286 聖騎士と軽装歩兵の思い出⑨
シェルダンに申し訳なく思いつつ、ゴドヴァンは見張りに立った。
何を自分はみっともなくも年下の相手に言い募ったのか、という苦い思いと、やはりシェルダンへのもどかしさや悔しさも同時にこみ上げてくる。
「驚いたね、君がああいうことを言うなんてね。だが、考えてみれば君も若い、私より10歳は若いのだったか」
レナートが天幕から這い出てきて告げる。ルフィナのほうはまだ中で休んでいるのだろう。
ゴドヴァンは24歳である。若者だが、間違いなく大人の年齢だ。
「分かっています。恥じて、反省してますよ、みっともねぇ」
幼い頃から他者より身体が大きく、力も強かった。今もあまり変わらない。
ゴドヴァンにとって、他人とは力でもって守るもの。力でどうにもならない局面では、逆に助けた誰かが自分を助け返してくれればいい、と。
それがゴドヴァンにとっての助け合うということで、人間関係だった。
今までにシェルダンほど一方的に自分を戦いの中、助けてくれている人間は今までいなかったから、戸惑うのかもしれない。レナートに対しては自分が盾となっているから、神聖術が放てるのだ、という思いがあるから、まだ良いのだろう。
「シェルダンが帰ってきたら、侘びますよ」
ゴドヴァンは苦笑いして告げる。
「そうだな、シェルダンなら、きっと無事に帰ってくるさ」
真剣な顔でレナートに言われて、ゴドヴァンもハッとする。
無事に戻れる保証などどこにもないのだ。改めて自分は8つも年下の少年を危地に向かわせているのだと思う。
(さらにそんなことをしてくれている奴に)
みっともない言葉をかけて、悄気げた心情で送り出してしまった。
後悔しながら長い時間をゴドヴァンは待つ。クロジシやクロカミガメの他、黒い牛型の魔物、黒檀牛なども襲いかかってくる。特にクロジシは群れで襲いくるため、レナートの助力を頼むこともしばしばだった。
(シェルダン、無事でいてくれよ?)
集団で襲われたとしてシェルダンは切り抜けられるのか。ゴドヴァンは心配になるのだった。
時折、ルフィナも回復光をかけたり、自分へ言葉をかけたりするために外へ出てきてくれる。
まる二日ほど待っていて、いよいよシェルダンが心配でどうにもならなくなった。
ようやく、辺りの警戒をするように、ゆっくりと蛇行しながら近づいてくるシェルダンの姿を視認した。輝くオーラのお陰でかなり遠くからでも分かる。時折、戦闘を行ってもいるようで、助けに行きたいのをゴドヴァンはグッと何度か堪える。
「遅くなりました」
ゴドヴァンの前に立つとシェルダンが無表情に告げる。暗く陰鬱なものにすら感じられた。
時間差で自分の言動に腹が立ったのだろうか。
「シェルダン、無事だったか!」
天幕の中にいたレナートが声を聞きつけて飛び出してくる。
改めて見ると、シェルダンの軍服はあちこちが傷み、血が滲んでいた。いくつかの染みは随分と大きい。
「クロジシが特に厄介でして。常に2から3頭で襲ってくる上に素早い」
シェルダンが肩をすくめて言う。
「本当に手を焼きました」
顔色も悪い。本当に疲れたのだろう。
いよいよゴドヴァンは申し訳なくなってきた。レナートも心配そうだ。
「それでも階層主は見つけて来ましたので」
暗い顔で言うシェルダン。また手強い相手なのだろうか。
「シェルダン、偵察の前に、あんなことを言ってすまなかったな」
ゴドヴァンは謝罪して頭を下げた。
「その件なのですが」
何食わぬ顔でシェルダンが思わぬ返しをする。普通許すか許さないか、どちらかではないかと思うのだが。
「第4階層が、この環境というのは異常です」
どうやら確証というのを得たらしい。
(正直、その真面目な顔で徹底的に怒られるのかと思ってたよ)
