31 第7分隊〜ハンス1
ドレシア帝国第1皇子シオンと第2皇子クリフォードが共同で声明を発出した。
兄弟で力を合わせて、国内唯一の魔塔を攻略し、民に安寧を与えるという。
(いよいよ、やるのか。この国にとっては一見、良い流れのようだが)
危ういものも感じつつ、兄弟の不仲で国を二分するよりも断然良い、とシェルダンは思う。国の乱れは新たな魔塔を生む。
痩せて細く鋭い、という印象を見る人に与え、独特のカリスマ性を持ったシオンと、いかにも優雅な貴公子という見目でありながら魔術に卓越したクリフォードは、元々良い組み合わせだったと聞く。
(この間の哨戒任務からして、魔塔攻略の意図は見えていたが)
クリフォードの苦し紛れで失敗すると思っていた。最新刊のゴシップ誌を執務室で読み返しながらシェルダンは考え込んでいた。
和解自体がそもそも、ゴシップ誌を愛読しているシェルダンとしては、意外過ぎて言葉も出ない。もっとも今回の件も今、ゴシップ誌を読んでいて知ったのだが。
更に第1皇子のシオンは、アスロック王国皇太子エヴァンズからの、聖騎士セニアの身柄及び聖剣の引き渡し要求も公表した。
『弟の公私混同をたしなめるつもりで聖剣を取り上げたが、聖騎士セニアの処刑や死までは望まない』とシオンが述べれば、クリフォードも自らの不明を侘びたという。
皇帝陛下の面前で繰り広げられた和解劇だと書いてある。
閉じたドアをノックする音が響く。
「隊長、失礼します」
了解の返事をすると、私服姿のハンスが執務室に入ってきた。緑色のボタンシャツに明るい白のズボンというラフな出で立ちだ。
シェルダン達第7分隊は、サーペントを倒した功績で6日間の特別休暇が認められた。当初の予定の2倍である。
「休みのところ、呼び出してすまない」
シェルダンはハンスに告げる。二人とも仕事は休みなのだった。
「珍しいですね、隊長が俺に用件なんて」
ハンスが訝しげに尋ねてくる。どうしても訊いておきたいことがあって、解散して休暇に入る直前に呼び出したのであった。
今日は6日ある休暇初日の午前である。
「ああ、いや、とても訊きづらいことなんだが」
シェルダンは言い淀む。訊かないと意味もなく部下を呼びつけたことになる。呼んだ以上、訊かないわけにはいかないのだ。まして、せっかくの休暇初日の午前が潰れたというのにハンスは嫌な顔一つせずに快諾してくれたのだった。
「あぁ」
ハンスが察した顔をする。
「ハンターさんの言っていた文通相手ですか?」
ずばり言い当てられてしまう。文通相手のいることは先日の任務中、ハンターに暴露されて分隊員に知られるところとなった。
ハンスは端正な容姿のためか、いつも誰かしらか交際している女性がいる。定期的に身上の報告を受けるのだが、いつも違う女性だ。ただ、喧嘩別れしている様子はなく、真剣に付き合ってみて、その上でどうしても合わないところがあって別れることになるのだという。
「実は以前に粗相があってな。謝罪したいんだが、ただ謝るのではなくて、誠意を見せたい」
シェルダンは正直に打ち明けた。紛らわしい物の配達をカティアに頼んだせいで、セニアへの恋文と勘違いさせて傷つけた。カティアとセニアの身元は隠したままで、シェルダンは概要をハンスに伝える。
「手紙とかどうですか。あとは花とか」
真面目な顔で話を聞いていたハンスが、頭を捻ってくれる。カディスには相談できない。全部カティアに筒抜けになってしまうからだ。
「でも、そもそも何かしら粗相があったって言うなら、ちゃんと話をした方がいいんじゃ?物で解決するってんじゃ、かえって逆効果ですぜ」
言葉が長くなると、少し口調が砕けてしまう。ハンスの癖である。
「物で誤魔化す男だって、相手の人に思われるかもしれませんよ」
