336 作戦会議
ちょうどシェルダンらが旧国境ラトラップ川付近にいる頃、クリフォードは第3ブリッツ軍団の駐屯地に設けられた自分の天幕にいた。
同道している第4ギブラス軍団に対して、特に不満があるわけではないのだが、元々自分の軍団だった、第3ブリッツ軍団の方にいることの方が多い。なんとなく落ち着くのだ。
天幕の中には今、騎士団長ゴドヴァンと治癒術士ルフィナも一緒にいる。
「どうにもならないのですか?ゴドヴァン殿やルフィナ殿の権限をもってしても?」
クリフォードは交互に2人を見て尋ねる。
自身もドレシア帝国の第2皇子ではあるものの、魔塔攻略を始めて以来、炎魔術のいわば職人的な扱いであり、軍に関する実権のほとんどは、いつの間にか異母兄のシオンが握っていた。
特に軍の人事などに口を挟める名分が現在何もない、そんな第2皇子なのである。
「それがねぇ」
ピトリとゴドヴァンに身を寄せてルフィナが美しい眉を曇らせる。浮かない顔だ。
(セニア殿は落ち着いていたが)
シェルダンがよりにもよって人事異動のせいで最古の魔塔攻略に参加できなくなったという。魔王攻略という一大事に対して、あまりにしょうもない理由に思えて、クリフォードとしては割り切れない。
今までなら一番動揺していそうなのはセニアだったが、今回は動じることなく、今もどこか森の中で壊光球の訓練に勤しんでいる。
むしろ、動揺が大きく見られるのはシェルダンの戦友である、ゴドヴァンとルフィナなのであった。
「どこからシェルダンの異動辞令が出たのかを調べた」
険しい顔でゴドヴァンが言う。
「というより、シドマル伯爵に聞いただけなのだけど、ね」
ルフィナが茶々を入れた。
「あぁ、俺たちよりもっと上、つまり、だ」
構わずにゴドヴァンが続けた。そっとルフィナの肩に手を置いている。仲睦まじさが羨ましい。
ゴドヴァンより人事面で上にいるのは限られた人間だ。と、いうより1人しかいない。
「兄上が?」
驚いてクリフォードは結論づけた。
既に実務を長男に任せきっている父の皇帝とは考えづらい。もう、シオンの治世となるまでの秒読み状態なのだ。政務に疎いクリフォードにすら分かる。
「あぁ、どうもシオン殿下がシェルダンをアンスの下に動かしたらしい」
薄暗い天幕の中、時折、陽光が入ってきてゴドヴァンの顔を照らす。光の明滅で、いつになく凄みを滲み出しているようにクリフォードは感じた。
(魔塔攻略の重要性も大変さも。そしてシェルダンの有能さも。兄上にはよく分かっているはずだが)
クリフォードとしてはにわかには信じ難い。腕組みをして考え込む。
「シェルダンを俺らのもとに戻すには、シオン殿下を説き伏せるしかない」
ゴドヴァンが、はっきりと言い切る。かなり難しいのではないかと少し聞くだけでクリフォードには思えた。
理由が薄い。そんな状況では部下の抗議で、簡単に動く政治家ではない。
「そうね」
しかし、ルフィナも即座に頷く。
前もって2人で話した上で自分に話をしているのだとクリフォードには分かるものの、冷静さを欠くように思えてならない。
「今ならまだ、魔塔攻略着手にまで時間がある。ルベントに戻ってシオン殿下を説得。そして形はどうあれ、シェルダンが魔塔へ上がれるように算段をつけましょう」
微笑んでルフィナが告げる。
言い方は穏やかで落ち着いているものの、内容は焦っている人間の行動そのままだ。
(本当にそれで良いのだろうか)
クリフォードは首を傾げた。
試されている、というわけではないだろうが、兄やシェルダンをかえって失望させる行動の気がする。
(こんなふうに考えられるのもセニア殿のおかげだ)
自制してしまうのは、他ならぬセニア自身が冷静さを保って自分のできることに打ち込んでいるから。
そして、異母兄シオンとのこれまでの関係性。
困ったときには何度も助けてもらった代わりに、自身も炎魔術でもって国のため兄のため戦うこととしてきた。セニアとのことも落ち着いたので、自分は完全に割り切っている。
(兄上は意味もなく、シェルダンをアンス侯爵に言われるまま動かすだろうか。そんなわけはない。何か実務的な理由があるから。シェルダンの使い道、本当に魔塔攻略参加だけなのか)
熟考の末、思い至り、クリフォードは頷かなかった。この場には兄ではなく自分がいるだけ。2人に冷静さを取り戻させるのも自分しかいない。
「御二人はシェルダンの魔塔攻略参加にこだわり過ぎていませんか?」
上手い言葉が自分から出てくるわけもなく、若干言いたかったことと変わってしまった。見方を変えさせたいだけなのに、すこし咎めるような言い回しではないか。
「どういうことだ、殿下?」
気を悪くしたふうにゴドヴァンが尋ねてくる。
「シェルダンさえいてくれれば、ほぼ確実に、次の最古の魔塔、最上階までは行けるのよ?あの子には実績があるんだから」
ルフィナも口添えする。特にルフィナは、いつもなら、自分などよりもしっかりしているから、納得しそうになってしまう。
