回は軽装歩兵として参戦するということである。妻のイリスもお揃いの格好で戦うのだという。
(5人と4人ではだいぶ違う。そして軍団の準備も整った。ただ兵力だけではないところまで。それも、大きいことだ)
行軍はゆっくりとしている。
自分の足に合わせてもらったわけではないが、クリフォードにとっても無理のない速さだ。
(手紙だと優しいのだな、シェルダンは)
クリフォード宛の、シェルダンからの手紙もペイドランが届けてくれた。
何度も読み返したシェルダンからの手紙。今はもう、ただの灰だ。
もっとも心に刺さったのは『殿下はもう燃やすだけしか能のない人ではないと思います』の一言だ。捉えようによってはかなり失礼な言葉なのかもしれないが、クリフォードとしては嬉しかった。
「で、私にも時計、か」
皮肉な笑みを作ってクリフォードは呟く。
自分への手紙にはシェルダンの計画が全て書かれていたのだと思う。信頼の証と捉えて嬉しく思いつつ、故に全て読み終えて頭に内容を刻み込むと念のために燃やした。そんな指示はなかったが、秘密主義のシェルダンにとっては、其の方が有り難いのではないかと察したのである。
「私は、身体能力の面ではどうにもならないから偵察は無理だが、考える頭はある、か」
ミルロ地方の魔塔第4階層、金剛ビートルとの戦いにおいて、セニアから頼られたときの充実感が忘れられない。
炎魔術では役に立てなかった。魔塔攻略を経るに連れて、自分の炎魔術が単純に生きる機会は減っている。相性の問題だけではない。大味な炎魔術では味方を巻き添えにする危険もあるのであった。
(指示出しも遅かった。自発的には、作戦を考えるのが役割だと思えもしなかった。そういう反省もあるが)
悔いを並べればきりもない。ただ、光明も見出すことの出来た戦闘だった。
(指示を出す。そして、ここぞという場面で決定打を放つ。それが私の役割だ)
ミルロ地方とグルグレン地方との境目付近に至る。
日も暮れつつあるので、第3ブリッツ軍団、第4ギブラス軍団ともに、山中にて夜営を開始した。魔物の襲来もそろそろ起こりうる位置だ。
「うーん、うーん」
兵士たちが見張りを立てつつも気を緩めていく中、ペイドランが唸りながらノートを見つめては宙を見て、を繰り返している。
シェルダンに覚えるよう言われた、最古の魔塔についての記録を勉強しているらしい。
「頑張っているね」
善意からクリフォードは声をかけた。少し労おうと思ったのだ。
「あっ!」
ペイドランがクリフォードのほうへと顔を向ける。なぜだか怒った顔だ。
「殿下が邪魔するから、いま、せっかく覚えたのに、記憶ちょっと、飛びました!」
とんだとばっちりである。
「苦手なことをしなくちゃいけないからって、私に八つ当たりしないでおくれ」
愛敬たっぷりの異母兄の従者に対してクリフォードは苦笑いして告げた。覚えるのが苦手であり難しい、というのは本人の自己責任だ。
「うーん、こんなことなら、イリスちゃんを止めて、シオン殿下のところで仕事してれば良かった。そうすればイリスちゃんだって、何も危なくなかったのに」
心底恨めしげにシェルダンのノートを睨みつけるペイドラン。ゲルングルン地方の魔塔攻略以前にも、資料を覚えるのにはかなりの苦労をしたらしい。
(この子は魔塔の魔物よりも勉強のほうが嫌なのか)
言われたことはよく覚えているうえ、観察眼も実にしっかりしているのだが。座って字を眺めているのは、よほど苦痛らしい。
「だが、シェルダンが言うには、一度、攻略に成功しかけた魔塔は、原則、元の姿で再生するそうだ。階層の地勢や魔物の生息地なども一緒だとか」
クリフォードはシェルダンからの資料に手紙を思い出して言う。確かにくどかったが、その分、詳しく書かれてもいた。
