311 ミルロ地方の魔塔第4階層1
ミルロ地方の魔塔第3階層の戦いで負傷したシェルダンだったが、ルフィナに回復光で傷を治してもらい、しばし休憩すると、何事もなかったかのようにいつも通りの仏頂面で第4階層の偵察へと向かう。5分待つように、と言い残すのもいつもどおりだ。
「やはり、シェルダンは凄いな。彼がいると本当に楽だ」
クリフォードがしみじみという。
セニアも頷く。頭では別なことを考えていた。
なぜシェルダンに偵察させながら入り口に駐留するのか。本人いわく、連携の問題、入口移動の際が一番危険なので、先行が常時魔物を駆除し続ける方が安全な上、階層主の力を削ぐことが出来るのだという。
(シェルダン殿の決めた、自身の役割。もう、意味のない心配をして、面倒がらせてはだめよ)
セニアは自身に言い聞かせるのだった。
残すは第4階層と第5階層の2つだ。
(そして、この2つを攻略すれば、いよいよ最古の魔塔に)
思いが前のめりに先走ってしまう。まして、あとに残るのはさほど今まで索敵することを必要としなかった、上層の第4、第5階層なのである。
(駄目よ、先のことばかり考えたら。今までどおりちゃんと、1つずつ片付けるの)
セニアは自身に言い聞かせる。
今までと違ったことが起きた。シェルダンが3分足らずで戻ってきて、さらには血で汚れている。
「シェルダンッ」
ゴドヴァンとルフィナが心配そうに駆け寄る。
セニアもクリフォードと顔を見合わせてゴドヴァンらに倣う。今までにこんなことはなかったのだ。第4階層で何があったというのか。
「まったく、なんて嫌な魔塔だ。普通、金剛ビートルを入ってすぐに置きますか?それも2匹ですよ」
血みどろになりながらも憮然とした顔で、シェルダンが文句を言う。『金剛ビートル』と説明なしに、いきなり言われてもセニアらに共感出来るわけもない。
シェルダンが怒りたくなるほど強力な相手なのだろう、と推測できる程度だ。
「シェルダンッ、肩の傷がひどいから、治すわよっ」
ルフィナが緑色の光を流血するシェルダンの傷口にかざす。浅いながら、頭にも傷を負ったらしい。血で灰色の髪の毛が肌にべトリと張りついている。
「そも、2匹も、それもまた両方が階層主です。なんで私が上がる魔塔はこうも第4階層のたちが悪いのです?」
しかし、シェルダンの愚痴が止まらない。
「最古の魔塔では第6階層まであると思い知らされたのが第4階層。ドレシアの魔塔では、いきなり2匹に囲まれたのも第4階層。そして今度は第4階層で、また金剛ビートル2匹に挟まれたのですよ?」
よほど第4階層というものに、シェルダンは腹が立ったらしい。ボヤキが止まらなくなってしまう。
「シェルダンッ!もういい加減になさいっ」
さすがに苦笑いをさせられているルフィナ。魔力を増したのか、回復光の光が増す。
目の前でルフィナから強烈な回復光をあてられ、ようやくシェルダンが目を瞑り回復に専念する。
「いきなり階層主2匹に囲まれて、その大怪我を?」
クリフォードがシェルダンのぼやきを上手く総括して尋ねる。
「えぇ、金剛ビートルという。2本足で立つカブト虫型の魔物で。とにかく硬い上、動きも機敏です。魔物のくせに器用で、斧やら棍棒やらを巧みに使ってきます」
シェルダンが傷の治った箇所から血を拭きつつ告げる。
「もともと2匹で一組の魔物なのですがね」
さらにようやく冷静になったシェルダンが肩をすくめて言う。つまり2匹も、と怒っていたが2匹いることが当たり前だったらしい。
「では、入ったらいきなり、階層主との戦闘になると?」
セニアは確認する。
自然、緊張してきた。シェルダンが5分保たなかった相手なのだから。
シェルダンが胡乱な眼差しを向けてくる。
「私の役割は偵察と、可能ならば出入り口の安全確保ですが。いきなり階層主2匹は荷が重い。私はあくまで一般兵ですので」
