298 聖騎士との合流
聖騎士セニアは、聖山ランゲルから下山し、ミルロ地方を征討中の第3ブリッツ軍団と合流しようとしていた。丸一日歩いても、まだ駐屯地には辿り着けない。
(いよいよ、次の魔塔に。私は勝てるのかしら)
歩きながらセニアは思う。
草の生い茂る、かつて街道だった道を4人で戻る格好だ。聖山ランゲルから離れるごとにつれて、魔物からも襲撃された。
何度目か虫型の魔物を撃退した後の森にて、行く先に黄土色の軍服を着た男性が魔塔を背に立っている。道の脇には魔物の死体が転がっていた。倒して、そして片付けたらしい。
「シェルダン殿っ!」
嬉しくなってセニアは声を上げると、迷惑そうな、苦々しい表情を向けられた。
どうしても自分には優しい顔をしたくないらしい。
「軍務はどうしたんだ?シェルダン。早めに合流しようというのは嬉しいが。君のことだからギリギリまで、それこそ第1階層の奥まで来てはくれないと思っていたよ」
クリフォードも訝しげな顔をする。
シェルダンには大事にしている部下もいるのだ。セニアもまた、シェルダンが来てくれるのは第1階層からだと思っていた。
「シドマル伯爵からの許可は得ておりますし、問題ありません」
シェルダンが言い、セニアの頭から爪先までを眺める。何かを確認しているようだ。
視線が聖剣に注がれる。
「上手く行きましたか?」
端的にシェルダンが尋ねてくる。法力をあまり多く持たないシェルダンには、聖剣の変化が感覚では分からないらしい。
「はい」
セニアは勢いこんで頷いた。
初めてシェルダンに何らかの良い知らせが出来て誇らしい。が、すぐにしぼむことになる。
「それは上々。して、新たな術はもう?」
真顔で尋ねてくるシェルダン。
おそらく第3巻の神聖術を習得したかどうか。
まだ教練書に目を通しただけだ。試しも何も出来ていない。セニアは俯いてしまう。
「まったく。あなたは何のために聖剣を目覚めさせたのです」
結局、1番、聞きたくなかった、呆れ果てたシェルダンの声を聞く羽目になった。
「どおりで、やけに下りてくるのが早いと思ったら。せっかく集中しやすい聖山ランゲルにいたのですから、そこで修練に励めば良かったものを。それに、神官の方々もまた、何かしら教えたり助言をくれたりしたでしょう」
更に追い打ちをかけるようにシェルダンが言う。
ぐうの音も出ない正論だ。ただ聖剣の覚醒に浮かれて下山してしまった自分をセニアは恥じた。
「あぁ、アンス侯爵のやつに気に入られるわけだ。馬が合うんだな」
ボソッとゴドヴァンがシェルダンにとって聞き捨てならぬことを言ったようだ。ものすごい目で睨まれている。
「そうねぇ。あらかじめ言っておかないでおいて、試すようなことをするのよね、この子」
ルフィナもまたなかなか失礼な相槌を打ってしまったらしく、セニアだったら竦み上がるような一睨みを受けている。
「すいませんでした、シェルダン殿」
シェルダンと話していると自分の甘さばかりが浮き彫りになる。
父に一歩、自分なりに近付けたと思っても、別の人間からは褒められているのを見ても、シェルダンの目には甘ったれにしか映っていないのだ。
「別に反省して頂きたいのでも、謝罪して頂くようなことでもありません。せっかく出力が増したというのに、それを試そうとも思わない。そんな程度でいらしたことに、また改めて私が勝手にがっかりしただけですから、お気になさらず」
胸に突き立てるように言葉を放ってくるシェルダン。
言葉が丁寧であることがこんなにも恐ろしい、とはセニアは知らなった。ずっと俯いたまま、誰かに助けてもらいたいと願う。
(だめ。がっかりされても、失望されても)
ペイドランやイリスが離れた。それでも魔塔3本を攻略している。大神官の言う通り、歩みを止めなかったからだ。
「本当に申し訳ないです、シェルダン殿」
いつまでも下を向いてなどいない。決意して、セニアは素直に謝罪をしつつも顔を上げた。
「セニア侯爵閣下なのですから。私ごとき一軽装歩兵になど謝罪することはありません。むしろ御無礼を容赦していただく身であります」
挙げ句、素っ気なく距離を取られて、身分差を話に持ち出す、という壁を作られた。
「また、始まった、シェルダンお得意の痛烈な嫌がらせだ」
クリフォードもうんざりした口調で言う。
だが悪いのは自分の方だ、とセニアも思っていた。見返す、と言っておいて意識の低さを露呈したのだから。
セニアは思案する。
(どうすれば、このしくじりを取り返せるの?私は進むの。たとえ失敗しても。至らぬ点がいくらあってでも)
欠点だらけの自分の少ない長所を認めて、聖剣は目覚めてくれたのだから。
(ただ、しくじって、ただ謝って、ただ呆れられて、ではダメ)
たかだか会話の1つでもセニアは必死に頭を回す。
また、死んだふりをされて、冷たく姿を消されるのではないか、という危惧を抱いてしまう。
「では、シェルダン殿。私に稽古をつけてください」
思い切って、セニアはシェルダンを見据えて告げた。
「は?」
うんざりしていたシェルダンが、驚いた顔をする。
かなり意外な返しができたらしい。初めて見る、シェルダンの無防備な驚き顔である。
ゴドヴァン、ルフィナも面白がるような顔をしていた。
「なぜ、一軽装歩兵の私が?当代唯一の聖騎士様に稽古などと。無理です。教連書から学ぶべきです」
一見すると、至極、真っ当な返しをシェルダンが言う。
だが、セニアは知っているのだ。メイスンをかつて鍛えたのはシェルダンである、と。
「メイスンおじ様を、あっという間に、光集束が使えるほどの遣い手に育てたの、シェルダン殿ですよね?」
法力の使い方どころか、教練書に目も通していなかったメイスンを数日で育て上げたのだという。本人が言っていたのだから間違いはない。
(シェルダン殿は神聖術の指導が出来るんだわ)
間違いのないことだ、とセニアは確信していた。
「私とおじ様を差別するのは、ズルいですし公平ではありません」
セニアはシェルダンの目を正面から見据えて告げる。
シェルダンがうっ、と言葉に詰まった。
「確かに、セニア殿の言うとおりだな。シェルダン、もし断るなら不公平だし、あれだけ厳しく言った以上、それを受けて素直に教えを乞う彼女に挽回の機会を与えるべきだ」
クリフォードも口添えをしてくれる。
「メイスンは元部下であり、手心を加える必要がなかったので、上手くいったのです。しかし、セニア様は」
神聖術の指導が不可能ではないと、語るに落ちているシェルダン。
「私にも手心なんて要りません。必要な技術を必要なだけ、叩き込んでください」
セニアは心の底から告げる。シェルダンに認めてもらえるぐらい強くなるのに、シェルダン本人から指導をしてもらう。これほど分かりやすいこともないような気がしていた。
「口ではどうとでも言えますよ」
また、素っ気ないことをシェルダンが言おうとする。
「私、良くも悪くも、口だけだったことなんて、無いつもりです」
そこは自信を持ってセニアは言い切った。
シェルダンが呆気に取られた顔をする。
そして苦笑いを浮かべた。初めての反応だ。
「今までも今回も、悪い意味のほうが多かったのではないですか?」
こうして、セニアはシェルダンからの特訓を勝ち取ったのであった。




