313 ミルロ地方の魔塔第4階層3
セニアも戦いながらでも口だけは動かせるのである。ただ、細かく頭を働かせる余裕はない。全体の戦況も見えなかった。難しい判断も出来ない。
「殿下っ!」
大声でセニアは呼びかける。
ゲルングルン地方の魔塔第5階層。鋼骨竜に対して何も役に立たなかった、と言い捨てるペイドランに対し、自分はかつて否定した。
(よく観察して、倒し方を考えて、提案してくれて。私達にはとても有り難かった)
何もできないから何もしないのではいけない、と行動で教えてくれたようなものだった。ペイドラン本人に、そんなつもりはなかったのかもしれないが。
「考えてくださいっ!私たち、どうすれば勝てますかっ!」
もっと良い尋ね方があるのかもしれないが、セニアには思いつけなくて叫ぶのだった。
「ゴドヴァン殿も私も、考える余裕がありませんっ!」
セニアは更に言う。こうしている間にも棍棒で叩かれて鎧を砕かれそうになる。わすかでも飛び退いて衝撃を逃がす。それでも鈍い痛みを感じた。
(殿下、信じてますからっ)
セニアは思う。
時々、いや、よく間違えるが、クリフォードだって本当は賢いのだ。体を動かすばかりの自分とは違う。
「わ、分かった!」
クリフォードも返す。頷いているのが見えた。
十分である。自分は回避と防御に専念していればいい。思うとまた、集中することができた。クリフォードやルフィナの方に敵を向けなければ良いのだ。
(大丈夫。本当に私を妻にしたいのなら。こんなところで、私をおめおめと死なせるわけがない)
信じ、セニアは生き残ることに専念する。
どれだけ相手の攻撃を捌いたのか。回数としてはクリフォードに叫ぶ前より多かった気もするが、方向性が定まったからか、長くは感じなかった。
「シェルダンッ!」
クリフォードが声を上げる。
「流星槌を使うときだ。長い時間じゃなくていい。持ちこたえて時間を稼いでくれっ!」
魔力まで使うため、なんだかんだで、温存していたシェルダンの得物にクリフォードが言及した。
「了解しました」
素直にシェルダンが従い、胸に巻いていた鎖と鉄球とを結着させる。
「セニア殿は壊光球でゴドヴァン殿の援護を」
さらにクリフォードが言う。
悪くない指示に、セニアには思えた。
シェルダンが横合いから流星槌を金剛ビートルに叩きつける。棍棒で防がれるも、すかさず次の一撃を金剛ビートルの脇あたりへ繰り出す。
決定打にはならないまでも、互角の戦いをシェルダンが金剛ビートルと繰り広げ始めた。鎖鎌のみで2匹相手は無理でも、1匹相手に流星鎚ならば互角以上だ。
長くはもたないかもしれないが、結果、セニアは自由となる。
「壊光球」
セニアは5つの光球を発現させる。
「開刃」
鎌のような刃を2枚、壊光球からセニアは作り、回転させてゴドヴァンの相手である金剛ビートルに差し向けた。
大剣一本で4本腕の相手と渡り合っていたゴドヴァンに改めてセニアは感嘆する。
金剛ビートルが4本腕で壊光球を見事に捌ききったからだ。
(でも、それでも。あなたの相手は違うでしょう?)
