299 第4次第7分隊〜ガードナー
ずっと叱られ続けていた。
クラーケンとの闘いで、『もっとこうしておけば、ああしておけば』と雷のギョロ目が自分を見据えて、しつこく言い募るのである。
どうやら勝ったようだ、ということは説教の中で辛うじて分かったのだが、とにかくしつこい。途中でガードナー自身もこれが現実ではない、と分かったほど。
(うるさいな)
心底うんざりしたところで目が覚めた。奇しくもセニアが聖剣を目覚めさせたのとほぼ同時刻である。
「ヒエエエッ」
真っ白な天井が視界に飛び込んできて、ガードナーは悲鳴をあげる。別に怖いわけではないのだが。
叱られていた記憶しかない。自身の状態についてはなんの情報も、あのギョロ目は与えてくれなかった。
(でも、こ、これが、現実で。あ、あれが夢?な、なら僕は?)
戸惑うガードナー。ペタペタと自分の体に触れて、生存を確かめる。
ふと、隣の寝台脇。窓辺から外を見ながら立っている人物に気付く。スラリとした背の高い黒髪の男だ。メイスン・ブランダードであると、ガードナーはすぐに気付く。
「貴様も目を覚ましたか」
体の動きを、腕を上げ下げして確認しながら、メイスンが言う。
貴様も、ということはメイスンもまた意識を失っていたらしい。
「私もお前も生きてはいるようだが」
メイスンの顔色もまだあまり良くないように、ガードナーには思えた。自分はどうか分からない。気分だけは悪くないようだが。
「セニア様たちは、既に出立されたようなのだ」
どこに、何をしに出立したのか、よく分からない言い方をメイスンがした。
まったく状況が分からないガードナー。
現実の中で最後に残った記憶は、クラーケンに瘴気の霧を吐かれて、皆で追い詰められたところまで。負けるはずがないと無意識で思っていて、あれよあれよと言う間に不利になったのだった。
今、どこにいるかもわからない。
「こ、ここは?」
ゆえに当たり前の疑問をガードナーは発する。
「そうか、お前はそこからして、分かるわけがないな、すまんな」
メイスンが穏やかに笑って言う。
「ルベントの治療院だ。お前は魔力切れ。私は重傷を負って、動けなくなっていたところを、セニア様らが運んでくれたらしい」
最後は渋い顔でメイスンが教えてくれた。ガードナーがどうのではなく、主であるセニアらに助けさせたことが痛恨の極みだったように見える。
いかにもメイスンらしい、とガードナーは思った。
(見捨てずに運んでくれたんだ)
死ぬわけにはいかないガードナーとしては、置き去りにしないでもらえて、ただただ有り難かった。魔術師にとって生命力自体を使い切る魔力切れは地味に恐ろしいのである。
(そ、そうだ、そ、そんな人たちじゃなかった。だ、だからお、俺はついていこうって)
人を見る目が自分にはあった、ということだ。そこは誇れる、とガードナーは思った。
魔塔攻略中、クリフォードは兄のよう、セニアは姉のようだったことをガードナーは思い出す。
「じゃ、じゃあ、あのクラーケンは?」
ガードナーは気になって更に尋ねる。
到底、逆転できるとは思えないぐらい不利だった。
「無事、セニア様らがトドメを刺した。貴様の雷も見事だったぞ。無意識だったようにも見えたが凄まじい一撃だった。あれがきっかけで倒せたようなものだ」
最初は誇らしげに、後半はねぎらうようにメイスンが言う。
「あぁ、そぅ、ガラク地方の魔塔は崩れた。我々の働きもあって、あの地方は平定されたのだ。胸を張れ」
まるで別人のようにメイスンが微笑んで言ってくれた。
「お、俺も。でも実感が。記憶も、あ、ありません」
ガードナーは俯いた。あの雷のギョロ目が勝手にやったのではないか。つまり自分の功績ではない。
