340 特務分隊〜メイスン2
翌日、王都アズルへの移動を再開する。
(だいぶ、雰囲気が変わったな)
シェルダンは街道が早くも整備されていることに舌を巻く。正常に運営されている国家の力というのは凄まじいとも思う。
結果、空気も澄んでいて、村や街からはのどかな生活の煙も見える。
「あ、軍人さんたちだ」
途中、すれ違う親子に手を振られた。
イリスなどが微笑んで手を振り返しているが、シェルダンとしては戸惑いのほうが大きい。
他にも商人などとすれ違う。一様に顔色が明るかった。
「魔塔が無いだけで、こんなに違うんだ」
しみじみとした口調でイリスが言う。
口調とは裏腹に駆けるのが異様に速い。ともすれば自分など容易く追い抜いて先頭に立ってしまう。置いていかれそうなほどだ。
「そりゃそうだ。空気もそうだが、襲われない、死ぬこともないってだけで、どれだけ安心出来ることか」
最後尾からラッドが応じる。見るとガードナーの腰を押して助けているところだった。
「そうね、よく分かる」
イリスが前を向いたまま応じる。
シェルダンとしては、さすがに速すぎるので少し歩調を抑えてほしいと切に願っていた。
「あたし、一人で探りまわるとき、迂闊に夜も眠れなかった。隠れて、丸くなるしかなかった」
走りながらイリスが話し続ける。
洞穴などすらスケルトンなどの魔物が根城にしている場合すらあった。
自分も同じだ。シェルダンはかつての軍務を思い出す。盗賊か魔物か。今とは比べ物にならない緊張感の中、国を支えるべく軍務に励んでいた日々を。
(まったく、報われない日々だったな)
上がおかしいと下が苦しむ。
シェルダンにも実感として分かっているのであった。
「元アスロック王国の面々の話を聞いていると、ドレシア帝国に生まれることが出来て、我々は幸運だった、と思ってしまうな。不謹慎かもしれないが」
メイスンが誰にともなく言う。
「そうとも限らない、国だけじゃないから」
小声でポツリとガードナーが零していた。悲鳴ではない、独白だ。あまり皆の前で話させたいことではなかった。ガードナーの場合は多分、国家よりも家族について思うところがある。
「今はそこまで状況がキツくないが、一応、夜の見張りは立てる。交代で、だ」
思うところの大半を胸に収めて、シェルダンは一同に告げる。
イリスのおかげというべきか所為で、というべきか。日が沈む頃には予定よりも距離を稼ぐことが出来た。
ゲルングルン地方の西の端で野営することとする。
「まったく、特務分隊って大層な名前なんだ。お前もしっかりしろ」
天幕を張りながら、ヘトヘトのガードナーをデレクが叱り飛ばす。
「ひえええ」
ガードナーが弱々しく悲鳴をあげて答えた。多分、答えのはずだ。
「まったく」
シェルダンはため息をついた。
むさ苦しい男衆で共用の広めの天幕を張る。
イリスだけは美少女につき、自分で自分の寝床を設えていた。何かあればペイドランに飛刀を投げられてしまう。かなりの距離をあけてくれていることにシェルダンは密かに安堵した。
分隊員らの動きを横目で眺めつつ、シェルダンはまた予定通りにコトが進んでいるかを頭の中で確認する。
「私に何か話したいことがあるのではないですか?」
メイスンがまた近寄ってきた。
「また、何か悪巧みですか?隊長」
デレクまで割り込んでくる。道中もほとんど喋っていなかった。自分も故国の現状が感慨深く、また計画に集中力の大半を費やしている。
「悪巧みは、今回は最初から、そうなのは分かってるだろ?」
シェルダンはデレクに告げる。
全てを話せなくて、それでもついてきているのがこの面子なのだった。
「隊長の場合、大抵、面白いことを隠してるんでね」
デレクがニヤニヤと笑って言う。
「デレク君はこう言っていますが?」
メイスンが苦笑して尋ねてくる。秘匿で話をしようとメイスンの方は気遣ってくれていたのに、デレクのせいで台無しだ。
