343 合流
(4人で最古の魔塔を攻略できるのだろうか)
ともすれば不安に襲われるクリフォード。
(だが、一番、この質問をぶつけたい相手はシェルダンだ)
ゴドヴァンらがアンス侯爵に問い合わせるものの、はかばかしい返事は貰えていない。断固、シェルダンらについては王都アズル攻略に従軍させる手筈なのだという。彼らのためにわざわざ、第1ファルマー軍団に特務分隊なるものまで設けている。
(セニア殿への信頼は増す一方だが、今までに聞いてきた限りの魔物を想定するだけでも、漠然と手強いのだと分かる)
体感していないという泣き所が自分にもある。どの程度の炎をどう打ち込めばいいのか。分からないが故の不安にクリフォードですら襲われている。
救いはセニア本人が動揺を見せないこと。
今も森の中を先導するセニアの華奢な背中を見て、クリフォードは力を得ていた。
(どこに、あんな力があるのだろうな)
鎧を纏っていなければ、さぞ美しい背中の線であろうと。どうしてもつい美しい女性であることを意識させられてしまう。何度かは素敵なドレス姿も目の当たりにしている。
「いかんな、こんなことでは」
ポツリと口に出して零してしまい、クリフォードは慌てて口を塞いだ。
「どうかしましたか」
セニアが振り向いて尋ねてくる。
無防備に首を傾げる仕草にまたドギマギしてしまうクリフォード。ミルロ地方の魔塔での活躍を目の当たりにして以来ずっとこの調子だ。
(どういうことだ、私は。美しい容姿に一目惚れしたのではないのか)
腕前にも惚れてしまったというのか。そして、セニアでさえあればもう何がどうあっても、自分は、良いものだと思わされるのではないか。
自身に呆れてしまい、かえってクリフォードは冷静さを取り戻した。
「いや、最古の魔塔上層、シェルダンたち抜きでいけるかな、と不安になってしまってね。いつもなら、ただ燃やせば良いと割り切れるのに」
苦笑いしてクリフォードは告げる。
セニアが立ち止まった。大真面目な顔で言葉を探す顔だ。
「私たちも腕を上げました。いろんな経験をして、判断というか、発想の幅も広がって。今の私達なら、やってやれないことはないと思います」
一生懸命に言葉を並べるセニア。
ただがむしゃらに言うのとは違う口調にクリフォードも心強さすら覚える。
「たとえ、偵察役がいなくても、4人でまとまって動くことだって出来ますし」
微笑んでセニアが言う。
最古の魔塔のあるグルグレン地方が近づくにつれて、周囲は森がちになってきた。付近に兵士の気配を都度感じるものの、視界に入ることはまばらだ。
ほとんど2人で歩いている状態である。心細さはない。護衛としては過分に強いセニアがついているのだから。
「そうだね、効率も落ちるし、消耗も大きいが、不可能ではないね」
ガラク地方の魔塔にて、蓋を開けてみれば偵察を不得手とするメイスンを補うべく、集団で階層主を探し回ったこともあった。
クリフォードも思い出して頷く。
「シェルダン殿を、私たち、アテにしすぎてしまっているような気もして。それはそれで、いけないことじゃないかって」
更にセニアが言葉を並べる。生真面目な顔がどうしても愛おしい。
「怖さを知って。それで不安になって。だから慎重にもなって、備えもして。でも、やっぱり初心も忘れてはいけないって思います」
かつては一人ででも、などと言っていたセニア。
当時のクリフォードですら、無謀で身の程知らずなことに思ったものだ。
(今はあくまで心構えのことだと分かるしね)
変わったものだ、とクリフォードはセニアの顔を見つめて思うのであった。
「本当は私、単独で、一人ででも戦い抜こうって、そう思わなきゃいけないのでしょうけど」
すまなそうにセニアが言う。
「私はそんなことさせない。誰がいなくなろうとも、私だけはずっと隣にいるよ」
心の底からクリフォードは言う。さらに続けた。
「セニア殿の活躍を耳にして、旧アスロック王国の民も、こぞって軍に入ろうとした、という報告も上がっている」
ミルロ地方の魔塔で少なくない数の犠牲を第3ブリッツ軍団も第4ギブラス軍団も出していた。
欠員の募集をかけたところ、予想を上回る数の人員が殺到したのだ、という話をクリフォードは思い出す。いずれも旧アスロック王国の民である。
「君の今までは無駄じゃなかったと。アスロックの民たちが証明してくれたようなものだよ」
セニアの目が自分の言葉で潤んでいた。良いことを言ってあげられたなら嬉しい。