自分の方はもう頭に全て叩き込んだのだ。だから十分ということではない。自分に何かあれば、ペイドランがシェルダンの知識を活かさなくてはならないのだから。
「つまり、君や私がしっかり覚えていれば、最古の魔塔といえど、どこに何がいるか。どう対処すればいいか。全て分かり切った状態で挑めるということだ」
かつて自分が自力でしようとして失敗したことだ。
(なぜ失敗したのか。いや、失敗ではない。今なら分かる)
圧倒的に情報量が足りなかった。
獣型が多かったドレシア帝国の魔塔分の情報しか持っていなかった当時、骨ばかりのゲルングルン地方の魔塔では活かしようもない。
(もし、ドレシアの魔塔と似た傾向の魔塔でもあれば、きっと活きた行いだった)
長い目で見れば無駄ではなかったかもしれない、確認だった。シェルダンの属するビーズリー家のように世代を幾つも重ねて、やっと活きる作業なのだ。
「じゃあ、殿下が覚えてるんだから、俺はいいんです」
とうとうペイドランがついとノートを押し付けて言う。
可愛げのある仕草だが、今回はダメである。イリス辺りならば甘やかしてしまうのだろう。
クリフォードは黙ってノートを押し返す。
「だめだめ。実際に偵察や危険と向き合うのは君なんだから。だから、シェルダンだって、君にも覚えるように言ったんだよ」
笑ってクリフォードは言う。
(だが、絶対に全て同じではないだろう、ともあったな。当然だ)
時間経過やアスロック王国そのものが乱れたことにより瘴気も増した。
その分、より強力になったはずだ、とも書かれている。
「うーん、うーん」
またペイドランが諦めて頑張り始めた。
クリフォードは微笑んで勉強を頑張る少年から離れる。
少し離れたところで、ゴドヴァンとルフィナが待ち受けていた。
「結婚しても変わんないところは変わんないのねぇ」
微笑んでルフィナが言う。
「俺に似たのかなぁ。あの勉強ぎらい」
ゴドヴァンが気まずげに告げる。
確かに二人並んでいたなら勉強から全力で逃げ出しそうだ。
「ほんと、悪い見本だわ、もうっ」
ルフィナがちゃかすように言い、ゴドヴァンの上腕を軽くつねる。
2人ともペイドランのもたらしたシェルダンからの手紙で、ようやく不在を受け入れたようだ。
3人の結びつきは強い。
ミルロ地方の魔塔第5階層でも、クリフォードは見せつけられていた。ゴドヴァンとルフィナだけではない。本当に土壇場ではあのシェルダンですら、身を投げ打って2人を助けようとする。
何となく、羨ましい繋がりだった。
「何年もあの子は、最古の魔塔を崩そうと考えていたのね」
しみじみとルフィナが告げる。
「だが、腐り切ったあの国では無理だと判断した」
ゴドヴァンも相槌を打つ。
「そこに来ての、セニアちゃんの失墜と破談で、完全に絶望したのね」
ルフィナが更に言う。
もし王太子エヴァンズとセニアが順調に結婚していたら、シェルダンも諦めずにアスロック王国内から最古の魔塔を崩そうとしたのだろうか。
クリフォードは考えようとし、あまりに不快なので断念した。
「でも、さらにセニア殿本人を見て、勝手に絶望したのだから。シェルダンも少々理不尽ではありませんか?」
思うところを言ってくれないのはシェルダンの大きな欠点だ、とクリフォードは思う。他人を信用できないのである。
「それでも、ここまで来たんだ。あいつなりに喜んでて、やる気も出してるんだって今は分かった。だから、今回、また敢えて一緒には上らないというのも受け入れられるんだよ」
ゴドヴァンが屈託のない笑顔を見せた。
自分も含めてそれぞれにシェルダンが手紙を寄越している。
(私には彼らのように偵察やらは出来ないが、それでもよく見て全体の判断を下せ、と)
考える頭が1つは常に必要なのだ、とクリフォードもだんだんと理解はしていて。ついにシェルダンからそれを為すように頼まれたのだ、とクリフォードは思うのであった。




