345 特務分隊〜ペイドラン2
「ゴドヴァン殿、ルフィナ殿」
クリフォードがセニアとともに訪れて、天幕の外から呼びかけてきた。
ペイドランは親代わりの2人とともに呼びかけに応じて外へ出る。本当はもう少し大の字で休んでいたかったのだが、休んでばかりもいられない。イリスも頑張っているはずなのだから。
「今、シドマル伯爵の指揮の下、兵士たちは木を切り倒して柵の準備をしている。それに工具やらも手配しているところだよ」
忙しく兵士たちが動き出したのは、やはりシェルダンからの要請をシドマル伯爵が呑んだからだった。厳密にはシェルダンからの提案を、クリフォードが要請という形でシドマル伯爵に伝えたのだが。
アンス侯爵という第1ファルマー軍団の指揮官からも口添えがあったらしい。
(シェルダン隊長、やっぱり凄いんだな。偉くないのに、偉い人たちがシェルダン隊長の言う通りに動いてる)
ペイドランとしては想像を超える事態に驚きを禁じえないのであった。
「さすがシェルダン殿です。私、そこまで考えてなかった」
セニアがポツリとこぼす。
「本来なら、俺が考えるべきことだったな」
申し訳なさそうにゴドヴァンも頭を搔いて言う。
最古の魔塔第1階層では、第3ブリッツ軍団も第4ギブラス軍団も関係なく、兵士一人一人が命を駆けて戦うのだ。
シェルダンがシドマル伯爵らに手紙に書いて寄越したのは、第1階層でこう戦ったらどうか、という提案である。
「柵を作って、堀まで設けて。ハンマータイガーへの対策として、重装歩兵には盾を2枚重ねて持たせる。入口付近にまずは築陣して攻め込むことよりも守り抜くことに主眼を置いた方が良いだなんてね」
クリフォードがシェルダンの助言をそのまま並べ立てた。
最古の魔塔第1階層のことはペイドランも知らないが、ハンマータイガーの怖さはよくわかる。一度は戦っているのだから。
「賢いわね。第1階層で、じわじわと戦い続けているだけでも、あの時よりは随分とマシだもの」
ルフィナが微笑んで言う。
今までも魔塔の主との戦いは激闘だった。もし、第1階層で瘴気を使わせていなかったなら、負けていたこともあったのだろうか。
「私は、燃やすことしか考えていなかったよ」
クリフォードが苦笑いして告げる。
つまりはいつもどおりということだ。なんとなくペイドランは頷かされてしまう。
「まぁ、私には、密林を灼き尽くしてしまえ、との指示も来ていたがね」
適材適所というのだろうか。
築陣するための場所の確保を、侵攻直後にクリフォードが魔術師たちを率いて行うこととなっていた。正規に燃やして良いのでクリフォードもご機嫌である。
「でも、シェルダン殿がこんなに、私達のことや軍団のことを気にかけてくれてた、だなんて」
しみじみとセニアが呟く。この女聖騎士の中では、シェルダンというのはとてつもなく厳しい存在らしい。
「シェルダン隊長も変わったんです。俺は今の、心配しすぎな方が好きです」
もともと第7分隊に所属していたころも、密偵だったからこその警戒はしていたものの、ペイドランも部下として慕っていたほうだと思う。
一時、リュッグばかり可愛がられていたように感じたのもそのせいだ。
「ハハッ、そうだな。心配しすぎてくれているのか、あいつは」
ゴドヴァンが大笑いしている。
確かに心配しすぎのシェルダンというのは言った自分でも可笑しく思えた。ペイドランもまた笑みをこぼしてしまう。
「なんだかんだ、世話好きなのよねぇ」
ルフィナも笑顔で頷く。
「勉強になります。魔塔の戦い全体でのことも、私、もっと考えるべきでした。私ったら自分の戦いのことばかり気にしてました」
セニアが反省している。
