300 聖騎士の特訓1
ミルロ地方の魔塔にほど近い森の中。
シェルダンはゴドヴァンに汲ませてきた桶1杯の水を、へたばって倒れているセニアの顔面に叩きつけた。法力の使い過ぎで気絶したようだ。
「あっ、ゴホッ、すいません」
まともに水をかぶったセニアが目を覚まし、咳き込んで謝罪する。
(謝るぐらいなら気絶しないでほしい)
シェルダンはうんざりしながら思う。まるで自分が無茶を強いているようではないか。
「あなたがもたつくと、第4ギブラス軍団の到着に間に合いませんので。しっかりしてください」
なるだけ冷淡に、シェルダンは言う。
現在、ミルロ地方の魔塔周辺の鎮圧に第3ブリッツ軍団が当たっている。魔塔の外を徘徊している魔物はかなり削ったものの、中の攻略も当然しなくてはならないのだ。一個軍団では兵力が足りない。
ゆえに、第4ギブラス軍団が応援として来ることとなった。そして、合流したなら直ちに魔塔攻略への着手となる。そこがこの修行の期日なのだった。
(セニア様が未熟だから待っていろ、というわけにもいくまい。全体に迷惑がかかる)
シェルダンは思うのだった。軍が動けば、兵糧や装備など軍費がかかるのだから。
「ご、ごめんなさい」
性懲りもなく、また謝って、よろよろとセニアが立ち上がる。謝ってどうにかなるものでもない。
「シェルダン、そんな言い方は」
たまりかねたかのように、ドレシア帝国第2皇子クリフォードが言う。
「セニア様自らが望まれたことです。さぁ、次の敵を探しましょう」
シェルダンはクリフォードに告げて、辺りを見回す。
セニアには、動けなくなるまで魔物を神聖術のみで倒す、という修練を課していた。剣技で戦って倒したとしても、ただ詰るだけなのだが。余程、嫌なようでセニア本人が必死なのはよく伝わってくる。
(そんなにきつい言い方はしていないんだが)
そこは気を悪くしているシェルダンであった。ゴドヴァン、ルフィナ、クリフォードの3人も口を挟めないようだ。
(本当にキツい言い方はしていないと思うんだが)
首を傾げていると、10匹ほどの、トビツキグモの群れと遭遇した。
「壊光球」
セニアが呟き、巨大な光の珠を作り出す。
第3巻冒頭の技であり、レナートもかつて最古の魔塔で使っていた技だ。
新しい技術をさっそく試そうという心意気は買うが、トビツキグモなど小型の魔物に使う技ではない。
(せいぜい、閃光矢で撃ち抜くぐらいで良いだろうに)
シェルダンはため息をつく。
神聖術で戦え、というのは別に新技術を身に着けさせたいからさせているのではないのだが、本人はどうも勘違いしている様子だ。大喜びで間違いを犯し続けては法力切れを起こして倒れている。
なお、そのたびにゴドヴァンが水を汲みに行くこととなるのだった。
光の雨がトビツキグモ10匹のうち9匹を仕留める。
「よし」
そしてセニアは撃ち漏らしを見落としていた。本来そこまでは鈍くないので、慣れない技、自身の放つ閃光に目が眩んだのだろう。
「くぅっ」
鎧越しに飛びつかれて、苦悶の声をあげるセニア。
トビツキグモごときの牙では聖騎士の鎧を貫けるわけもない。が、隣では慌てた様子のクリフォードが魔術を使おうとし、ルフィナにたしなめられていた。
「剣は禁止ですよ」
一応、シェルダンは釘を刺しておく。
使ったなら冷たくお説教である。
「わ、分かってます」
セニアが言い、閃光矢一発でトビツキグモを貫いた。
「や、やりました」
息を1つついて、セニアが言う。
いくら非効率な戦い方をしていても、さすがに壊光球一発では倒れることもない。
ただ、無駄な法力の使い方のせいで、肩で息をしていた。
(膨大な法力を無駄撃ちで使い切るとは)
シェルダンはただ呆れるばかりである。
「セニア殿」
小声でクリフォードが語りかける。シェルダンには丸聞こえなのだが。
「小さな敵の群れに、今の技は無駄が多くないかい?」
まともなことをクリフォードが遠慮がちに言う。
(やはり、こと戦闘については、殿下は随分成長されたのだな)
感心しつつ、シェルダンは耳を傾けていた。
「でも、せっかく使えるようになったのだし」
そしてセニアが間違えるのである。
使えるようになった、試しでさせているのではない、と一喝すべきなのだろうか。
「うーん、私は修練とはいえ、実戦なのだから。シェルダンもそういう考えで戦わせるとは」
自分の言いたいことを、クリフォードが代弁してくれる。
「今、私の指導者はシェルダン殿です。殿下ではありません」
横を向いてセニアが口答えしている。
クリフォードも損な役どころだ。本気で気遣っているから湧き出した助言である、とシェルダンにはよく分かる。
(せめて、線ではなく、面で攻撃出来ればまだ良いのだが)
シェルダンは二人のやり取りを見て、思い、もう一度深くため息をつく。
セニアについては、とにかく戦闘での判断が悪い。剣や盾で前衛を張る際にはだいぶ改善されるのだが。
何か神聖術を使って戦う際には、セニアの場合、『こうしたい』というのが何かと先に出過ぎるのである。戦況にあわせて神聖術を使うべきであるのに、無理矢理使いたい神聖術を使おうとする印象だ。
だから、柔軟な使い方が出来ない。
「その、指導役の私は、どうしたものかと頭を抱えているのですよ、まったく」
皮肉たっぷりにシェルダンは言ってやった。さほどキツい言い方をした覚えはないのだが、またセニアがしょげ返ってしまう。
ゴドヴァンとルフィナの2人はすっかり自分に任せきりでいちゃいちゃしている。この2人にはもはや、真面目な相談をする気にもなれない。
(さて、一体、どこまで話を落としていけばいいんだ)
戦わせつつ、シェルダンは頭の中では別なことを考えていた。
誰かに何かを教えようとして上手くいかないとき。相手は自分が教えたいことよりも、もっと下の段階で躓いているから、うまく行かないのだ。
例えば文法を教えようとしているのに、相手がそもそも文字すら分からないのではどうにもならない。文字から教え直すしかないのだ。
今度は10匹の七色ビートルに遭遇する。
「閃光矢」
今度は七色ビートルに向かって、閃光矢を放つセニア。先程はトビツキグモ相手に使わず失敗したから、七色ビートルには違う手を使ったのだろう。
ことはそう単純ではない。あえなく硬い甲殻に、光の矢が弾かれている。
「千光縛」
あわてて、セニアが光の鎖を放ち、七色ビートルを縛りあげる。さすがの出力であり、10匹全ての動きを封じた。
(どうしていいか分からなくて千光縛か。考える時間を稼ぐために動きを封じる。悪くはない、か)
シェルダンは苦笑いを浮かべる。
ただし不格好ではあるのだが。そして、シェルダンはセニアに話す内容を決めるのであった。




