326 布石
ペイドラン夫妻に遅れることまる1日、シェルダンら旧第7分隊の4人もルベントへと到着していた。自分にデレクに、ラッド、ガードナーの4人だ。
第3ブリッツ軍団は新領土となったミルロ地方に駐留し、負傷者の治療と欠員の補充にあたっている。途中、購入した新聞の記事では元アスロック王国国民からの積極的な協力もあり、迅速に戦力を回復しているという。
(彼らからしてみれば、魔塔と魔物から解放してくれた救世主にでも見えるだろうからな)
シェルダンは思うにつけ、自分だけがデレク、ラッド、ガードナーを連れて宙ぶらりんな気がしてしまう。第3ブリッツ軍団はつい先日まで自分たちも所属していた軍団なのだ。
(カティアに会えるのは役得で嬉しいが、異動のことをどう話したものか)
カティアにとっても、ルベントが慣れ親しんだ街であることは間違いないので、抵抗もあるだろう。父母もルベントで暮らしているのだ。
(それでも、我慢して微笑まれでもしたら。俺はどうしたらいいんだ?結婚して早々にこんな我慢を強いるなど)
シェルダンは一人悶々としつつ、ルンカーク家ではなく、3人を連れて、まず第1皇子シオンの離宮へと向かう。
カティアへの報告を避けているのではない。他ならぬ第1皇子シオンから呼び出しを受けているのであった。
「第1軍団ってことは、全部済んだら、俺たち全員、皇都で勤務するのか?俺ぁ、皇都なんて、ほとんど行ったこともねえや」
デレクが浮き浮きとした口調で言う。辞令を受けたときから、唯一手放しで喜んでいた男だ。元々重装歩兵部隊にいたときから、希望しては異動を拒まれていたのだという。一応、前所属からの引き継ぎでシェルダンも聞いてはいた。
「俺もだ」
自分と同じくアスロック王国出身のラッドが言う。こちらは少し浮かない顔だ。
「ガードナーは、生まれが皇都なんだろ?」
ラッドが気持ちの動きを隠すかのように、ガードナーへと話を振った。軽薄だが面倒見の良い男であり、比較的付き合いの短く、大人しいガードナーにも積極的に話しかけている。
「お、おれ、ほとんど、へ、部屋から出してもらえなくて」
実はワケアリのガードナーである。
(屋敷どころか部屋から、か)
口には出さず、心の中でシェルダンは指摘した。
つくづく都会の不似合いな自分たちだ、とシェルダンはげんなりさせられてしまう。第1軍団などでやっていけるのだろうか。
内心ではまだ、異動への実感が湧かない。デレクたちも一緒だろう。
(あくまでも一時的な措置で、最古の魔塔攻略が終わったら、すぐに第3ブリッツ軍団へ戻れるってことはないか?)
思いながら、ルベントの街を歩いていく。離れるのではないかと思うと、何度も通った道にすらシェルダンは感慨を覚えるのであった。
やがて、荘厳なシオンの離宮が見えてくる。
正門前で守衛から誰何を受けた。何度か来たことはあるのだが。いつもきっちりしているのであった。
「第1ファルマー軍団軽装歩兵部隊所属のシェルダン・ビーズリーと申します」
丁重にシェルダンは頭を下げて名乗る。クリフォードの離宮などとは雰囲気が違う。つい、襟を正してしまいたくなる緊張感が、いつもこの離宮にはあった。
「シオン殿下から直々に話が来ている。隊長のシェルダン・ビーズリー殿のみ執務室へ。あとの方々は応接室で待機をお願いします」
より丁寧な態度で返され、シェルダンはデレクらと離されて案内を受けることとなった。
シオンの執務室へ招き入れられる。
「よく来た。詳細は私の名代として上ったペイドランから聞いているよ。皆、見事だったようだ」
細い、鋭い、怖いの三拍子揃った第1皇子シオンの第一声である。
ペイドランがおらず、金髪の偉丈夫がそばに控えていた。
代わりにもう一人の人物が当然のような顔で部屋の中にいる。正直、『どうせいるだろう』と思っていたのでシェルダンも驚かない。
「さすがだな、魔塔一本、またうまく仕留めたではないか。んん?」
第1ファルマー軍団指揮官アンス侯爵である。自分の新しい上司だ。ギョロリとした目が自分を見据えていた。
「滅相もありません。私など。聖騎士セニア様ら魔塔の勇者様たちのご活躍、その功績であります」
直立してシェルダンは告げる。
表情も何も変えず。一切の隙など見せてはいないのだが。
なぜだかシオンが吹き出した。
