322 思わぬ辞令1
ミルロ地方の魔塔攻略後、シェルダンはひとまずセニアらと別れて、第3ブリッツ軍団と合流することとした。あの後、シドマル伯爵から『直々の呼び出しである』と伝令が飛んできたからだ。
(一旦、皆、バラバラだな)
ペイドランとイリスの若夫婦は一旦、雇い主である第1皇子シオンのいるルベントヘ戻ると言う。真面目な顔をしたペイドラン曰く、『殿下に報告しなくちゃです』とのことだ。
同じくメイスンもセニアに1度、皇都グルーンへ戻るよう説得されていた。メイスン本人がひどく嫌がったのだが、屋敷の使用人たちや領地のことで用務が溜まりに溜まっているとのこと。執事の仕事を全て放棄して、馳せ参じた代償である。セニア自身ですら、やむを得ないとなったらしい。
「すげぇな。あまり減ってない。何度も魔塔攻略してるってのは伊達じゃないな」
ラッドが第3ブリッツ軍団に戻るや並ぶ天幕や行き交う兵士たちを見て感嘆する。
生き延びている兵士が多く、雰囲気も明るい。またしても見事、魔塔攻略に貢献し、崩壊を目の当たりにしたからだ。
(たくましくなったな、この軍団も)
シェルダンも感慨深い。初めてドレシアの魔塔攻略を成した時には動揺して信号弾や狼煙を乱発したのだと聞く。あのとき、自分は瓦礫の中に隠れていたのであった。
「副長にロウエンたちは無事かな」
兜を脱いだデレクが、辺りを見回しながら呟く。
シェルダンもまた3人の姿を探し求めていた。
「隊長っ!」
ハンターの野太い声が響く。
4人で顔を向ける。日に焼けた頑健な軍人が手を振っていた。
何ヶ所か負傷しているらしく、黄土色の軍服ところどころに血が滲んでいる。それでも元気そうだ。
ロウエンとバーンズも遅れて姿を見せる。
「って、ガードナー!お前も一緒だったのか!」
嬉しそうにハンターが黄色髪の少年兵を見て声をあげる。
「は、はいぃぃぃっ、な、なんとか」
しまらない返事をするのがガードナーらしさだ。何について、なんとかなのだろうか。自分をちらりと一瞥したのは、きっと気の所為だろう。
「デレクにラッドも。隊長と一緒に上層に行ってたのか?」
更にハンターがデレクやラッドにも尋ねる。
「俺らは要は、ガードナーの送迎役だったんですよ」
ラッドがハンターに告げる。確かに突き詰めればそうかもしれないが、他に言い方はないのだろうか。
だが、シェルダンもまた、とにかく皆で揃えて嬉しいのである。
「ロウエンもバーンズも無事で良かった。これで第7分隊も揃ったな」
嬉しさのままシェルダンは言う。デレクやラッドですら同様なのだが。ガードナーとバーンズだけはお互いに初対面なので、どちらさまでしょうか、という顔だ。
ハンターが微妙な顔をする。
「あぁ、隊長にはまだ話がいってねぇんですか」
歯切れの悪い口振りだ。珍しい反応であり、予想外でもある。デレクとラッドも顔を見合わせた。
「どうした?」
シェルダンは先を促す。
「どうも、うちの分隊は人事異動でバラけるみたいですぜ」
思わぬことをハンターが口走る。ロウエンとバーンズも浮かない顔だ。バラける、とはつまり解散する、ということではないか。
「何だと?どういうことだ?」
ただ聞き直すことしかシェルダンには出来なかった。
「なんでも魔塔の中にまで伝令が来て、シドマル伯爵閣下に話があったと」
確かに尋常な措置ではない。むしろ異常だ。魔物の蔓延る魔塔の中にまで来るなど、伝令にとっても命懸けなのだから。
「具体的にどんな異動なんだ?」
シェルダンは嫌な予感がして更に尋ねた。
「なんでも第3ブリッツ軍団の軽装歩兵軍団に残るのはロウエンとバーンズだけだと。俺はとうとう事務方に回して貰えるそうなんですが。隊長たちも4人揃って、他所の軍団に異動らしいですぜ」
複雑な表情でハンターが言う。そろそろ事務方へとかねてから希望していたものの、こんな形は予測していなかったのだろう。
穏やかではない話だ。
「詳しいことは俺も知らされてねぇんですよ。隊長にもそのうちもっと詳しい話が行くんじゃねぇかと」
ハンターが言い淀む。
軍人である以上、異動はつきものだ。まして、必ずしもいつでも希望通りにいくものでもない。シェルダンもそれぐらいは分かっている。
(が、いくらなんでも時期がおかしい)
胸騒ぎをシェルダンはなんとか抑え込む。
「そのシドマル伯爵閣下から俺たちも呼び出しを受けてる。ただ、そんなことより」
シェルダンは一同を、特に別れることとなるらしい、ハンター以下3名を見つめる。もしやすると、この場限りで揃うことはなくなってしまうかもしれないというのなら。
(それなりの言葉を今、ここで)
シェルダンは一同を見渡して思う。
「こんな形で急で、俺も驚いているが」
シェルダンは頭の中で気持ちと言葉をまとめる。
「本当に感謝してる。ハンターには何度も支えてもらったし、ロウエンもよく戦い抜いて逞しくなったと思う。バーンズはまだこれからだが、ここでの経験を活かしてほしい」
シェルダンは3人に笑いかけて告げる。3人が涙ぐんで頷く。
「俺もこの分隊で貴重な体験をいくつもさせてもらえた。礼を言いたいのは俺の方だ」
まずハンターが涙ぐんで言う。
「俺もやり甲斐がありました。隊長の異動は残念ですが、目指す道も見つかったので、これからも第7分隊に恥ずかしくない戦いをします」
いつもは物静かなロウエンが力強く言う。
「俺も、短い付き合いでしたけど、最初に隊長やデレクさん、ラッドさんと会えて良かったです。頑張ります」
バーンズも力を込めて言う。いきなりの激戦2回をよく生き延びてくれた、とシェルダンも思う。
いきなりシドマル伯爵から聞かされるのではなく、ハンターらと言葉を交わす機会があって良かった、とシェルダンは素直に思う。
(おそらく、呼び出されたのは、この関係だろうから)
シェルダンは名残惜しげに言葉を交わす一同を見ながら考えを巡らせる。
「デレク」
シェルダンはデレクに声をかける。何やらロウエンと話していたところだった。
「呼び出しを受けたのは俺一人だ。だから、俺がシドマル伯爵閣下から、お話をうかがってくる」
どのみち4人で行っても入り口あたりでデレクらは待たされることとなるだろう。
(デレクたちに、俺の分までハンターらと話をしてほしいしな)
聞く限りでは自分とデレク、ラッド、ガードナーは同じ異動先となる流れのようだ。
「分かりました。だが隊長のほうが積もる話、あるでしょうに」
申し訳なさげにデレクが言う。気のいい男なのである。
「そのとおりだが責任ってものもあるし、呼び出しは軍令だからな」
私情は抑えなくてはならない。
シェルダンは苦笑して告げた。
「だからとっとと行って片付けてくる」
口では言いつつも、内心では動揺を抑えられない。
シドマル伯爵の天幕へと向かいつつシェルダンは思う。
(他にも次へ向けて考えるべきことがいくらもあるのに。余計な心労を増やしてくれる)
誰が人事異動など決めたのかは知らないが、シェルダンは忌々しく思い、苛立つのであった。




