282 戦の後3
「シェルダンッ!」
険しい顔で自軍総大将ゴドヴァンが天幕の中に飛び込んできた。
治癒術士ルフィナ、聖騎士セニア、第2皇子クリフォードも一緒にぞろぞろとついて入ってくる。
ただでさえ狭いというのに、一気に天幕の中が狭苦しくなった。
(入るところを見られていたか、それとも探し回っていたのか)
シェルダンはうんざりしながら考え、さりげなく隅に寄ってやる。見ていたのなら、すぐにでも突っ込んできそうなので、後者だろうと思った。
自分が第3ブリッツ軍団にいるのは知っていたはずだから、おそらくは聞き込みでもしたのだろう。
「これは総大将殿に、治癒院院長殿、第2皇子殿下に聖騎士様。魔塔の勇者が揃い踏みでどうしましたか?」
皮肉たっぷりに並べあげてアンス侯爵が言う。一応、この天幕はアンス侯爵のものなのだ。ゴドヴァンらの態度は不躾ですらあるのだが。身分を並べあげることで、逆に非礼を咎めているのである。
(クリフォード殿下もいるのに。上を舐め腐っているのはそちらも同じでは?)
シェルダンは思い、4人に向かって平伏してやった。
すると嫌味たらしくアンス侯爵も直立するのである。
「2人して嫌がらせは止めて、普通にしてくれ」
クリフォードが困ったように言う。
ワイルダーを焼き尽くした腕前は見事だった。おかげでロウエンらが命を拾ったのだ。クリフォードに免じてシェルダンは立ち上がる。同じくアンス侯爵も簡易の椅子に腰掛けた。
「で、アンス、これはどういうことだ」
ゴドヴァンがシェルダンを一瞥し、アンス侯爵に尋ねた。ルフィナも腕組みだ。
セニアとクリフォードがちらちらと自分の様子を窺ってくる。
「動きの良い若手を一人、褒めておっただけですが?」
とぼけた口調でアンス侯爵が言う。たしかに嘘ではない。
あまり喜べもしなかったが。
「まぁ、まったく喜ばれませんでしたが。寂しい世の中になったものです、年長者としては」
挙げ句、わざとらしくため息をつくアンス侯爵。自分にまで皮肉が返ってきた。
ゴドヴァンらがどういう関係なのかと説明を求める眼差しを向けてくる。
(この方たちはそもそもご自分の責務をきちんとされているのか?)
うんざりしながらシェルダンは横を向く。
特にルフィナなどは戦の後こそ治療に忙しいのではないか。
「シェルダンには俺たちも話がある」
硬い口調でゴドヴァンが告げる。アンス侯爵とのことは捨ておいて無理矢理に自分たちの都合を話したいらしい。
ルフィナもうんうんと頷いている。
「なんだ、貴様。わしの知っている以外にも何かしたのか」
面白がるようにアンス侯爵が自分を見て笑う。
他人事だと思って楽しそうだ。シェルダンは何とか自分ではなく、アンス侯爵の方を魔塔上層への攻略に参加させられないものか、束の間思考を巡らせる。残念ながら何も思いつかなかった。
「心当たりがございません」
しれっとシェルダンは答えるしかなかった。
「アンス将軍、その人は」
しびれを切らしたようにセニアが口を挟もうとする。
第一声から失言だ。ドレシア帝国では将軍である前に貴族なのだから。
「わしは侯爵であり、将軍ではありませんよ、お嬢さん」
すかさずアンス侯爵が皮肉たっぷりに遮って訂正する。
「セニア殿は侯爵になっている。あなたと同じ爵位だよ。セニア殿にお嬢さんと呼ぶのも不適当では?アンス侯爵」
クリフォードがやんわりとセニアを庇って指摘する。
「これは失礼を。高齢ゆえ存じませんで」
とぼけた口調で言い、アンス侯爵が頭を下げた。絶対に知らないわけがない。
「私の方こそ、軍制を理解してなくて失礼な呼び方を致しました。申し訳ありません」
セニアも素直に頭を下げた。
