337 聖騎士と軽装歩兵の思い出⑪
最古の魔塔第4階層にて、また自身にオーラをかけ直してシェルダンが第5階層へと先行する。
シェルダンの姿を消した後の赤い転移魔法陣を、ルフィナはじっと見つめていた。思わず、並んで立つゴドヴァンのたくましい腕に触れてしまう。なんとなく安心出来るのだった。
(大丈夫かしら?かなり暗い顔をしていたけど)
心配していると、一分もしない内にシェルダンが戻ってきた。ここまででは初めてのことだ。
「どうしたの?」
思わずルフィナは尋ねていた。
「嫌な予感が当たりました」
シェルダンがしかめ面で言う。
「次は最上階ではありません」
第4階層の時、既にそうではないかという話もあったものの、いざ断言されてしまうと、ルフィナも肩にずしりと重たいものを感じる。
「そんなに、すぐに判断できるものなのかい?」
最年長のレナートが落ち着いた口調で尋ねる。
確かに一分もしない内に帰ってきたということは、ひと目で判断したということだ。
「最上階は特徴的です。魔塔の主である魔物が、集積した瘴気を吸収する、祭壇とでも呼ぶべき場所なのです」
シェルダンが疲れた顔で、首を横に振り振り説明してくれた。
「次の第5階層は一見して、祭壇ではありません。黒い神殿が、そびえておりました。中に階層主がいるのでしょう」
いつになく気落ちした様子のシェルダン。更に説明を続ける。
「本来なら、次の第5階層が最上階であるところ、この魔塔では、通常の魔塔での第4階層のような役割を果たしているようなのです」
つまり、階層がまるごと1つ分、ずれているのだ。
本人の言うとおりであれば、もう探索は必要ないということではないか。そこまで悲観的になることもないのではないかと、ルフィナは聞いていて思ったのだが。
「大丈夫?シェルダン、疲れているのではなくて?」
いつにない落胆ぶりに、心配になってルフィナは尋ねた。我ながら間の抜けた質問だと思う。今、4人とも疲れていない、わけがないのだから。
(でも、この有様なら、シェルダンは休ませた方がいいのかも)
つい忘れてしまうが、まだ弱冠16歳であることをルフィナは思い出す。
ゴドヴァンとレナートにも目配せすると、2人も心配そうだ。
「知らない、というのは気楽でいいですね」
暗い顔でシェルダンが言う。苛立ちすらにじませている。
「シェルダン?どうした?らしくねぇぞ」
いぶかしげにゴドヴァンが尋ねる。
かなり不躾な発言だったが、いつも鋼のように冷静なシェルダンなのだ。今までが今までなだけに、多少失礼でも、シェルダンに対しては怒りよりも心配が先に立つ。
「従来の魔塔より一層多い。それだけの瘴気を貯め込んだ魔塔とその主なのです。これまでも一筋縄ではいかない階層主ばかりでした。増して第1階層では人間のほうが負けて、全滅して、瘴気を削れていません」
シェルダンがとうとうと不利な条件を並べ立て始めた。
「普通の魔塔ならば、次が最上階の第5階層。つまり、従来の魔塔の主と、同等の魔物が階層主として待ち構えていることでしょう」
自然、ルフィナも顔が強張ってくるのを自覚した。
ゴドヴァンとレナートも口を挟めずにいる。
怖いもの知らず、という言葉もあるが、なまじ知っているからこそ、シェルダンには恐ろしくてならないのだろう。
(まだ見ていない段階から相手が強いと分かる。確かにしんどいでしょうね)
痛ましい思いでルフィナはシェルダンを見つめる。
言いたいことは言い切ったらしく、俯いて黙り込んでしまっていた。
(マックスさんまで、呑まれてしまっている)
ルフィナは同じく強張った顔のゴドヴァンを見て思う。
今まで冷静に皆を支えてきたシェルダン。家訓に逆らってまで戦ってきたシェルダンにとっては今の状況がどれほどの恐怖か。そして、後悔すらしているのかもしれない。
こんなことならご先祖の言うことを聞くべきだった、と頭を抱えたいぐらいなのだろう。
「この魔塔の、最上階に棲む魔塔の主がどれほどのものか。想像もつきません」
もう一度、シェルダンが俯いたまま言う。
16歳の少年に似つかわしい姿に見えた。初めてのことだ。
疲労と恐怖に勇気を押しつぶされた、そんな姿に見える。
「戻りましょうか」
ルフィナは自分の口から飛び出してきた言葉に驚く。
シェルダン本人以外の口から聞くことになるとは思わなかった言葉だ。まして、自分自身の口から出てくるとは。
「元来た階層は、浄化された、青空のままなのでしょう?」
優しくシェルダンの肩を撫でながらルフィナは尋ねる。怯えている、この少年を責める気持ちにルフィナはどうしてもなれなかった。
(そう、怯えているんだわ、可哀想に)
自分も聞いていて、正直、怖くなった。次の相手は途方もなく強い相手かもしれない。
(私だって、今度こそ、死ぬかもしれない。それか大切な人を失うかも)
ルフィナはゴドヴァンを見つめて思う。当の本人は悩まし気な顔だ。
(でも、シェルダンが怯えるほどの状況なら戻るのもアリだと思うわ)
戻ることの危険性が薄いのであればなおのこと。
「第1階層以外は。第1階層だけは、未だハンマータイガーなども健在でしょう」
シェルダンが俯いたまま答えた。既に頭の中では戻ることの安全性を確認し始めているようだ。
「なら、戻りましょう。安全に戻れるうちに」
何も恥じることはないのだ、と伝えるつもりでなおもルフィナはシェルダンの肩を撫でる。
「マックスさん、いいかしら?」
ルフィナはゴドヴァンの目を見て尋ねる。気持ちは通じ合っていた。
力強く頷き返してくれる。
「あぁ、第1階層だけなら。ハンマータイガーにせよ、青竜にせよ。俺とシェルダンがいれば苦じゃねぇさ。フィオーラも守り切ってみせる」
ゴドヴァンが、さらに断言してくれた。
ホッとシェルダンが息を吐く。勇気づけられたようだ。
「レナート様もよろしいですか?」
もっとも反対しそうな人物にルフィナは水を向けた。反対しそうだから最後に回したのだが。
腕組みして、最初からずっと、考え込んでいたレナート。
「そうだね」
たっぷりと間をおいてから、レナートが頷く。
ルフィナも安堵した。
(情けない話だけど、私も怯えていたみたいね)
心の内で苦笑いした。
こうして一行は最古の魔塔を引き返すことを決めたのであった。