日頃の軽率な物言いが嘘のように、きちんと考えてくれている、とシェルダンは感じた。迂闊に物を送っていたなら、今度はカティアを怒らせていたかもしれない。
「それは困る。ただ、なかなかお互い忙しくて会えなくてな」
シェルダンとて、きちんカティアに向き合った上で頭を下げるつもりはある。物で、済ませたいなどという気持ちはさらさらないのだ。
「違う女性に恋文を渡させたって誤解させたってんなら、本当に恋文をお相手に書いて渡してあげたらどうです?言葉を尽くして、真心も込めて」
ハンスが言い、白い歯を見せて笑う。
多少、言葉で損をしても、分隊のみんなと仲良く付き合えているのには相応の理由があるということだ。悩み事などに真摯に乗ってくれるのである。
「そうだな、それはいいかもしれない。助かった。ありがとう」
気恥ずかしいが、恋文と思っていたところにシェルダンが肩透かしを食わせてしまい、がっかりしたのだという。裏を返せば本当にカティアへ恋文を書いていたら喜んでくれていたのかもしれない。
「お役に立てたなら良かったです。恋文、書くの大変だし、恥ずかしいですけどね。正解があるもんじゃないから難しいですしね」
ハンスが微笑んで告げる。ハンス自身、書こうとしたことが何度かあるのだろう。
「ところで、ハンスはこの休暇をどう過ごすつもりなんだ?」
シェルダンはなんの気も無しに尋ねる。6日間、隊の誰とも顔を合わさないというのも今まで無かったことだ。
「俺も彼女と明後日デートして、あとは寮でゆっくりして過ごします。噂じゃ今度は魔塔で戦うんでしょう?」
ハンスは帝国中央、皇都付近にある街の商家の次男坊だそうだ。家業は長男が継ぐというので、本人は軍隊に入ったという経緯がある。見た目や物言いとは裏腹に堅実でしっかりしているところもあるのだ。
「ナイアン商会のお針子さんだったか?今、付き合っているのは?」
直近で行ったハンスとの面接を思い起こしてシェルダンは言う。
「ええ、良い娘さんで。年は俺の1個下です」
ハンスがにこやかに告げる。
「そうか。今日は助かった。休暇をゆっくり楽しむと良い」
他の分隊員たちも思い思いに寛いでくれれば良い、と改めてシェルダンは思った。
「ええ、そうさせて貰います。隊長もお相手の女性とうまくいくといいですね」
にこやかに告げて退出するハンスの背中をシェルダンは見送った。
そしてため息をついて立ち上がる。張り切って、と言いたいところだがやはり恋文をしたためるとなると緊張してしまうのだった。
軍営を出て、文具屋で可愛らしい葉書と封筒を買い求めた。ともに明るい黄色地で、隅に青い小鳥が描かれている。揃いのもののようだ。
家でペンを執る気になれなくて、シェルダンはまた軍営の執務室に戻る。机の上に黒い封書が乗っていた。一読して目を瞠る。
(まったく、あの人達は)
しばし考え込んでから、まずは下書きをしていく。
下書きが一段落して、思い返すのはロウエンの故郷、ソウカ村のことだ。
村民の退去はなされなかった。村人たち自身からの強い反対もあり。報告を受けたクリフォードら上層部もあまり乗り気ではなかったという。
(確実に近日、魔塔の攻略に着手すると。だからなくなる予定のものに警戒して、誰かを住居から追い立てるのは馬鹿げてる、か)
引き上げる直前に、第4分隊隊長のボーガンスからクリフォードの漏らした言葉を聞いた。
攻略に失敗するなどとは誰も考えていない。
甘い、とは思う。ただ、シェルダンの仕事は自らの上長、小隊長に意見具申するところまでで、何かを決定する立場にはない。
目下、シェルダンの問題は別にある。改めて、時間をかけてカティアへの恋文を清書した。更に気恥ずかしいのを我慢して何度も何度も読み返す。
書き上げて、机にしまったところで、副官のカディスがやってきた。