29 第7分隊〜ロウエン3
(こういうところは平和な国の弊害だな)
シェルダンは分隊員5名を率いて、サーペントを追跡しつつ思う。
自分で難敵を倒すしかない、という経験をした者がいないのだ。
(それにしても、そもそも魔塔に近すぎる村がそのまま放置されているのが問題だ。哨戒任務を命じる前に村人を避難させるなり、退去させるなりしておいてほしかったな)
アスロック王国での手法や考え方を、ドレシア帝国での部下に押し付けたくはないが、人命のかかっていることだ。
人が食われるかもしれない、というのに悠長に応援を待つべきではない。そもそも守るべき村人がいなくなれば、軍隊や軍人の存在する意義がない。
(まったく、誰のための軍で軍人だと思ってるんだ?)
誰にともなくシェルダンは思い、サーペントの討伐などを思い立ったのである。
守るものがある以上、気は急くのだが、幸い、サーペントの移動速度はさほど速くない。
交戦するとなれば不意を討ちたいので、近づきすぎないよう気をつけて進む。そうすると、こちらも速度を出せないのだが。
ロウエンが焦れったそうな表情で、先頭を行こうとした。
「落ち着け、先頭は俺だ」
シェルダンは軽くロウエンの肩を叩いて指示を出す。落ち着ける心情ではないだろう。こわばった顔でロウエンが一歩下がり、シェルダンに続く。
しばらく走ると、夜半、月の光を照り返す白い鱗が木々の間に見えた。シェルダンは分隊員に手振りで止まるよう指示する。
「やべえ、でけえ」
迂闊に声を上げたハンスの頭を、シェルダンは軽く殴りつけて黙らせる。
既にソウカ村を囲う柵も見えていた。
獲物を選ぶかのごとく、サーペントの白い体が右に左にのんびりと揺れている。
(獲物を選んで舌なめずり、か)
シェルダンは思いながら、上着をたくし上げて鎖鎌を解く。なんとか間に合ったようだ。村の中も眠りの静寂の中にある。
隊員たちを近くに集めた。
「俺が、目と舌を潰す。そうすれば、ただの、のたうち回るデカいミミズだ」
シェルダンは囁くように作戦を告げる。
「あとは、よってたかって、鱗の間から肉に剣を刺せ。それで倒せる。ただ、デカいからな。尻尾をまともに喰らわないよう気をつけろ」
カディス始め、4人が一様に緊張した面持ちで頷く。
「俺が失敗したら、お前らで村人を逃がせ」
言い捨てて、シェルダンはヤブから出るとサーペントへとそろりと歩み寄る。
サーペント狩りで大事なのは度胸と思い切りだ。
鎖分銅を回す。風を切る音に気づいて、サーペント
の赤い眼が自分の方を向く。
同時に渾身の力を込めて、シェルダンは鎖分銅を放った。
狙い過たず、サーペントの左眼を鎖分銅が直撃した。鱗で全身を覆ってはいても、眼球は脆い。
血を吹き出してのたうち回るサーペント。シューシューと無闇矢鱈に威嚇音を発している。痛みのせいでシェルダンへの警戒が薄れているようだ。
正気を取り戻す前に、シェルダンは鎖分銅を再度、残った右眼に叩きつけた。
(うまくいったな)
シェルダンは思いつつ、片刃剣を抜いた。
最初の眼はともかく、のたうち回るサーペント相手に、次の眼をすぐに潰せるかは賭けでもあるのだ。アスロック王国でも2回に1回くらいは失敗していた。
視界を潰されたサーペントが、せめて熱源だけでも感知しようと舌を出す。
投槍の要領で、シェルダンは片刃剣をサーペントの出した舌めがけて投擲した。今度は的も大きいのでさほど難しくはない。
命中した。舌を出したまま、目と舌から血を吹き出してサーペントがのたうち回る。
「よし、全員かかれ!」
シェルダンの号令で分隊員4名がサーペントに襲いかかる。
放っておいても、いずれこのサーペントは血を失って死ぬ可能性が高い。