「兄上もそれぐらいは分かった上で、今回の判断を下しているのでは?」
それでもクリフォードは腹に力を込めて言う。
「穏やかじゃねぇな、クリフォード殿下」
それは怖い顔で睨むゴドヴァンの方だ、と言われてクリフォードは思う。
ただ、賛成するばかりが仲間ではない。クリフォードは自らに言い聞かせる。
「俺たち3人がセニアちゃんと殿下を最上階まで連れて行く。そして今度こそヒュドラドレイクを倒す。前回は初めてだったから虚をつかれて負けた。だが、今回はもう分かってるんだ。あんな不手際は見せねぇ」
ゴドヴァンが力強く言う。
「そう、私もゴドヴァンさんも対策は練ってきた。シェルダンはもっとよ、きっと。私たち三人がレナート様の仇を討つ。一度は諦めかけた、夢のようなものよ」
ルフィナまで硬い表情で告げる。
(これが、二人がずっと、シェルダンにこだわってきた理由なのか)
クリフォードは思う。
聖騎士レナートの仇を討つ。それはレナートとともに最古の魔塔へかつて上った3人一組が一緒でなければならない、と思い詰めているのだ。
一見、冷淡なシェルダンですら深いところでは2人と同じ思いを抱いているから、葛藤しつつも参戦し、土壇場では2人を助けようとした。
(この3人の結びつきは本当に余人には分からないものなんだ)
つくづくクリフォードは思い知らされるのであった。
「それでは無理だ、と兄上もシェルダンも考えているのでは?」
それでも何が最善なのか、は変わらない。
クリフォードは気圧されて頷くということだけはしなかった。
ただつい思ってはしまう。
なぜよりにもよって自分が、ゴドヴァンらを説得するはめになっているのか、と。
(私は炎魔術さえ撃っていればいい。いや、違う)
何かさえしていればいいという思考の逃げ道へ駆け込んではいけない、とクリフォードは思う。
腹にぐっと気合を入れた。
「どういうことだ?」
ゴドヴァンが更に問う。
「殿下もシェルダンのことは買っていると思ってたけど?」
ルフィナも解せない、という顔で首を傾げる。
「何度も助けられてきたじゃないの?ミルロ地方の魔塔でもメイスンなんかとは比べ物にならなかった。援軍の手配までしてくれた。そんなシェルダンを要らないというの?」
少し論点をずらされかけている。クリフォードには分かった。
「そんなシェルダンだから、そして、聡明な兄上の判断だから、魔塔上層への攻略に参加しないのも、よく練った上での対策なのでは、と。我々はそれを信じることに徹してはどうかと思うのです」
クリフォードは告げる。信じないがゆえの無駄な手間を兄やシェルダンに、かけさせるほうが間違っていると思うのだった。
(そうだ、説明のためルベントに呼びつけることすらしていない。むしろこのまま魔塔へ向かう流れだ)
クリフォードは筋道立てて考えようとした。それにやはり、自分たちがいちいち問い合わせに戻っては来ないと信じられているからではないのか。
「シオン殿下はアンスのやつにノセられただけさ。あいつはシェルダン並みに悪知恵が働くからな」
吐き捨てるように発せられたゴドヴァンの決めつけに、クリフォードは目を瞠る。いくらなんでもシオンに失礼だ。
「ゴドヴァン殿、それは」
さすがにたしなめようと思うクリフォード。
「だめでしょ、ゴドヴァンさん。さすがに、それは不敬」
先にルフィナがたくましいゴドヴァンの上腕をぺちりと叩く。
ゴドヴァンもハッとする。
「すまねぇ」
少し気を落ち着けてゴドヴァンが頭を下げる。
「でもね、クリフォード殿下」
ルフィナがクリフォードの方へと向き直る。
「たとえ、あなたの推測どおり、シオン殿下やシェルダンに考えがあるとしても、それは具体的になんなの?そこが分からないまま、今、話をしている格好なのよ?」
ルフィナからのもっともな指摘にクリフォードは俯く。
だが、自分の言うことも今回は全部が全部間違っているわけではないから、ルフィナらも言い募ることをしなくなる。
結果、3人でしばらく沈黙してしまう。
「どうしたんですか?3人とも」
汗をふきふき、可憐な女聖騎士セニアが天幕へ入ってくる。
「いや、シェルダンのことで、な」
ゴドヴァンが言う。
「大丈夫です、それは」
平然とセニアが言う。
「シェルダン殿達のことです。きっと何かあります。私が情けなさ過ぎて一度は死んだふりされましたけど。そこからまた助けてくれて、もう一度、なんの理由もなく離れる人とは思えません」
なんとなく、クリフォードはセニアに頭を下げたくなった。人を信じる姿が気高いものに見えてしまったからだ。
「そこは心配してないです、私。でも」
セニアが口を噤む。少し考える顔をしてまた、口を開く。
「次に戦うのがどんな場所か少しでも、もっとよく知りたいです、だから」
ゴドヴァンとルフィナとを、交互に見比べる。
「最古の魔塔の、お話。続きを聞かせてください。そして、父がどれほどのものだったのか。少しは私、近付けたのか。聞いてみたいです」