「無理もないが、私もお前の一撃は見た。大したものだった。お前が仲間に加わってくれてよかった、と本気で思っている。ただ、私も数時間前に起きたばかりだ。あまり問い詰めないでくれ」
苦笑しつつも再度褒めてくれるメイスン。
たてた手柄はそのとおりに認めてくれる人だとガードナーも知っている。
(で、でで、でも、やっぱり。あ、あのギョロ目が何かしたんだ。で、でも、あ、あれも俺のち、力なんだから、いいんだ。俺の手柄で)
なんとなく思い、ガードナーは自分を納得させた。
メイスンが力なく笑うと、隣りにある寝台、の脇にある卓上に集められた書類を眺め始める。
ガードナーも自身の脇に卓があって、手紙が何通も置かれていることに気付く。
ほとんどがシェルダンからのものだった。
(あ、あとはリュッグ君に、ハンスさんも。ふ、2人とも第7分隊を出ちゃったのか)
名残惜しさと寂しさをガードナーは覚えた。シェルダンのことだから出征前にわざわざ見舞いに来て置いていったのではないか。
(でも、と、特にリュッグ君は無事、皇都で技術士官の道を歩き出してるし、ハンスさんも正直、あ、あのままじゃ死んでた。そういう無茶する人だった。商人のほうが良いと思う)
2人とも、生粋の軍人、という印象をガードナーは持てない相手だった。
なんとなくガードナーは安堵しつつ、シェルダンからの手紙に目を通していく。
(あ、心配してくれてる。こっちのをか、書いたときはお、怒ってる)
全部で10通を優に超えている。半分は無事を喜び、もう半分は制止を振り切って、魔塔上層へ挑んだ無茶をたしなめる内容だった。それぞれ日付を見るとほぼ交互に出されている。
戦いで無茶をすることがいかにいけないのかを、こんこんと口説いぐらいに書き連ねられていた。
カティアからの手紙も1通、置いてあった。結婚式への招待状だ。意識不明でも、まるで本当の養子のように思ってくれていたと分かる。親戚と自分以外、招待していないのだ。
(隊長とカティアさん、け、けけ、結婚したんだ。お、おめでとう御座います)
仲睦まじげだった姿を思い出すにつけ、ガードナーも嬉しくなるのだった。自分から見ても、それぞれ父と母のような2人なのだ。
「くっ、ルーシャス殿、なんと容赦のない。しかもセニア様は既に戦争?いや、次の魔塔へ?なんということだ。こうしてはいられぬ」
一方、一人、苦悶する聖騎士の執事メイスン。
(大変そうだなぁ)
どうやら行動不能となっている間に、情勢がかなり動いたらしい。助けに行けなかったことに心を痛めつつ、助けに行きたくて焦ってもいる。更にそこへ屋敷の運営をしっかりしろとの督促もあり、メイスンは悶絶しているのだった。
「俺の方は、ま、まだ、第7分隊なんだ」
ポツリとガードナーはつぶやく。
「言っただろう。貴様は戻れると」
メイスンがニヤリと笑って告げる。
胸がいっぱいになって、ガードナーは頷いた。見捨てられてはいなかったのだ。実績と同じぐらいにしつこく、『お前は部下だ』と書いてある。
(で、でも、じゃぁ、お、俺、次はどうしよう)
シェルダンもセニアもいないルベントにあって、ガードナーはメイスンと2人、途方に暮れてしまう。
そして、夢の中でのことを思い出す。
(よく覚えてないけど。クラーケンに雷を撃たされた気がする。あ、そうだ。あいつは自分のことを『雷帝の眼球』って言ってた)
死にたくないのに、死にかけたことで、自分の中にあった何かもまた死なせないよう顔を出した。
「しかし、私はでは、どうしたらいい?」
そしてメイスンもまた、自分と同じ悩みを抱いていることに、ガードナーはつい笑みをこぼしてしまうのであった。




