295 軍団長との折衝
三日三晩、聖騎士セニアにより聖山ランゲルが緑色のオーロラに包まれていた。
シェルダンは嬉しさと安堵の双方を胸に、山の際を見上げている。3日も輝き続けているのならば、失敗、ということはまずないだろう。聖剣の方にセニアと付き合ってやろうという気持ちがある証拠なのだ。剣に気持ちというのも妙な話なのだが。
(セニア様のことは心配要らない。レナート様と比べなければ。それにあの破談がなければ、いや、それは美化しすぎか。やはりあの人は未熟だ)
1つうまくいきそうなぐらいで見方が甘くなりそうな自分をシェルダンは戒め、苦笑した。
「いや、さすがにデカかった」
兜を脱いで汗を拭きながら、デレクがボヤいていた。
傍らにはキラーマンティスの死体が転がっている。4体分だ。あれから更に3匹を駆除している。怪力持ちが分隊にいるのは便利なものだ。
流石に疲れたらしいデレク含め、他の分隊員たちは思い思いのやり方で休憩している。
(戦果としては、十分すぎるだろう)
果たしてシェルダンの予定通り、蹄の足音がして、騎兵が2人、森の中からあらわれた。単独行動でないのは、魔物が多い土地柄によるのだろう。
「軽装歩兵隊第7分隊隊長シェルダン・ビーズリーだな」
馬から降りて年嵩の将校が告げる。青い髪色をした、厳しい顔の男だ。自身がアスロック王国人であることを聞いていたのか、髪色を見られたようにシェルダンは感じた。
「シドマル伯爵がお呼びだ。来てほしい」
じろじろとシェルダンを眺め、そしてキラーマンティス4体の死骸を更に見て頷く。
「なぜ、他国人の軽装歩兵などを、と思っていたが、数人の軽装歩兵を率いてこの大物を何匹も仕留めるとはな。大した手並みだ」
感心した顔で年嵩の将校が告げる。実直な人柄のようだ。
もう一人の将校もびっくりしたようにシェルダンとキラーマンティスとを見比べている。
「そもそも、今更、他国人、などと言う言い方も我ながら良くないな、すまない」
年かさの騎兵が更に苦笑して侘びてくる。
今度は『蟷螂狩り』とでもあだ名をつけられそうだ、とチラリとシェルダンは思う。
「いえ、出身国は変えられませんから」
シェルダンは答えるに留めておいた。
実のところはデレクやラッドの存在が大きい。他の分隊員たちも小物相手に奮闘してくれていた。自分一人の手柄では当然ないものの。
(今後の展開を考えると、どうしてもシドマル伯爵と話をしなくてはならん)
あえて目立ったのである。軽装歩兵の身で、先んじてキラーマンティスを数体倒せば嫌でも目につく。特にどんな大物と戦うことになるかと身構えていた、重装歩兵隊や魔術師部隊などは喜んでくれるだろう、とも。
(まぁ、本当は家訓に例のごとく反しているんだが。アンス侯爵のせいで、シドマル伯爵にまで存在を知られてる。もうどうしようもない)
つまり開き直ったわけなのだが、あの性格の悪いギョロ目を思い出して、シェルダンは嫌な気持ちになった。
能力主義的な考えを口にしていたので、家系を大事にする自分とアンス侯爵とでは合わないとも思う。
「かしこまりました。馬には乗れませんので、徒歩にてついていきます」
シェルダンは素直に頭を下げて言う。
「ハンター、デレク!呼び出しを受けた、キラーマンティスについての報告らしい。少し行ってくる!」
シェルダンは腹心の部下2人に告げる。下話はしてあったから、2人とも手を上げて了解の合図をくれた。
馬を降り、手綱で引く将校2人について、シェルダンは本営へと向かう。
未だ築陣して間がない。天幕の設営などで忙しく兵士が動き回っている。先発した第3ブリッツ軍団がこの状況なのだ。更に第4ギブラス軍団が来てから、魔塔攻略への着手となれば、更に時間が要る。
頭の中で何度もシェルダンは時間と必要な準備との計算を繰り返してきた。