「デレクは荒事が好きなだけだ。暴れたい、男だからな」
シェルダンとしても笑うしかなかった。忠実だが、ときには困らされてしまう。
「魔塔の中以上に暴れさせてもらえるって、俺は踏んでるんですよ。ラッドのやつとは、また俺は別でさ」
楽しそうにデレクが言う。
「多分、隊長が私にしたいのはそういう話ではないと思う」
穏やかにメイスンが言う。
「単純な腕力が必要なとき、シェルダン殿が誰よりも頼りにしているのは君だ。そのときは多分、シェルダン殿の方から君にすぐ話すはずだよ」
メイスンが助け舟を出した。
気を使わせることがシェルダンは途端に申し訳なくなる。
「聞かせたくないわけじゃないんだが」
シェルダンは自分のしようとしている話とデレクに聞かせることの是非を考える。
「やはり、メイスンを見ていると、レナート様を思い出すな」
苦笑いしてシェルダンは切り出した。
「セニア様を全力で守ろうとしたところなんか、そっくりだ」
レナートとのことは良い思い出ではない。
シェルダンは苦い思い出をまた反芻する。
「光栄ですよ」
笑ってメイスンが応じる。
デレクが戸惑い顔だ。話に割り込まねばよかった、と後悔していることだろう。
(そうそう、楽しい話のばかりなわけないだろ)
シェルダンは自分の渡した月光銀の名剣に目をやる。聖剣ではない。遠く及ばないのだが。
「セニア様は壊光球の扱いが上手い。レナート様はあまり得意ではなかったようだ」
思い浮かんだことをそのままシェルダンは告げる。
「何が言いたいのです?」
穏やかにメイスンが尋ねた。
「セニア様はセニア様。レナート様はレナート様。そしてメイスン、お前はまた別だ」
当たり前のことだが、ともすればシェルダンは忘れそうになるのだ。どうしても内心では他人を種類分けして一括りにしてしまう。
「それは、当然そうですが」
メイスンが戸惑いを顕にして頷く。
「わざわざ私を説得して連れてきた。その理由を聞かせてもらえると思っていたのですがね」
シェルダンは頷く。最後にはその話をするつもりだ。
「俺にとってじゃない。セニア様にとって、そしてセニア様を最後まで思っていたレナート様にとって、あとは人類にとって、お前が生き延びて、法力を持っていたことは僥倖だった」
もしメイスンがいなかったなら。
自分はさらにややこしい手を考えるしかなかった。しみじみとシェルダンは言う。
「本当にどうしたんです?いつになくもったいぶっていて、そして大袈裟だ」
メイスンにはまだまるで分からないだろう。
「レナート様はあのとき、この世にただ一人の聖騎士だった。だから死んだ。後になって、俺は、あんな戦い方ではどう転んでもあの人は死ぬしかなかったんだ、と知る羽目になった」
言うと胸が痛くなる。
ずっとなぜ、レナートが負けて死んだのかを考え、調べてきたのだ。
他の誰にも出来ない。自分がするしかないことだった。
「あのままじゃ、セニア様も二の舞だった。どんなに腕を上げても。それは嘘じゃない」
重ねてシェルダンは続ける。
「今は違うのですか?」
メイスンが尋ねてくる。
「セニア様には、お前がいる。そして素直についてきてくれる。それが、セニア様の運命を決める決断だった」
心の底からシェルダンはメイスンに告げる。
しようと思っていることはあまりにややこしくて、自分一人では出来ないことだった。
(ここまで、都合よく進むのかって思った。さだめなんじゃないかって)
シェルダンは思うのであった。
「隊長、あなたはずっと、何を警戒しているのです?」
よほど困惑しているのか。メイスンがとうとう『隊長』と呼び始めた。
「それを分かってもらうには、お前に最古の魔塔、第6階層でのことを、話さなくちゃならない」
きちんと順を追って話すべきだ。シェルダンは決意し、訥々と、語り始めるのであった。
 




