290 第4次第7分隊〜ロウエン2
聖山ランゲルを望む山中に第3ブリッツ軍団は布陣している格好だ。敵国であるアスロック王国軍の脅威も最早なく、魔物のみに集中出来る情勢ではあるがデレクは決して気を抜いてはいない。
「抜剣」
シェルダンが短く指示を飛ばす。皆が即座に応じる。
デレクだけは剣ではなく棒付き棘付き鉄球を構えた。
「トビツキグモ、か。懐かしいな」
しみじみとした声でさらにシェルダンが言う。
トビツキグモ、と聞いてすぐにラッドが鉄杖に得物を持ち替えた。
藪の中から子犬ほどもある茶色い毛むくじゃらのクモがノソノソと姿をあらわす。10匹ほどだろうか。
ラッドが手頃なやつを鉄杖で殴り飛ばす。
デレクも鉄球で叩き潰してやった。
「連中の武器は毒の牙だ。飛びついてくるから、避けるか手甲を噛ませるかしろ」
シェルダンが鎖鎌を放りながら援護してくれる。
「頭と胸の間を狙え。手足を一本や二本潰しても無駄だ」
デレクも鉄球を振り回しながら告げる。
シェルダンにも口は1つしかない。自分も言うべきことは言おうと思う。
「うおっ」
ハンターが手袋ごしに飛びつかれて声を上げた。
自分の武器ではハンターの半身ごと叩き潰してしまう。
「でやぁっ」
ロウエンが長い腕で正確な突きを横合い、絶妙な位置関係で放つ。
腕が長く距離をうまく取って立ち回っている。
「よし、移動するぞ」
全てのクモを倒したのを見て、シェルダンが告げる。
全員で見通しの良い広場を陣取った。
「負傷明けで、よく頑張ってたじゃねえか」
戦地に入ったのだ。デレクは鎧を装着しながらロウエンを労う。対して、ロウエンからは何やらもの問いたげな視線を鎧に向けられる。
「ハンスがいないから、もう、前には敵しかいないので」
鎧についてのなにかを訊く代わりにロウエンが告げた。
話を逸らされたように感じつつ、仲の良い2人であったことをデレクも思い出す。
「まぁ、別れは嫌なもんだが、ずっと一緒、というわけにもいかんさ」
自分に重装歩兵隊での戦友は出来なかった。ハンスとロウエンの関係性には羨ましさすら、デレクは感じるのである。他にはカディスという同期もいるらしい。
「あいつは、退役してよかった、と思うんです。なんとなく、あのまま続けていたら、俺より先に死ぬんだろう、って思わされてたから」
思わぬ言葉がロウエンの口から飛び出してきた。
確かに長く目の前で庇うように戦われていると、そういう気持ちにもなるかもしれない。一瞬、驚くもデレクはすぐに納得した。
「そうかもな、だが、軍に残った俺らのほうがむしろ危ないんだから気をつけねぇとな」
デレクも肩をすくめて答えた。
ハンスについては思い当たる節がないでもない。ラルランドル地方での勝ち戦でも危なっかしい場面があった。
(あんなことばっかり、繰り返していたのかもな、ハンスのやつは)
敵を追撃する際に突出しすぎて、横合いからの槍に突き殺されるところだった。デレクが助けに入っていなかったなら、死んでいただろう。
「あいつ、出会ったときから、無茶ばかりだったから」
ロウエンが苦笑いして言う。
ハンターを除けば、第7分隊では一番の古株なのだった。デレクには分からない思い出も多いのだろう。
「でも、カディスさんもハンスも、もういなくなったから、俺も自分で考えて動かないと」
さらに意味深なことをロウエンが言う。
何が言いたいのか。束の間デレクは考える。
「せっかく始めた軍人としての暮らしだから。デレクさん、重装歩兵って、どんななんですか?」
幾分か不意をつかれるような質問だった。
ロウエンが重装歩兵隊に興味を持つ。思わぬことだった。他に重装歩兵隊出身者などいないから、自分を見て、ロウエンも興味を持ったのではないか。
すぐには、デレクも言葉を発することが出来なかった。
変な答えをして、やる気を削いだなら自分のせいだ。
「あぁ、そうだな」
デレクは在籍していた当時を思い出そうとする。
「悪くなかった。俺はチビで結局は出されちまったけど。皆で息を合わせて強敵相手に戦うんだ。一体感があった。今思えば、やり甲斐が、あれはあれであった」
今もシェルダンのもとでやり甲斐を感じている自分。それはそれで。一方で大切にしたい思い出もあり、デレクはこんな言い方をした。
「お前なんかガタイも良いし、身長の損もない。本気で目指せば今からでも入れるんじゃねぇかな」
まじまじとロウエンの長身、長い手足に目をやって、デレクは告げた。
つくづく羨ましいぐらいの恵まれた体躯である。願っても鍛えてもどうにもならないのが、背丈や手足の長さなのだ。
自分の過去を思い出す。
(そう、もう過去だ。なよっちいのは、ナシだ)
デレクは首を横に振って思い直した。今やシェルダンの懐刀を自負して大暴れをしている。先の戦でも重装歩兵隊にいたなら出来なかった戦果を挙げてもいた。
「もう、出ちまった身だけどよ。本気で目指すなら、応援してやるよ。聞きたいことでもありゃ、聞いてくれ」
言うにデレクは留めた。ロウエンが真剣な顔で頷く。
「よし、転戦して他の分隊を助けて回るぞ」
シェルダンが声を上げた。
森の中、魔物を倒しながら戦い続ける。
トビツキグモだけではなく、七色に光る甲虫も現れるようになった。節ばった棘付きの前脚を振り回してくる難敵だ。
「七色ビートルだ。羽根の間をうまく刺せれば倒せるぞ」
シェルダンがすぐに魔物の名前と倒し方を説明してくれた。もっとも、デレクにはあまり関係がないのだが。
片端から弱点もろともに鉄球で叩き潰していく。
ハンターやロウエンに一対一で戦えるよう、敵の数を調整するのが、自分やラッド、シェルダンの役どころなのだ。
「くっ」
うまく相手の死角、棘付きの腕が届かない後方に回り込むも、硬い鞘羽に片刃剣を弾き返されて、ロウエンが声を上げる。
向き直った七色ビートルに反撃されそうになるところ。
「ふんっ」
すかさずデレクは鉄球で甲殻ごとその七色ビートルを叩き潰してやった。
「怪我はないな?」
兜の内側からデレクは尋ねる。
ロウエンだけを気にかけているわけではない。
バーンズやハンターなどにも注意を払う。
「はい。デレクさんを見ていると、ますます重装歩兵、良いなぁと思います」
珍しくロウエンが軽口を叩く。
デレクはすぐに思い直した。
(軽口じゃねぇ。本気だな。だが、悪くねぇな)
後輩が自分を見て、自分の通ってきた過去をなぞる。
デレクも満更ではないのであった。




