285 聖騎士と軽装歩兵の思い出⑧
最古の魔塔第3階層を攻略した後、シェルダンが例の如く3人よりも先に、第4階層の様子を見てきてくれるという。
心苦しくはあるものの、『転移直後が一番危険だから』と言われればゴドヴァンはレナートとともに頷くしかなかった。ルフィナも同様だ。
「少しでも怪我しそうになったらすぐ引き返してきなさいな」
姉のようになって、シェルダンにルフィナが告げていた。
苦笑いして自身にオーラをかけ直し、第4階層へ向かったシェルダンを見送る。
ゴドヴァンはルフィナと並んで立ち、5分を待つこととした。
「凄かったな、シェルダンのあれ」
沈黙しているのも気まずくて、ゴドヴァンはルフィナに話しかけた。
「ええ、レナート様の神聖術もね」
ルフィナもレナートをチラリと見て、ため息をつく。
どういう気持ちでルフィナがレナートを見たのか。勘繰ってしまう自分をゴドヴァンは嫌悪する。
妻子もいて、年齢も一回り以上離れたレナートにまで嫉妬する自分は愚かだと思う。先のルフィナの所作に、レナートへの深い考えや思いがあるわけもない。
ゴドヴァンは首を横に振った。
「なぁに?どうしたの?」
美しい紫色の瞳が、いたずらっぽく自分を見上げていた。
「なんでもねぇさ。俺にもつまんねえところがあるな、って自己嫌悪してたのさ。ミラードラゴンとの戦いじゃ、俺は期待外れだっただろ?」
つい余計なことまで、ゴドヴァンは言ってしまう。
言ってすぐに、また後悔した。
自分の気持ちをおそらく察してルフィナがクスリと笑う。
「あの2人は仲間として、心強いだけ。マックス、あなたとは違うわよ」
ルフィナの向けてくれるたおやかな笑みに、ゴドヴァンは見惚れた。この魔塔攻略前から何度か騎士団と治療院とで接点があって、ずっと惹かれている。
「よしっ、2人とも、5分経っただろう?さぁ、行こうっ!」
時計を見もせずにせっかちな聖騎士が告げる。
ゴドヴァンはルフィナと顔を見合わせて笑った。
「まだ、3分も経ってませんよ、レナート様」
首を傾げるレナートを、ゴドヴァンはルフィナとともに留める。
しっかりと5分後、3人で転移魔法陣に乗り、第4階層に入った。
「シェルダンッ!」
鋭くレナートが声を上げる。抜身の聖剣を手にしたまま険しい顔で固まった。
ゴドヴァンも大剣を構える。
ちょうどシェルダンが、黒く自分より大きな猫型魔物の首に鎖を巻きつけ、背中側に取り付いているところだった。首を締め上げつつ、四つ足で跳ね回る敵から必死で振り落とされまいとする、シェルダンの頭からは血が流れている。
身体の構造上、敵の猫型魔物にとって、背中が死角となるらしい。いずれの脚も背中には回らないようだ。
「こいつはクロジシの雌ですっ!速くて強いのでっ」
息を切らせながらきちんと説明してくれるシェルダン。
既に近くの地面にもう一匹、似たような姿の魔物の死体が転がっている。
シェルダン自身の2倍はありそうだ。それでもシェルダンが一匹は仕留めている。
「今、助ける!」
レナートが聖剣を輝かせる。
「私を殺すおつもりですか?」
ボソッとシェルダンが返した。こんなときでも冷静だ。
たしかにレナートの神聖術では、シェルダンまで巻き添えにしてしまう。
自分がやるしかない。ゴドヴァンは時機を測り、狙い済ませて、クロジシの喉を切り裂いた。返り血を浴びるのを嫌がってか、シェルダンが鎖鎌から手を放して飛びずさる。
「やったわ、さすがマックスさん」
手放しでルフィナが褒めてくれる。満更でもない。
無言でクロジシの身体から、巻きつけていた鎖分銅を外しているシェルダン。表情1つ変えず、鎖分銅をゴドヴァンに向けて放る。
ドゴッと鈍い音ともに、ゴドヴァンの背後で黒い亀の頭が潰れた。どうやら忍び寄り、噛みつこうとしていたらしい。
「クロカミガメです。油断なさらぬよう」
平然とシェルダンが告げる。礼を言う代わりに助けるのがシェルダン式だ。
辺りを再び見回し始めた。
暗い灰色の空、瘴気で淀んだ空気の中、崩れかけた石壁が散見される。
最古の魔塔第4階層は廃墟であった。
「全く、また入り口で、本当にいやらしい魔塔だ。そして」
ブツブツと魔塔に文句を言い始めるシェルダン。
辺りを見回しながら次第に険しい表情へと変わる。
「どうしたんだ?」
気になって、ゴドヴァンは尋ねた。独り言とはいえ、先を言われないと気になってしまう。
「いえ、なんでも」
露骨にシェルダンがはぐらかす。
傷を治してもらおうともせず、しれっと天幕を設営しようとし始めた。
(傷のことすら忘れてるじゃねぇか。なんだっていうんだ?)
