33 第7分隊〜ハンス3
「よく、こういうところへいらっしゃるの?」
店内を見回し、案内された席へ座ると意外そうな顔でカティアが尋ねた。店内も白を基調とした調度品が、明るい印象を与えてくれる。
「昨日、下見に来たのと今回と、それだけですよ」
シェルダンは苦笑いを浮かべて答えた。つまりは2度目である。お世辞にも多いとは言えないだろう。大概、外食はトサンヌなのである。
「ゴシップ誌に広告が載っていたのですよ」
シェルダンは正直に打ち明けた。カティアにはゴシップ誌を購読している趣味は知られている。
一応、広告情報だけでは不安なので、一度、下見に来てイチ推しの料理を食べてみたのだ。美味かったので、迷うこと無く決断出来た。
「どんなものでも目的意識を持って読むと、役に立つ情報が転がっているものなのね」
感心した顔で、カティアが納得した。必ずしも褒められているだけではない気もするのだが。
「むしろ広告ですから。使い道としては正しいのかもしれません」
シェルダンはただ微笑んで答えた。多少正確さや品位に問題があっても、情報量だけは多いのがゴシップ誌の特徴だ。言われてみれば、カティアの言うとおりなのかもしれない。
「この、川魚を煮込んだ料理や油でカラッと揚げた料理が絶品でしたよ」
メニュー表を開き、カティアに見せながらシェルダンは話題を料理へ向けた。カティアも身を乗り出して料理を選ぶ。
2人はそれぞれに注文した魚料理に舌鼓を打ち、少し食休みに入った。食後のお茶を飲んでいる。カティアは紅茶でシェルダンはコーヒーだ。
「うちの第2皇子様と第1皇子様のことは聞きまして?」
カティアがくつろいだ様子で切り出した。
「ええ、噂程度ですが」
噂というよりはゴシップ誌の記事なのだが、大差はないだろう。カティアも、シェルダンがゴシップ誌を読んでばかりいることはよく知っているのだから。
「アスロック王国の馬鹿な王太子から、あんな不躾な手紙が来て。はい、セニア様と聖剣を引き渡しましょう、なんて人はこの国にはいませんよ」
カティアがプリプリと怒った顔をする。相当に失礼な手紙だったようだ。読む機会でも離宮勤めのカティアにはあったのだろうか。
結果として、エヴァンズからの手紙がきっかけとなって、第1皇子のシオンと第2皇子のクリフォードはお互いに歩み寄り、和解することとなった。本当に聖剣を取り戻し、セニアを処刑したかったのだとしたら、なんとも間の抜けた余計事をしたものである。
(まったく、情けない、祖国だ)
シェルダンの心配していた政情の不安定、危惧していた新たな魔塔の出現可能性もアスロック王国が自ら潰してくれた格好だ。
「だから、わざわざ魔塔を攻略するなんて手柄、セニア様の身を守るために必要かしら?そんなことはないんだわ」
思わぬカティアからの言葉を聞き、シェルダンは我に返った。
どうやら第1皇子たちの話よりも魔塔攻略の必要性について話をしたかったらしい。
「確かにセニア様を守るために攻略に着手しようというのは危険なことです」
シェルダンもカティアに同意した。
「あら、シェルダン様は乗り気かと思っていたわ。この間にも、倒せるなら倒したほうが軍費の負担も浮いて、国にとっては良いっておっしゃってなかった?」
確かに先日のデートでおしゃべりをしたときの内容だ。蒸し返されて指摘された格好だが、話を覚えていてくれた、ということの方が、今のシェルダンには嬉しい。
「攻略に失敗したときの恐ろしさを、誰もまるで考えていないような気がしまして」
当然、シェルダンは第1皇子や第2皇子と直接会話をできるわけではない。あくまで印象だ。ロウエンの故郷ソウカ村から村民を退去させなかったことや、和解をアピールした上での着手ということから、漠然とした不安を感じるのだ。