思い、ゴドヴァンは笑みを向けてくるレナートに苦笑いを返した。しょうもない態度など、シェルダンにとってはまったくの些事なのだ。
「どうされましたか?極めて大事な話なのですが」
訝しげな顔をするシェルダン。
今更、口に出すのもゴドヴァンには憚られた。
「まったく、そもそもしつこく聞いてきたのはそちらだというのに」
思っている間にシェルダンが、とうとうブツブツと文句を並べ始めた。
「ははっ、すまねぇ、シェルダン、教えてくれ」
ゴドヴァンは笑ってしまう。シェルダンに先を促す。
「もう、うるさいわね。マックスさん?あら、シェルダン、おかえりなさい。無事で何よりだわ」
どうやら仮眠をしていたらしいルフィナが天幕から這い出てきた。目をこすっていたが、シェルダンを見て、微笑む。
「では、フィオーラ様もいらっしゃいますので。第4階層は通常、階層主こそ強力ですが、環境としてはぬるく単純で。神殿かそれに類するものが多いのです。が、ここは神殿が壊れた後の、まるで廃墟のような環境です」
シェルダンがつらつらと説明を開始した。
ゴドヴァンは耳を傾けつつも周囲への警戒は緩めない。一緒にいるときぐらいは少しでもシェルダンの負担を減らしてやりたかった。
「まるで、一旦、神殿としてから壊したかのような、もしやするとこの魔塔は」
シェルダンが言葉を切って、ためらう素振りを見せた。まるで口に出すと事実になるから言いたくないとでも言うかのように。
「この魔塔には、第5階層より、さらに上があるのかもしれません」
驚くべきことをシェルダンが告げた。
魔塔は第5階層まで、と伝承されている。いろいろな英雄物語などの読み物でもそうだ。
レナートもゴドヴァンも、そしてルフィナも驚いて顔を見合わせてしまう。
「そんな馬鹿なっ!シェルダン、魔塔は第5階層までだ。もっと多いことがあるなんて、そんなのは聞いたこともない」
レナートがさすがに大声を出す。
大声に釣られて黒い鳥が鉤爪を煌めかせて舞い降りてきた。大声を出したレナートに咎めるようにシェルダンが睨む。
ゴドヴァンはすかさず一刀両断にする。
「例外もかつてあったそうです。我が家は1000年続いてきました。膨大な資料の中、私も数例、見ただけですが」
シェルダンが言い淀む。あまり一族の記録を話したくないのだろう。そういう決まりもある中で、情報を開示してくれようとしているのではないか。
(なんで、こいつのご先祖は、こいつに腕前も知識も快く使わせてやらねぇんだ)
ゴドヴァンは忌々しくなってきた。自分たちが無事にこの魔塔攻略を為して外に出たなら、容赦なくこの場での功績を告げて出世させてやるのだ。
(平の軽装歩兵なんてさせねぇ。もっと良い身分で、その代わり責任も負わせて)
束の間、ゴドヴァンは夢想した。外へ出れば、自分にも人事への影響力が少なからずあるのだ。
「古く、強力な魔塔は余剰な瘴気でもって、6つ目の階層を作るのだそうです。申し訳ありません。杞憂なら、良いのですが」
シェルダンが話を先に進めていた。
ここを乗り越えてもあと1つ、ではなくあと2つ。
ズシリと肩に重たいものをゴドヴァンも感じる。
思い直した。
(階層が多いとなれば、本当に大変なのは偵察をやるシェルダンの方だ)
傷だらけのシェルダンを見るに、どこか肩を落とし、疲れ切った顔だ。
「いや、よく言ってくれた。大事なことだ。耳に嫌な話でもしてくれないと、私達も聞かないとダメなことだ」
レナートが優しくシェルダンの肩を叩く。
心なしか報われたような顔をシェルダンがする。
「そうだな、シェルダン、少し休めよ。役割はひとまず果たしたんだ。俺たちが見張ってるからよ」
ゴドヴァンの言葉にシェルダンが素直に従った。
ただ疲れ切っていただけなのかもしれない、ともゴドヴァンは思い、自分をまた嫌悪する。