もう第2階層でのことを忘れたのだろうか。あそこを乗り越えて、ゴドヴァンとしてはもう、仲間のつもりでいた。隠し事は水臭いではないかと思う。
「おい、シェルダン」
ゴドヴァンは口調を強くして促す。
「確証のないことは申せませんよ」
素っ気なくシェルダンが言う。
口調の丁寧さもまた距離を取ろうとしているかのようだ。
「シェルダン、ここまで来たんだから、いい加減、仲間意識を」
ルフィナも口添えしてくれる。
「仲間だから、不確かなことで惑わせたくありません。私だって、今、考えていることが杞憂ならば、そっちのほうが良いんです」
シェルダンも頑固なのであった。ただ、何事かを気にして隠していることについては、語るに落ちている。ようやくそこまでは判明した。
「いいじゃないか、マックス殿、フィオーラ殿。シェルダンにも考えがあって、シェルダンなりに我々を仲間だと思って気遣ってくれてるんだから」
レナートがとりなすように言う。苦笑いを浮かべていた。懐の深さを思い知らされると、ゴドヴァンとルフィナも言い募れない。
「だが、確かにシェルダンらしくないな。傷を忘れてるぞ」
笑って、レナートがシェルダンの頭に回復光を当てた。
「あ、失礼を。申し訳ありません」
頭を下げて恐縮するシェルダン。
やはり傷のことも忘れるぐらい、何かを気にしているのだ。レナートに治されると傷跡すら残らない。
自ら喋ろうとしないことが、ゴドヴァンにとってはもどかしく、悲しく、悔しくもあった。
(それにこいつ、そもそも、だ。あんなすげぇ武器を隠してやがった)
シェルダンの腰に据えられた3つのポーチを見て、ゴドヴァンは第3階層での暴れっぷりを思い出す。
変則的な動きに、重量級の一撃が遠心力も加わって飛んでくる。
鎖鎌については見事だ、とゴドヴァンは思った。流星槌なるあの武器については、勝てるだろうかと思ってしまう。
傷を治し、頭にこびりついた血を洗い落としてからシェルダンが偵察へ出ようとする。浄化したあとの第2階層で水を補給したのであった。
「俺は、アテにならないか?シェルダン」
天幕の外で、ゴドヴァンはシェルダンの背中に問いかける。
自分の役割をきっちりこなすシェルダンに対して、自分は任されたというのに、ミラードラゴンへの決定打としての役割を果たせなかった。
悔しさを、任せてくれた本人のシェルダンにぶつけるのは間違っている。分かってはいても、ゴドヴァンの心は止められない。
「急に何を仰るのです、マックス様」
さすがに驚いた顔でシェルダンが振り向く。
「俺は前の階層でミラードラゴンを倒せなかった。こいつはアテにならねぇと、そう判断したから心配事も口には出せねぇ、違うのか?」
はっきりと思うまま、ゴドヴァンは感情をぶつけてしまう。
相手は16歳の少年なのだ。どう答えたものか、と珍しく露骨にシェルダンが悩ましい顔をする。
「聞こえたぞ、何を言ってるんだ、マックス殿」
天幕の中から、レナートとルフィナが飛び出してきた。2人とも自分とシェルダンとを見て、ただただ心配そうだ。
仲間割れをしていられる、甘い環境ではない。死なないために団結しないと、無駄なく行動しなくてはならない。やはり頭では自分も分かっている。
「だから、俺に思うところがあるなら、はっきり言ってくれ」
言わせて何になるのだ。
悄気げた顔のシェルダンを見て、ゴドヴァンは思った。自分の胸のうちに、こんなみっともない問は納めておくべきだった。
「申し訳ありません、マックス様。それでも確証が欲しくて。マックス様の実力に疑問の余地はありません。そも単独で階層主相手に前衛を張れるだけでも、常人離れしております。私は頼っている、そのつもりでした」
すまなそうにシェルダンが言い、偵察へと向かうのだった。