「失敗したときの恐ろしさ?」
紅茶を飲むのも忘れ、カティアがオウム返しに尋ねてくる。客がだいぶ周りに増えてきた。やはり人気店なのだ。ただ、シェルダンたちも聞かれて困る話はしていない。
「ただ、兵士や自身の命を失うだけではありません。失敗したことによる失意、家族など親しい者を失った喪失感、民衆の不安等がさらなる魔塔を呼びます。そして魔塔が増えたことによって、またさらに不安になる」
シェルダンは言葉を切ってコーヒーを口に含む。そして味わった上で呑み込んだ。
「今のアスロック王国の現状そのものですよ。魔塔の攻略、これは、やるからには絶対に失敗は許されないのです」
最古の魔塔を攻略しようとし、失敗したことを皮切りに次から次へと状況が悪化していったのだ。元はたった一本の魔塔からアスロック王国の苦境は始まっている。
今でもシェルダンは、もしアスロック王国が最古の魔塔の攻略に着手していなかったら、と思うときがあった。今頃、レナートも存命であり、セニアも伸び伸びと剣を振るう。最古の魔塔に近しい地域以外は繁栄を享受していたはずだ。
「ならやっぱり、わざわざ好き好んで魔塔を攻略しようとする必要はないんだわ」
カティアが憮然とした顔で言う。怒った顔ですら美しい。
真面目な話をしているのに不謹慎だろうか。『ホワイトリバー』にいる他の客も、男女問わず一度はカティアを見てしまうのだ。
「まぁ、私の立場でどうのこうのと言えるものではありませんが」
シェルダンは苦笑を浮かべる。
ここ数日、腹に溜め込んでいた気持ちを吐き出せて、シェルダンとしてはすっきりしてしまった。
「そうよ。シェルダン様は軽装歩兵なんだから、危ないところへは行かないで下さいね」
カティアが妙なことを言い出した。
(危ないところ?どこだ、魔塔のことか?なんで軽装歩兵だと、行ってはいけないんだ?まさか、とは思うが)
シェルダンは首を傾げる。やはり言いたいことがうまく理解できない。
カティア本人はいたって真面目な顔で自分を見つめてくれる。冗談ではないようだ。
「おそらく、いざ攻略するとなれば軍を第1階層へ侵攻させて、精鋭の数人を上階へと上らせます。私たち軽装歩兵と重装歩兵が駐留し、中で生まれる魔物を駆除し続け、魔塔に瘴気を消耗させるのです。危ないところというのは、第1階層のことですか?」
第1階層も魔物が壁や地面から不意に生まれてくる危険な場所だ。
カティアが首を横に振った。
「いいえ、他の普通の軍人の方と一緒ならいいの。万が一があっても諦めはつくけど。でも、シェルダン様は最古の魔塔を上った人だもの。クリフォード殿下やセニア様があなたを変に当てにしたり、大変な窮地をもたらしたりしそうで。とても不安なの」
自分のことをひたすら心配してくれる姿がシェルダンの胸を打つ。
(過分に、ありがたすぎることですよ)
祖国を捨てた自分が、このような女性から心配をしてもらえるとはシェルダン自身も、思ってはいなかった。
「当然、私は軍人ですから、軍令には逆らえません」
シェルダンの言葉にカティアが唇を噛んだ。
「ただ、第1階層より上に行けという命令は来ないでしょう」
確信を持ってシェルダンは告げた。第2階層より上へ行けるのは何人で攻め込もうとせいぜい数人が関の山だ。ちらりと黒い封書が頭をよぎるも、あれは私文書である。
カティアは心配そうだ。
「実際に、どのような命令が下るのかは分かりませんが、私は何が何でも生きてあなたの元へと帰ってきます。それを第一とすることをお約束しますよ」
カティアの目を正面から見据えてシェルダンは断言した。
「えぇ、待っていますね。絶対ですよ」
照れたように横を向いてカティアが答える。
なぜか、出陣する直前のような会話をしてしまった。まだこれから聖教会へいき、更には夕飯も一緒に食べるのだ。