「軽装歩兵部隊第7分隊隊長シェルダン・ビーズリーを連れて参りました」
年嵩の将校が一際大きな天幕の入口前で直立して告げる。
「ご苦労だった。入ってくれ」
中から聞き覚えのある穏やかな声が告げる。
言われるままに3人で天幕に入った。
鎧を脱ぎ軍服姿のシドマル伯爵が立ったまま、卓上に広げられた付近の地形図に見入っている。
「ジャーヴィス、ご苦労だった。マーティンを連れて退がってくれ」
シドマル伯爵が将校2人を労い、退出させた。
「アンス侯爵が君を見出してくれて良かったよ。腕前を隠さないことにしてくれたのかな?素晴らしい活躍を早速見せてくれたものだ」
手放しでシドマル伯爵が賞賛してくれた。天幕中央に向き合う形で置かれた簡易椅子にかけるよう促す。
丁重に辞去して、シェルダンは直立する。
「君は、さては私に呼び出されるのを読んで、いや、狙っていたね?」
呆れた口調で告げると、シドマル伯爵の微笑みが苦笑に変わった。
「まったく、なぜ、こんな男が平場に好んで隠れているのやら。昇進して嫌なことのある国でも軍でもない、と思うのだけどね。まぁ、それはさておいておこう。どういった狙いなのかな?教えてくれ」
親切にもシドマル伯爵が水を向けてくれる。アンス侯爵相手ならこちらも言う気になれず、しかし、やりこめられて吐き出させられていたのだろう。
「此度の魔塔攻略。私も厄介で複雑なこととなりますので、この戦に限り、私の分隊へ格段の配慮を戴きたく」
シェルダンはシドマル伯爵の視線を正面から受け止めて切り出した。
「クリフォード殿下やゴドヴァン騎士団長の話にあった件かな?たしかに君が特命で抜けるとなれば、君の分隊は大変そうだが」
たかだか一個分隊の運用など、軍団まるごと1つの指揮をしている人物には逆に実感できないことかもしれない。
それでも推察しようとしてくれるだけでも人柄が滲んでいて有り難い。
「私だけではなく、手練の部下2名をこの段階で、ルベントヘ向かわせたいのです」
シェルダンは予定通りの言葉をシドマル伯爵へと告げた。手順を間違っていないか。必要事項が漏れていないのかを反芻しながら。
シドマル伯爵が面白がるような顔をする。
「そうすると君の分隊は4人になるのか。ほぼ半分だな」
ガードナーを知らないのだから無理もない勘定だ。
「いえ、もう一人、既に負傷で伏せておりますので、6人のところが完全に半数の3人になります」
特になんの感情も篭めないままシェルダンは告げた。
「ちなみに用向きというのは?」
シドマル伯爵が好奇心のままに尋ねてくる。
まだ天幕の外は騒がしい。夜にもまだ遠く、皆、忙しく動き回っているのだ。この喧騒もシェルダンは昔から好きだった。
「手紙を1通、届けるだけです」
肩をすくめて、シェルダンは答えた。内容までは言うこともないだろう、と思う。
「分かった。いいだろう。君の残される分隊員3名は他の分隊に一時預けとする。臨時の配置ということで。しかし、わざわざこの話をするために、あのカマキリを何匹も倒したのか」
また、シドマル伯爵が苦笑いだ。直接言ってくればよいものを、とでも思っているのだろうか。
身分が違いすぎるのである。本来なら話す場すらも存在しないのだから。
「ただ遭遇したので始末しただけです。あとのことは、シドマル伯爵閣下ご自身からのお褒めも含めて、望外の幸いでした。分隊員のことについてもまた、ありがとうございます」
シェルダンは述べるに止め、要請を快諾してくれたことには深く謝辞を口にする。
「部下へは君から直接連絡したまえ」
手をヒラヒラと振って、シドマル伯爵が言う。
「戻り次第すぐにでも。私もそろそろ、合流せねばなりませんので」
シェルダンは直立し、頭を下げて感謝の意を改めて表しつつ、シドマル伯爵の前を辞去するのであった。