また、みっともなく落ち込むのだろうか。セニアのことは攫われかけた直後の時よりもだいぶ好きになれた。それでも暗い顔で俯かれるのは苦手だ。
イリスの明るさ、前向きさ、そして可愛らしさをぜひ見倣ってほしいと思う。
「次はもっと、視野を広くしなくっちゃ」
目に力を漲らせて、セニアが自身に聞い聞かせている。
落ち込むよりはよほど良い。
「次の魔塔なんて、嫌です。これで最後にしたいです」
それでもペイドランは言い放ってやった。揚げ足取りである。
「あ、そうじゃなくて。次、は私も無い方が良いんだけど、何かほら、その、また、しなくちゃいけないときは、ってことなのよ」
セニアが一生懸命に言い訳を始めた。結局、次の魔塔と失言した以外の何物でもないではないか。
クリフォードが失笑して噴き出し、睨まれていた。
「殿下、笑ってる場合じゃ、殿下のほうこそありません。私は個人ですけど、殿下はもっと指示する役割の人で」
憮然とした顔をするセニア。そして、気付いた。
「あっ、そもそも殿下がシェルダン殿みたいにもっといろいろ考えるべきでした!」
言い当てられてクリフォードが気付かれたか、という顔をする。
「私はまだ、燃やす以外のことは訓練中だよ。素直に反省はしているけどね」
こともなげに涼しい顔で返すクリフォード。
ゴドヴァンとルフィナが微笑ましく、2人のやり取りを眺めていた。
「そうね、魔塔はこれで最後にしましょう」
ルフィナが力強く言い切った。
「あぁ、そのとおりだ」
ゴドヴァンも頷く。
「乱れているのは魔塔の中だけではなく、外もだそうですね」
クリフォードが魔塔の外へと話を変えた。
ハンマータイガーやサーペントといった大型の魔物も多く外に溢れているのだという。
「ああ、俺たちが挑んだときよりも、周りは酷いことになってるそうだ」
苦い顔でゴドヴァンが頷く。
「無理矢理、良い面に目を向ければ、ハンマータイガーらへの対処の訓練を、この軍が行えるということぐらいですか」
クリフォードが苦笑いして言う。
既に最古の魔塔付近、グルグレン地方にはほぼ住民がいないそうだ。
魔塔付近の情勢には一切目をくれず、アスロック王国は生き延びてきたらしい。
(そんな国に長く残ってたのに、本当に隊長、よく考えてる。これ、ずっと何年も考えてきたのかな)
一度は諦めた、と言っていた。そして他国で自分だけ幸せになろうと割り切ろうともして。
「そんな国じゃ、絶望してもしょうがなかったと、俺は思うけど」
自分の考えているとおりには、腐り切って出来ないと判断した。
ドレシア帝国の魔塔第3階層での言葉を思い出す。
「隊長にとって、ドレシア帝国は本当に良い国だったんだ」
ポツリとペイドランは呟く。
今では軍団の指揮官まで考えに協力してくれているのだから、尚更だろう。実に細かい、日程のことについてまでシェルダンは定めてきていた。
「いずれにせよ、全ての準備が整うまでまだかかります。シェルダンの言う予定まで、余裕は十分にありますがね」
クリフォードが言う。
それから第3ブリッツ軍団と第4ギブラス軍団が出立したのは7日経ってからのことだった。物資の手配にはどうしても時間と労力がかかるのである。
(イリスちゃんにとっては、どうだったんだろ)
行軍についていきながら、一人になってふと、ペイドランは考える。
「イリスちゃんもアスロック王国で嫌な思い、いっぱいしたと思うけど」
今、自分と出会ったから、良い方に進んだのだと思ってくれていたなら嬉しい。
「セニア様たち、良くなった。特にセニア様、イリスちゃんにとって、恥ずかしくない聖騎士様になったと思うよ」
ここにはいないイリスに、気持ちだけでも伝わってほしい、思いつつペイドランは呼びかけるのであった。