王太子エヴァンズに妬まれ、破談され、処刑されかける原因となったものの、ドレシア帝国に亡命する前からの働き。
そして、亡命してなお、ぎこちないながらも戦い続けてきたことは無駄ではなかったのだ、とクリフォードには思えるのだった。
「それはとっても嬉しいです。でも、私はまだまだ全然ダメです。この間の魔塔でも」
セニアが溢れかけた涙を拭って俯いた。
女帝蟻とハイアントに囲まれた時の、仲間を失いかけた恐怖と無力感。
クリフォードにとっても苦しい記憶だ。
「女帝蟻にクラーケン。私たちは何度か死にかけたね」
クリフォードは笑みを作って言う。特に女帝蟻との戦いでは、ゴドヴァンにルフィナ、シェルダンまでも失いかけた。
「でも勝った。大事なのは結果だよ。シェルダンぽく言うならね」
シェルダンの名前を出すと、どうしてもまた次の魔塔攻略が気にかかる。
「この間はシェルダン殿の策のおかげで命拾いしました。あのときは本気で魔塔を倒すこと考えていたから、手配しておいてくれたんだと思うんです」
セニアの言いたいことはよく分かった。
「なんの考えもなしに、この後に及んで、ただ上がらないなんてことは、あり得ないと私も思うよ」
クリフォードは確信を持って告げた。たとえアンス侯爵からの嫌がらせのような干渉があったとしても。シェルダンならば上手く立ち回り、助けてくれそうな気もする。
「でも、それにしても、ペイドラン君やおじ様まで連れていったって、話なんですよね?」
セニアが更に尋ねてくる。
クリフォードもそこが引っかかるのであった。自分だけではなく、なぜ他の面々まで連れて行ったのか。
「だが、どういう考えでシェルダンがいるのか。私も知りたいくらいなんだよ」
クリフォードは零す。今は自分がことあるごとにシェルダンを連れ去りに出ようとするゴドヴァンたちを止めているのである。
「セニアちゃんっ!殿下っ!」
そのゴドヴァンが叫びながら駆け寄ってきた。
珍しく上ずった声である。セニアもびっくりしていた。
「どうしたんですか?また、今度はシェルダンが参戦するとでも?」
笑ってクリフォードは尋ねる。他にゴドヴァンの動揺しそうなことが思い浮かばなかった。
「あぁ、似たようなもんだ」
ゴドヴァンが勢いこんで頷く。
「え?」
まさかあたっているとは思わない。クリフォードは間の抜けた声をあげ、セニアと2人で顔を見合わせてしまう。
「どういうことです?」
クリフォードはわけがわからず聴き返した。
「今、ルフィナと一緒にいる。俺だけ駆けずり回って、2人を探してたんだ」
頷きながらゴドヴァンが言う。
やはりシェルダンが来たというのか。
クリフォードは喜んでしまう。セニアを見ると同じく喜色を浮かべていた。
やはりシェルダンの存在は心強いのだ。
が、ふとまだ明確に誰が来たのか聴けていないことにクリフォードは気付く。やけにゴドヴァンが慌てているのも気になる。
「ゴドヴァン殿、本当に誰が、なんだというのですか?」
クリフォードはもう一度、ゴドヴァンに問う。
「シェルダンだ」
繰り返して告げるゴドヴァン。しかし、まだ先の有りそうな話し方だ。
「それはわかりました。シェルダンがどうしたのです?」
ジリシリしながらクリフォードは先を促す。
「シェルダンのやつがペイドランを送り込んできた」
予想外の名前の登場にクリフォードはセニアとまた顔を見合わせる。
ゴドヴァンが振り向いた。
つられてクリフォードたちも見る。
しかめ面をした異母兄の従者ペイドランがルフィナに連れられてやってくるところだった。
「え?ペイドラン君を?じゃ、イリスは?」
驚いてセニアが尋ねる。
確かに無理もない。ずっと2人一組でいるかのような心象はクリフォードも抱いている。
(だが、イリスは魔塔とは)
大型の魔物を苦手とする、そんな泣き所がイリスにはある。
「イリスちゃんに魔塔は危ないから。お留守番ていうか、隊長たちと王都の方で頑張るんです」
真面目くさった顔でペイドランが言う。思っていたとおりの返しだった。
「俺、隊長に言われて、皆さんのお手伝いをって。俺にしか代わりは出来ないからって」
ゴドヴァンとルフィナが嬉しそうだ。
確かにシェルダン以外で2人を納得させられるのはペイドランだけである。
「じゃあ、ペイドラン君がまさか?」
セニアが念押しで尋ねる。
「俺、みなさんと一緒に魔塔上層、上がります。また、一緒に。宜しくお願いします」
ペコリと頭を下げてペイドランが言う。
やはりシェルダンが何も考えていないわけはなかった。
クリフォードは痛感するのであった。