皮肉たっぷりにシェルダンが返す。拗ねていたのが、また、ぶり返してしまったようだ。一般兵としては十分に強過ぎると思うのだが、これはシェルダンなりのイジケなのだ、とセニアにも分かってきた。
「す、すいません。ただ、強力な階層主といきなり戦いになるのだから、どう戦うのか。今のうちに、と思って」
素直にセニアは頭を下げて思っていたことを言う。一番、シェルダンの怒りに触れないのはこういう話し方なのだ、と分かってきた。
「はあぁぁっ」
深くため息をつかれたものの、現に毒気を抜かれたような顔をシェルダンがしている。
「弱点なんかはないのかい?シェルダン」
さらにクリフォードも横から温厚な口調で尋ねてくれる。
「これといっては」
シェルダンがもう一度、ため息をついて言う。
「体高はさほど大きくなく、ゴドヴァン様より少し大きい程度でしょうか。2本足で立ち、残りの4本全てで攻撃してきます。とかく目まぐるしい攻撃でして。上の2本には斧やら棍棒やらを持っております。甲殻がとかく丈夫です。まぁ、他の虫なんぞと同じく神経節が急所ですが、そこを狙うのには隙も少ない」
喋っている内にまた忌々しくなってきたのか、シェルダンの顔が険しくなる。
「魔術は効かないのかい?」
クリフォードがさらに確認する。
「効きますが、前衛と密着しているところへあの炎を叩き込むおつもりで?前衛が離れたなら回避するか、また距離を詰めるか、はたまた殿下ご自身に襲いかかるか。奴らからしたら、どうとでも動けるでしょう」
うんざりした口調で告げるシェルダン。クリフォードにではなく、そんなものを入り口に配置していた魔塔に怒っているようだ。
「つまり前衛同士の戦いで、圧倒するしかないのだ、とそういうことですか?」
セニアにもシェルダンの言うことが理解出来た。巨大でなくとも精強であるというのは実に手強い。
「敵も変則的な、瘴気やら魔術やらは使ってきませんのでね、そうなるでしょう。無論、奇跡的に、敵が間抜けにも隙を晒したなら、殿下の魔術を叩き込むべきです」
シェルダンが頷き、皮肉たっぷりに告げた。
セニアの目にはまだなにか言いたげな顔に見えたのだが。
一人で、八本の腕を相手取って戦い、重傷を負わされたのだから、愚痴を呑み込んだだけなのかもしれない。
むしろ、鎖鎌だけでよく3分保たせたものだ、とセニアには思えた。
(私なら)
壊光球を繰り出すことは出来ただろうか。ようやく強力な魔物相手に、自信を持って繰り出すことが出来る神聖術を得た。それが壊光球なのだが、まだ一呼吸の溜めが欲しい。
(千光縛で動きを封じて、隙を作れば出来る?でも、私の攻撃はどこまで効くのかしら。斧や棍棒を盾と鎧で防ぎ切れる?)
セニアは目まぐるしく頭の中で想定をしていた。シェルダンとの特訓で自分に何がどこまで出来るのか。分かるようになってきたところ、自然と考えるようになっていた。
ふと、シェルダンが自分を見つめていることに気付く。いつになく優しい眼差しだった。
が、目が合うとすぐに険しい顔に戻る。
「腕の1本や2本、斬り落としても戦いを止めない連中です。有利となっても油断なさりませんように」
念押ししてシェルダンが立ち上がる。傷も塞がり、血の汚れも目立つものは拭き取っていた。鎖鎌を手にしたまま、体の動きを確認している。
「流星槌は使わないのか?」
ゴドヴァンが問う。治療を終えたルフィナに寄りかかられて赤面しながら、だ。
「当然、戦況次第では。ゴドヴァン様とセニア様が健在なら射程のある鎖鎌のほうが良いでしょう」
ドレシアの魔塔で使っていたものよりも、はるかに強力な素材で出来た鎖鎌らしい。特に敵の急所を撃ち抜くのには適している。局面によっては流星鎚よりも強力なぐらいだ。
自分達を信頼して前を任せてくれるなら、自分も応えたい、とセニアは思うのであった。




