332 成長の実感と思わぬ知らせ2
「それなのに、私、初め、父のようになりたいだなんて。魔物を一刀両断してやるんだ、なんて言って。恥ずかしいです」
セニアはかつての自分を思い出して縮こまる。
神聖術のことを知っていた人間、特にシェルダンなどは聞いてどう思っていたのだろうか。想像するととても恥ずかしい。
「シェルダン殿に呆れられていたのも、今になってはよくわかります。本当に、もうっ」
過去はどれだけ恥ずかしくとも消せない。
セニアは地面に腰を下ろして告げる。
「シェルダンも知らなかったんじゃないかな?それか君とレナート殿は親娘だから、同じ技を使えるようになると思い込んでいたのかもしれないけど。そんなようなことを言っていた記憶が私にはあるが」
クリフォードが苦笑いを浮かべて言う。
「そうでしたっけ?」
セニアもシェルダンとの会話を思い起こそうとして尋ねる。いろいろなことを今まで言われすぎたのだ。
「私も全部が全部、彼の言葉を記憶しているわけじゃないけどね。でも、彼だって結局は軽装歩兵なんだ。聖騎士のことなんて知り尽くせるものではないと思うよ。本業じゃないんだから」
肩をすくめてクリフォードが告げる。
言われてみればそうかもしれない。
(でも、本業じゃないっていうのに、あれだけ神聖術に詳しくて、魔塔についても力を発揮して。やっぱりすごい人だわ)
思うにつけてセニアは心強く感じるのだった。
「ミルロ地方の魔塔からシェルダン殿が力を貸してくれるようになって、それでも私、心強く思っています。ただの軽装歩兵だなんて、やっぱり、思えなくて」
セニアは口にも出して告げる。なぜだかシェルダンを弁護してクリフォードに抗議するような形になってしまった。
「あまり、頼りすぎても良くないよ。現に女帝蟻のときには彼も危なかったんだから」
クリフォードに、たしなめられてしまう。
負傷したゴドヴァンを助けようとして、ルフィナともどもハイアントに囲まれていた。助けにも行けず、クリフォードと離脱するしかなかった時の無力感をセニアは思い出す。だが、結局は別の助けが間に合ったのだ。
「分かっていたんじゃないかしら。シェルダン殿は。でなければ、私、あんな味方の手配をしておかないと思います」
セニアは思い至って告げる。
「でも、確信が無かったんじゃないかな。私はあの後もずっと考えてたんだ。シェルダンはあの手配をしたなら、全員揃うまで待ってから、魔塔攻略に出るよう進言しても良かったんじゃないかと思う」
思わぬことをクリフォードに言われる。セニアも言われてみれば、と思った。
「そう、ですね。なんで、皆を待たなかったのかしら」
セニアは首を傾げる。考えてみればみるほど、そのほうが良かったように思えてきた。
「彼には強制する権利が何もない。そもそもメイスンたちに来ることを命じることも、我々を留め置く権利も。そして、そこが彼の力の及ばない、限界なんだ、って思った」
クリフォードが告げる。
「私、シェルダン殿が待て、と言ってくれたなら、ちゃんと待ちます」
セニアは心外になり口を尖らせる。
「そうだね。でも、シェルダンはそんなふうに結局、我々を信じてはいなかったんじゃないかな?」
クリフォードから指摘される。
やっぱり心外だ。もう以前のように人の言うことも聞かずに突っ込んでいく自分ではないのだ。
「そんなに私に怒らないでおくれよ」
クリフォードが苦笑いである。
「私は君のことを信じてる。私自身もそういうことなら、待とうって言えると思いたい。でも、シェルダンがそんなふうに我々のことを思ってくれていなくて、信じることの出来ないのが彼の限界だってことさ」
分かるような気もするクリフォードの言葉だ。