アスロック王国では他の魔物の駆除に追われて、この状態で放置して次へ向かっていたものだ。今回はアスロック王国ではない。とどめを刺すところまで見届けることが出来る。部下に経験も積ませたい。
「す、すげぇ」
呆然としているハンス。
ロウエンがサーペントの尻尾側から片刃剣で突きを放つ。
初撃を鱗に弾かれても、二度、三度と突き続ける。長い腕を活かしてうまく距離を取り、鱗の合間を突き刺せるようになっていた。
鬼気迫る、という表情である。
「ぐおおっ」
接近しすぎて、サーペントの尻尾に打たれたハンターが吹っ飛ぶ。
「大丈夫か?」
地面に転がったハンターに駆け寄って、シェルダンは尋ねた。一見して大きな負傷はないようだ。
「いやっ、すげえ力だ。まだ腕がしびれてやがる」
ハンターが立ち上がり、落とした片刃剣を拾い上げようとして失敗した。どうやら尻尾の打撃を片刃剣で受けて負傷を免れたようだ。
打ちどころが悪いと骨ぐらいは折れる。頑強なハンターでなければ重傷だっただろう。
「無理をするな、どうせそのうち、あのサーペントは死ぬからな。休んでろ」
シェルダンの言葉に、ハンターがうなずいた。
戦況を眺める。サーペントに突きかかっているのはカディスとロウエンだけだ。カディスはサーペントの動きを見て、確実な隙を見つけたときにだけ、器用に鱗の合間を貫いている。
白かったサーペントの鱗が赤く染まり始めていた。
シェルダンは一人、腰が抜けて動こうとしないハンスの尻を蹴り飛ばす。
「やれ」
低い声で告げると、ハンスも駆け出した。
既にだいぶサーペントが弱り始めている。腰の引けたハンスでも大怪我をすることはないだろう。
ロウエンの暴れっぷりが激しい。
時折、尻尾で打たれても構わず突きかかっている。頭からも若干の流血が見てとれた。
「もういい、ロウエン、退がれ」
シェルダンはロウエンに駆け寄ると、肩を掴んで退がらせる。
「しかし、隊長、こいつは」
血走った目でロウエンが言う。
「間に合った。無論、これから確認はするが。親の仇みたいに突っ込むな」
シェルダンの言葉でようやく、ロウエンが落ち着いた。
昨日、村人に異常はなかったことは確認済みだ。今日、これから襲おうというところを阻止した格好である。
今回はサーペントに慣れさせる目的もあって、シェルダン自身も無理をした。
もし、ドレシア帝国の魔塔を攻めるつもりであるならば、ルベントに駐留する軍人、部隊は全て動員される。少なくともシェルダンたち軽装歩兵も第1階層までは足を踏み入れることになるだろう。
サーペントくらいの魔物も複数いる環境だ。
(ただ、最古の魔塔はサーペントが食われ尽くして既にいないって環境だったなぁ)
ふとレナートとの冒険をシェルダンは思い起こしていた。
やがてサーペントが動かなくなる。
「す、すいません。隊長、俺、ビビちまって」
返り血を浴びたハンスが言う。
シェルダンはハンスの肩を叩く。
「初見で逃げなかったんだから上出来だ」
ほか3人が出来すぎなのだ、ともシェルダンは思う。
ロウエンも故郷が狙われたのでなければ腰が引けていたかもしれない。
「アスロック王国の腐った軍人ならとっくに逃げてる」
それも指揮官から順にだ。一発蹴られてすぐ向かっていったのだから度胸はあると思う。
「な、なんだ、このデカい蛇!魔物か」
騒ぎを聞きつけて村の人々が家から出てくる。
「こ、これはサーペントか、初めて見たわい」
白髪がちの老人がヨタヨタと歩み寄ってくる。
(リュッグとペイドランはうまくやったかな?)
シェルダンは騒ぎ出す村人たちと、家族を見つけて喧騒の輪に入るロウエンを眺めていた。
このあとは小隊長たちと話を詰めて、この村の人々を退去させるよう意見具申せねばならない。転がっているサーペントの死体が何よりも説得力を持つだろう。