セニアは敵である金剛ビートルに微笑んでみせた。魔物が自分の笑みに何を思うのかは知らない。
ただ、壊光球に全て腕を使い切ってしまった金剛ビートルには、ゴドヴァンの斬撃は防げない。
「うおおっ」
ゴドヴァンが大剣を一閃させ、金剛ビートルの右上腕を叩き切る。
腕が一本減った。
更にセニアは壊光球の1つで反対側、棍棒を持つ腕を切り裂く。
ゴドヴァンとともに、金剛ビートルの腕をすべて切り落とす。
「トドメッ」
セニアは無防備になった、金剛ビートルの本体を聖剣で斬りつける。胴体のど真ん中、切り口からは、黒ぐろとした瘴気を吹き出す魔核が覗く。
壊光球が一閃し、金剛ビートルの魔核を切り裂いて砕いた。
第4階層の瘴気の満ちた空半分に、青空が広がる。
「よしっ!」
クリフォードが拳を握って声を上げた。ルフィナもゴドヴァンに微笑みかけている。
「まだおります。とっとと助けてください」
うんざりしたようなシェルダンの声が響く。まるで喜ぶ仲間に水をさすかのようだが。
(やっぱり、流星槌を遣うシェルダン殿は強い)
口調や言葉とは裏腹に、傷1つ負っていないシェルダンを見て、セニアは思う。
「うおおおっ」
雄叫びを上げて斬りかかるゴドヴァン。
金剛ビートルの注意が自分からゴドヴァンへ逸れた隙に、敵と正対していたシェルダンが斜めにさりげなく動き、甲殻で守られた首筋に流星槌の一端を叩きつけた。
(え?)
金剛ビートルの動きが止まる。
鉤爪の先や足回りが小さく痙攣しているようにも見えた。シェルダンの一撃で麻痺したかのよう。
「どりゃっ」
ゴドヴァンが大剣を十文字に動かして、金剛ビートルの胴体を切り裂いた。
瘴気を生み出す魔核が覗く。同じく、胴体の真ん中付近である。
「トドメを」
冷たく言うシェルダン。
セニアはまだ残していた壊光球の刃で、魔核を切り裂いて砕いた。
残る空のもう半分にも、青空が広がる。
「やった」
セニアは青空を見上げて呟く。
改めて確認すると鎧の何箇所もが鉤爪に抉られて傷ついていた。
「さすがセニア殿。壊光球、私が役に立てなくても、トドメをさせる選択肢が増えて良かった」
クリフォードが笑顔を浮かべて言う。
なんとなく、気後れしてしまってセニアは横を向く。
「殿下の指示が適確で、偉かったと思います」
いつもなら、シェルダンが言ってくれていた。そう思い、セニアは気付く。
(シェルダン殿は黙ってたんじゃ?それも意図的に)
いつもと違い、今回はあまり説明をしてくれなかった、軽装歩兵に、セニアは視線を送る。
ゴドヴァン、ルフィナの2人と笑い合っていた。
「結局、数的優位を意図的に作らないと勝てない。そんな状況でしたね。殿下の指示は悪くなかったと思います」
冷静にシェルダンがゴドヴァンに言っているのが聞き取れた。
「素直に良かった、と褒めてあげなさいな、たまには」
ルフィナも笑顔で言う。
「もっと早い段階で、あの状況を打開できていたら褒めてましたがね」
シェルダンが拗ねたように言う。
やはり、自分とクリフォードの判断力を見ていたのだ、とセニアは確信した。
(本当は金剛ビートルの弱点も)
一撃のもとに行動を封じていたことをセニアは思い出す。
(私達の武器じゃ同じことが出来ないから言わなかったのもあるかもしるないけど)
自分もゴドヴァンも切る攻撃が主体だ。神経節に衝撃を与えるという芸当はしづらい。
「厳しすぎるわよ、鬼教官さん」
茶化すように言うルフィナがいて、ゴドヴァンが愛おしげにルフィナを見つめる。対するシェルダンの方はたしなめるかのように、苦い顔を向けていた。だが、心底から怒っているようではない。
「あの中に、お父様はいたのね」
ポツリとセニアは呟く。
父の死んだ戦いで、それでも生き延びて自分に伝え、教え、助けてくれている3人。3人の間には不思議なつながりがあるのだ、とセニアにも思えた。
心強くセニアは思うとともに。
(私も、あの人たちの仲間に、少しは相応しくなれたのかしら)
セニアは自問する。
「あとは魔塔の主だけだね」
柔らかい笑みをたたえてクリフォードが言う。
「私もセニア殿も足りないところは幾らかあるかもしれない。それでも、ここまで来たことを自信にして。次も戦い抜こう」
魔塔の中では本当に頼りになって、心強い言葉をくれる。
セニアは同じく出来るだけ柔らかく微笑んでみせた。
はにかむようにクリフォードが横を向いたので、上手く笑えたのだろう、と思うのであった。
 