「よく言うわい。貴様、ただ案内するだけでも大したところ、更に手が足りぬと見て、増援まで手配しただろう」
アンス侯爵に言い当てられてしまう。しかし、こんなところで頷く自分ではないのである。
「私があまりにも力不足ゆえ手配しましたが、要らぬ用心でありました」
シェルダンは面白がるようなアンス侯爵の視線を見据えて告げる。
「わしなら、増援連中の到着まで、そもそも魔塔攻略に着手せんかったがな」
思わぬことをアンス侯爵が言い出した。
言われるとは思っていなかったが、考えとしては、当然、シェルダンも同感だ。より確実で安全な手を自分だって取りたい。
(特にペイドランまで来ると分かっていたなら。奴に索敵をやらせるなり、俺と一緒に半々でやるなり、より楽で安全な方策がいくらでも取れた)
だが、セニア達だけではなく、全軍の予定にまで待ったをかけることなどシェルダンの立場では出来ようはずもない。
「だが、貴様はそうはしなかった。なぜだ?」
嫌なことをアンス侯爵が尋ねてくる。
部屋の主であるシオンに至っては興味深そうに耳を傾けるだけだ。
口に出せることではない。迂闊な物言いが誰への不敬に当たるのか知れたものではないのだから。
「まぁ、分かっている。一分隊長の貴様には、発言権が無かったからだ。そこをすっ飛ばして要求するようなら、それはそれでわしも評価せん」
意外にも穏やかな口調で、アンス侯爵が自ら解答を告げた。
だが、分かっているのなら最初から聞かなければ良いのである。
「発言権があればなぁ。貴様、もう少し階級を上げておけば良かった、と思わんか?んん?」
結局、そこを突きたかったらしい。そうはいかないのである。
「私は実力に見合った階級に置かれているのだ、と受け止めております。最良の方法を取れなかったのも、その程度だからであります」
シェルダンはまったく感情を見せずに言い切ってやった。
シオンが呆れ顔をしていたように見えるのも気にしない。
「ハッハッハ、手強い」
アンス侯爵が高笑いを始めた。
「気に入った。簡単に言いくるめられるようなボンクラなど、わざわざ引き抜かん」
シェルダンはもっと悔しがるフリをしておけば良かった、と後悔した。
「まぁ、次は何か目論んでいるならわしに言え。わしは今までのボンクラ連中とは違う。それが良いなら、時が来るまでいくらでも待ってやる。貴様は有能だからな」
思わぬ優しい言葉をかけられた。
「異動の辞令は受けております。有り難いお言葉です。そのようにさせていただきます」
素直にシェルダンも頭を下げる。これ以上反発する意味もないだろう、と。
失敗だった。
「よし、約束したな」
ニヤリとアンス侯爵が笑う。
「で、今度は何を企んでいる?」
シェルダンはシオンを見る。
完全に自分とアンス侯爵ばかりが話している状況だが、まるで気にも止めていない。
(そういうことか)
自分とアンス侯爵に話せるだけ話させて、使えそうな情報を聞いておこうという腹積もりだろう。この第1皇子も曲者なのだ。
「今回は王都アズル攻めに、最古の魔塔攻略だ。どうなったら良いか。貴様に存念がないわけがない」
アンス侯爵がニヤニヤと笑って言う。
本当にここまで話していたとおり、自分の考えを通してくれるのであれば。
(特別扱いされすぎてやいないか?それは、前例がない、か)
自分が今、どのような状況にあるのか。シェルダン自身にもどう捉えて良いのか分からない。軍団の指揮官に見込まれて意見を通してもらえるなど、先祖にも、まったくなかった事例だ。
未知への恐怖がシェルダンを立ち止まらせる。
「何も。今回のように大きな戦では」
軽々しく言うべきではない。
「表情を消したな。そういうところは、まだ青い」
すかさずアンス侯爵に指摘される。
シオンが驚いた顔をした。こちらは気付かなかったようだ。
「まったく、この後に及んで隠そうとするとは、本当に図太い」
まるで子供のいたずらを見つけでもしたかのようなアンス侯爵の態度である。
ため息をつくしかなかった。
「分かりました。幾つか条件を呑んでいただけるなら」
シェルダンは迷いながらも告げる。
「いいぞ。だが、なら、わしの方も幾つかある」
対抗して言っているだけのようにシェルダンには聞こえたのだが。
結局、アンス侯爵がシェルダンの条件を全て聞き入れ、シェルダンもまた小隊長への昇進を受け入れざるを得なくなったのである。




