303 ミルロ地方の魔塔第1階層2
すっぽりと口を開けた闇の中へ、シェルダンたちは第4ギブラス軍団とともに進入していく。
暗闇の中、前方からは各所で争闘の気配が漂ってくる。先を行く第3ブリッツ軍団が魔塔から出ようとしていた魔物の群れと交戦しているようだ。
道が一旦下がって、また上がる。それでもシェルダン達のところにまで生きた魔物が押し寄せてくることはない。
(楽でいいな。第3ブリッツ軍団の練度が高いからだ)
思いつつシェルダンは駆け続ける。
やがて暗闇を抜けた。
くるぶしまでの丈低い草がどこまでも広がり、ところどころに背の低い木々も見える。
ミルロ地方の魔塔第1階層は平原であった。
(ドレシアの第3階層に近いが、違いは)
魔物がしっかりいることだ。
シェルダンは鎖分銅を立て続けに放り、あらわれた七色ビートルに叩きつけた。5匹を瞬時に仕留める。ゴドヴァンとセニアもそれぞれルフィナ、クリフォードを守って戦っていた。
(魔物がやたら多いということで、横湧きも。瘴気のほどが窺い知れる。やれやれ)
少し離れたところでは、重装歩兵に囲まれたキラーマンティスが炎に包まれている。
第3ブリッツ軍団、第4ギブラス軍団ともに、対魔物戦での練度は高い。入口周辺でも動揺することなく、着実に周辺の魔物を一匹ずつ駆除していく。
「ええい、私の燃やす相手はどこだぁっ!」
そして役割を見失った燃やしたがりが絶叫した。
そんなものはいないほうが良いのである。
「壊光球、展開」
静かな声音でセニアが小型の壊光球を5つ、中に浮かべている。
備えはいくらしておいても困るものではない。特訓中にシェルダンに言われたことを、指示される前に実践した格好だ。
「このまま、一気に第1階層を抜ける。いいな、シェルダン」
ゴドヴァンが笑って尋ねてくる。随分と楽しそうだ。
「そも、私に決定権はありません。騎士団長様?」
そっけなくシェルダンは返す。ある意味、平常のやり取りだ。
ゴドヴァンの視力でもまだ赤い転移魔法陣は見つからないらしい。
「黙って、お腹の中でこっそり怒るから言っておくのよ」
ルフィナが微笑んで叱りつけてきた。
確かに自分にそういう面があることは否定しない。
5人で展開している両軍団の外縁部を目指し、やがて陣地の外へと出た。さらに味方の軍勢から次第次第に離れていく。
「今回は虫が多いな」
クリフォードがファイアーアローを単発で放つ。
また腕を上げたらしく、詠唱が極めて早かった。もはや何を出来るようになっていても、クリフォードについては驚くまい、とシェルダンは思っていたが。
(だが、この殿下より、術によってはガードナーの方が早かったな)
つくづく思い返すにつけ、規格外の部下を拾っていたのだ、とシェルダンは思うのだった。
「嫌な魔塔ほど、そう思わせておいて、別種の魔物を繰り出してきますので」
つまり予断は禁物なのだ。シェルダンは釘を刺しておいた。
トビツキグモが5匹ほどの群れで飛び出してくる。
「開刃」
セニアが小さく呟く。
壊光球から鎌のような刃が生じて、回転してトビツキグモ5匹を一瞬で切り裂いた。
(よく使いこなしているな)
シェルダンは声に出さずに褒める。
(覚えさせるまでが大変だが、覚えると忘れず、使いこなせるというのが、この人の数少ない長所だな)
なお、口に出すと調子に乗りそうなので絶対に黙っていよう、とシェルダンは決意している。
木々の向こうでキラーマンティスが立ち上がるのが見えた。
「眩惑っ!殿下っ!」
今度は鋭い声でセニアが叫ぶ。
眩惑、というのはただ壊光球が敵の眼前でグルグルと飛び交い撹乱するだけの技だ。とっさの判断としては悪くない。
熱気が肌を打つ。赤い魔法陣が中空に生じている。
「いけっ、ファイアーピラーだ」
クリフォードが炎の柱でキラーマンティスを消し炭に変えた。
「腕の見せ所がねぇな」
苦笑してゴドヴァンが言う。
シェルダンはその足元に忍び寄るトビツキグモを鎖分銅で倒した。
「では、せめて、ご自分の身を守りください」
腕の見せ場など無いに越したことはない、とシェルダンは思っている。
「すまねぇな」
事もなげにゴドヴァンが言う。表向き自分がそっけなくしておいても気にするようではなかった。
「でも、シェルダン。本当にあの2人、特にセニアさんは腕を上げたじゃない。見てて心強いくらい。鬼教官のおかげじゃなくて?」
ルフィナがなかなか失礼なことを言う。
鬼教官とは自分のことだろうか。そこまで怖くした覚えはないのである。怯えていたのは、セニアが勝手に怯えていただけだ。
「お2人とも、わかり切ったことを、私に言わせるおつもりですか?」
シェルダンはなおも今度は2匹同時にあらわれたキラーマンティスを圧倒して、活き活きと戦うセニアとクリフォードを一瞥して聞き返す。
ゴドヴァンとルフィナが顔を見合わせる。
「いや、そんなつもりはねぇな」
ゴドヴァンが大剣を肩に乗せて言う。
シェルダンとしては、ゴドヴァンとルフィナもいい加減に自分と同じ目で2人を見てほしいのだった。
「ええ、まだ、ね。確かにそう、ね」
ルフィナもまた頷く。
大型の魔物に対しては現段階でもクリフォードやセニアの方が効果的な攻撃手段を自分たちよりも持っている。
(自分やゴドヴァン様たちにあるのは、最古の魔塔での経験。それも、どこまで至ればあの魔物どもに勝てるだろうか、と、そういう目線でセニア様達の力を測ることが出来る、という経験だ)
自分もゴドヴァンたちも、最古の魔塔の魔物たちに自ら挑み、その力を目の当たりにし、更には倒していくレナートを見てきた。
レナートと比べてどうか。最古の魔塔に挑み通用するのか。
(そして、第3、第4軍団も、最古の魔塔第1階層で戦い抜くために実力は足りるのか。足りないとして、どうするのか)
シェルダンは鎖分銅で戦い、進みながら考えていた。
(最古の魔塔を知るのは、私たち3人だけなのですよ)
心のなかでシェルダンは語りかける。
ゴドヴァンたちこそ、ドレシア帝国が最古の魔塔を倒せるかどうかをしっかり見極めるべきなのだった。
やがて、ゴドヴァンが足を止める。
「見えた、あれだな」
言われても例の如く、誰にも見えないのである。
もはや指摘する気にもならなくて、シェルダンはただゴドヴァンに言われるほうへと進む。
やがて、赤い転移魔法陣の前へと至る。
「では、私が見て参りますので。5分後に皆様も続いてください」
シェルダンは鎖分銅を手に持ったまま告げる。
何がどんな環境で待ち受けているかも分からない。
「オーラ」
光る法力を身に纏う。
いつもどおりの恐怖と緊張を抑え込んで、シェルダンは転移魔法陣へと足を踏み入れるのだった。
 