自分たちの方ではなく、シェルダンから見てどうか、ということなのだろう。
「私にも落ち度は今までに幾つもありました。完璧な人なんていません」
セニアはポツリとこぼす。シェルダンの限界とやらの比ではない。
「だから皆で助け合わないと。皆、心強い仲間です」
それぞれとの戦いをセニアは思い出す。当初はそれぞれが個別に助けてくれていたのだった。
直感に優れたペイドランに、身のこなしの素早いイリス。
雷魔術の天才ガードナー。
更にはシェルダンの部下であるゴドヴァン並みの怪力を持つ元重装歩兵のデレクに、治癒魔術まで使う俗落ちした神官のラッドも加わった。
(いざとなれば、私の代わりに聖騎士の役割をこなせるメイスンおじ様も)
セニアは一切、顔を赤らめることなくメイスンのことを思い出す。
メイスンのことは好きだ。あくまで親戚として。
(あれ、恋じゃなかった)
今、クリフォードに抱いている気持ちを自覚するにつけて、セニアは気づいてしまったのだった。
(そして今、とっても恥ずかしい)
数々の愚行を思い出してセニアは頭を抱えたくなった。自分の思い出は愚行ばかりではないのか。
「セニア殿、大丈夫かい?何か燃やそうか?」
急に頭を抱えた自分を前にクリフォードが慌てる。
「わ、私の恥ずかしい記憶や思い出を」
セニアは心の底から懇願する。
「多すぎて分からないよ」
真顔で即答するクリフォードの腹に一発、拳を叩き込んでやった。
「ぐうっ」
あえなくうずくまる貧弱なクリフォード。
自分は一体、この失礼な燃やしたがりの何に惹かれてしまったのだろうか。
セニアは立ち上がり、クリフォードを見下ろす。まだ、悶絶している。
(ちょっと、やり過ぎちゃったわ)
今度は少し申し訳なくなるのであった。
「セニアちゃんっ、殿下っ」
大声でゴドヴァンが呼びながら駆けてきた。いつになくあわてた様子だ。
「どうしました?」
珍しいゴドヴァンの様子にセニアは首を傾げる。いつも何事も豪快に笑い飛ばしてしまう印象なのだ。
「シェルダンが、第1ファルマー軍団アンスのところに異動になった!」
軍隊の人事異動だ。よくあることらしい、とセニアにすら分かる。
「その、はい。どうして、そんな慌てて?」
セニアは首を傾げる。
「セニア殿、シェルダンが王都アズル攻めの軍団所属となってしまったってことだよ」
復活したクリフォードが立ち上がって言う。恨めしい顔一つしないのがクリフォードの良いところである。
「この軍団と一緒に、つまり俺たちと一緒に魔塔攻略へ参加出来ないかもしれんってことだ」
ゴドヴァンがさらに後を引き継いで教えてくれた。
「え、そんな」
シェルダンだけ協力してもらうのはいけないのだろうか。
セニアは混乱する頭で思う。
「それに部下のデレクやラッドにガードナーも連れての異動ですって」
ゴドヴァンを追いかけてきたルフィナも説明を補足してくれた。
最古の魔塔攻略に協力してくれると思った人たちの何人かが、よりにもよって人事異動で協力出来なくなってしまったらしい。
セニアはしかし、動揺を抑え込んだ。大きく一つ深呼吸をする。
(落ち着いて。そもそもドレシア帝国が魔塔攻略に協力してくれるの、当たり前だと思ってなかった?)
第2皇子クリフォードも、騎士団長ゴドヴァンもルフィナも、既に差し向けて貰っていたのだ。そこへシェルダンやその部下にまで助けてもらって当然だ、などと思ってはいなかったのか。
(それはそれで情けなくて間違ってることだわ)
セニアは思い直し、受けた衝撃を心の内側で叩き潰してやった。
「くそっ、なんとかなんねえかな」
動揺も顕に言うゴドヴァンをよそに、セニアは一人、シェルダン抜きで戦う覚悟を決めるのであった。




