296 聖剣の目覚め
自分は何か変わったのだろうか。
セニアは聖剣の拍動を確かに感じ取りつつも思う。
(これが本当の聖剣オーロラ)
鞘から抜き放ち、緑がかった光を放つ刀身をセニアはまじまじと見つめる。『ただの剣』として使っていたときには見られなかった姿だ。
三日三晩、自分の全てを聖剣に晒した。
無防備に過ぎて、今となれば恥ずかしいことも2、3言ってしまった気もする。
「かつて聖剣オーロラはあなたを所有者と認めた」
聖樹の洞から出たところに大神官レンフェルが共の女性神官2人を従え、立っていた。青銀色の瞳が自分を映し出している。
瞳の中の自分は、大分やつれていた。記憶よりも頬がコケている。
「でも、それは、あくまで将来的に使いこなせるだろうと思い、所持することをとりあえず認めただけだった」
肩をすくめて大神官レンフェルが言う。
歩み寄り、そっと聖剣オーロラの刀身に触れる。なにか話を聞いているかのように目を瞑る。
そしてまた、目を開いた。
「だから、あなたの準備が整うまで、聖剣は眠って待つことにした。ふふっ、なんか図太い人間のおじさんみたいよね。でも、あなたが戦えると知って、慌てて目覚めた。だからあなたもこれで」
大神官レンフェルがおかしそうに笑う。
ただセニアは聞き入るばかりである。
「これで、いくつかの強力な神聖術をあなたは使えるようになったと思う」
大神官レンフェルの顔からは笑顔が消えない。いつも自分には労るような調子を崩さないのだ。それでも滲み出る感情でセニアが受ける印象も変わる。
「まさか三日三晩もぶっ通しになるなんて思わなかったわ。私も起きてなきゃなの。きつかったわ。レナートのときですら2日間だったって話だし」
少し大神官レンフェルの頬もこけたようにも見える。大神官ともなれば、父ですら呼び捨てなのだ。
「私達も魔力を聖樹に注ぐ仕事があったから」
セニアの意図に気付き、先回りして大神官レンフェルが答える。
しかし、父のほうが早く認めてもらえたということではないか。
やはり自分は未熟なのだ。
「落ち込むことないわ。そこは優劣の差じゃないから。単純にどれだけ聖剣にぶつけたい思いが、言葉が、力があるかってことだけ。そして、駄目ならとっとと聖剣はまた眠る。それだけよ」
大神官レンフェルが言い、またクック、と笑い声を漏らす。『ほんと、オッサンみたいよね』などと零している。大神官という割には、セニアの前では卑俗な話し方をするのだ。
セニアは聖剣をまじまじと見つめた。
「本当は早い段階で認めていて、あとは根気よく待つばかりって言えば聞こえはいいけどね。それこそ、聖騎士によっては『起きろ』って一喝しただけの人もいたみたいね。でも、あなたの悩みや真面目さに、じっくり耳を傾けてたのね、今回は」
もうしばし聖剣を見つめて、そしてセニアはコクンと頷いた。
聖剣が感じさせてくれる力には汚れたものが何もない。ただひたすら力を尽くして、また戦い続ければ良いのだ。
「ありがとうございます、大神官様」
セニアは13歳の少女に深く感謝して頭を下げた。
魔塔の脅威で国が荒れる中、陸の孤島のように静謐な空間を守り抜いてくれている。敬意を抱かずにはいられなかった。
「それぞれ、いろいろ役割が与えられている。我々はそれをし続けているだけよ」
大神官レンフェルが事もなげに言う。
なぜだかまるで姿の似ていないシェルダン・ビーズリーをセニアは思い出す。
「そうね、自分の人生を見定めて、どこに、何に使うのかを決めている。そういう人には私も共感を覚えるから。似たところもあるかもしれないわね、その人」
大神官レンフェルと話していると、考えを読まれてしまうので、口を開く必要がセニアにはないのであった。
「私は未熟で覚悟が足りなくて、愚かでもあったのに」
セニアは思わず弱音を言葉にしてしまう。抱いてしまった以上、黙っていても分かられてしまうということでもあった。
「でも、あきらめなかった。今もあきらめてない。進んでいるのだから、いいのよ」
労るように大神官レンフェルが言う。自分に優しすぎないだろうか。
「決して完璧ではない自分を目の当たりにしてなお、歩みを止めず、少しでも良い方向へと足掻き続けたのがあなたの良さよ。私はそう想う」
自身をそういう風に見たことはなかった。
ただ、無い方が間違いなく良いであろう魔塔を自分が全て倒そうとは思っている。
(でも、今まで自分一人では魔塔3本なんて、絶対に倒せなかった)
残り2本の魔塔でもまた仲間の力を借りることとなるのだろう。
「そう、その仲間の人たち、とても心配してるわよ」
ニコニコと笑って大神官レンフェルが言う。
三日三晩、聖剣と向き合い続けた。
クリフォードたちを三日三晩、置き去りにしてしまったということでもある。
「いけないっ!早く報せて安心させてあげなきゃ」
今、ここにまで至れたのもまたクリフォードらの助力が合ってのことだ。
「あら、焦ることないわ。それに、愛しの皇子様に会うのだから身だしなみ、整えたほうがいいわ。あなた、酷い顔と格好してるのよ、今」
からかうような調子で大神官レンフェルが言う。
愛しの皇子様とはクリフォードのことだろうか。酷い格好と顔なのはどうしょうもない事実だ。
「そんな、私っ、殿下のことは」
頬が熱くなるのを感じてセニアは抗議しようとする。
「私、この聖山ランゲルの中では、あなたの心、手に取るように分かるのよ?出会ったときはとっても困ったり呆れたりしてたけど。酷いときは実力差を感じて嫉妬までして。でも今はとっても頼りにして、支えてもらってるじゃないの」
容赦なく大神官レンフェルに指摘されてしまう。
「だいたいね、あなた、初心すぎるのよ。私らと違って、結婚して、家のこともあるんだから。年下の従者たちにまで先越されて。しっかりしなさいよ」
とうとう怒られてしまう。確かに結婚についてはイリスにまで先を越されてはいるのだが。
一体、この期に及んで自分は何を怒られているのだろうか。
「あーあ、私もこんな身分じゃなければ、外で」
ぶつぶつと言い始めた大神官レンフェルに苦笑しつつ、女性神官2名が身だしなみを整えさせてくれる。
更に少し休憩してから山を降りることとなった。
「ね、魔塔終わったら、いつでも今度は遊びに来てね。本当は参拝とか祈祷とか、もっと気軽に人々が来ていい場所なんだから」
やはり自分には親しみを見せて、大神官レンフェルが微笑んで言う。
「はい、必ず」
セニアは深く頷いた。
「むしろ、あの皇子様との式に」
大神官レンフェルの言葉を後目に、セニアは下山した。
「セニア殿っ」
一般の参拝客の待機所にて、クリフォードが出迎えてくれた。
「まったく、心配のあまり、山ごと燃やしてやるって、大変だったんだぜ」
ゴドヴァンとルフィナも笑顔で迎えてくれた。
冗談とは思えない形相のクリフォードを見て、自分はなぜこの燃やしたがりへの恋を自覚させられる羽目になったのだろう、とセニアは首を傾げるのであった。