おや、とシェルダンは思う。まるで堪えている様子もなくて、かえってアンス侯爵の毒気を抜いてしまった。
「ただ、そこにいるシェルダン殿には魔塔攻略で、本当にお世話になって、助けられていて」
セニアがシェルダンとアンス侯爵とを見比べて言う。
他の3人もとりあえずセニアに話を任せようとしている。
「貴様、魔塔にも通じているのか。なんでもありだな」
呆れた顔でアンスが言う。人を便利な道具のように言わないで欲しい。
「これはまさしく御先祖のお陰ですよ」
せめてもの気晴らしに、シェルダンは蒸し返してやった。
憎たらしい顔でアンス侯爵に肩をすくめられただけである。
自分はさぞ苦い顔をしているだろう、とシェルダンは思った。魔塔攻略に誘うつもりなのだろうと読めるが、アンス侯爵のいないときにしてほしかった。ただでさえ別件の働きで目をつけられて呼び出され、難儀をしているのだから。
「シェルダン、また魔塔に上がってくれ。もう、シオン殿下がどうの、などとは言ってられん」
案の定、険しい口調でゴドヴァンが構わずに切り出した。相当思い詰めてはいるようだ。
ガラク地方の魔塔でのメイスンやガードナーの件がかなり堪えているのだろう。
(さて、この、アンス侯爵の目の前でどう上手く伝えたものか)
シェルダンは頭を悩ます。
「いや、ゴドヴァン殿、シェルダンは」
兄のシオンと情報のやり取りがあるのだろう。クリフォードが口を挟もうとしてくれた。
シェルダンはセニアを一瞥する。
言うべきことをしっかり言い、実戦にも出てきて剣を振るう。手にしているのも人間相手だからか聖剣ではなく通常の剣なのだ。
聖剣をむやみに振るわない、ということに存外喜んでいる自分に気付き、軽くシェルダンは驚いていた。
(今度こそ本当に成長されたようだな)
まだ頼りなさは残るものの、出来ることを精一杯続けてきたのだろう。努力の跡が立ち振る舞いから見て取れる。
シェルダンは深くため息をついた。無意味にもったいぶることもない。
先に口を開いたのはゴドヴァンだった。
「ペイドランはともかく、メイスンやガードナーじゃ駄目だ。奴らは仲間じゃなかった。それなのに連れてって巻き込んで戦わせたから、怪我をさせた。最初から俺とルフィナがしっかりしてシェルダンを断固、上らせてればあんなことには」
心底、悔しそうにゴドヴァンが言う。ルフィナもしんみりとした顔で頷く。
悪意が無いのも理性では分かるのだが。
さすがにシェルダンもちょっとした言葉尻が頭にきた。
「命懸けでともに戦った2人に随分な言いようですね。メイスンは私の元部下、ガードナーは今も部下。実戦で自らの役割に対して手を抜くような2人ではありません」
実際、ガラク地方の魔塔攻略は2人の活躍なくしては成功しなかったと聞く。
随分な言いようではないか。ゴドヴァンも失言にすぐ気付いた。決まり悪そうな顔をする。
「少なからず、あの2人の功績もあったのではないかと、私は思っておりますが?」
険しい口調で告げて、シェルダンはゴドヴァンを睨む。
やはり上るのはよそうか、と思ってしまう。
(流石に失礼過ぎるだろう、まったく)
ゴドヴァンにとっての仲間とは何なのだ、と思ってしまう。いつまでも、たった4人で魔塔を上ったときの自分たちではないのだから。
「クックッ、言うではないか、若いの。ますます気に入った」
完全に他人事を楽しんでいる食わせ物のアンス侯爵はおいておくとして。
「だがシェルダン、俺たちは」
何事か墓穴を掘るであろうゴドヴァンの頭を、セニアが後ろから剣の鞘で叩く。ゴツンと鈍い音がした。
「ゴ、ゴドヴァン様、訂正してください。あの2人も仲間です、とても大事な。私たちのために動けなくなるまで戦ってくれて。そんな悪く言う気じゃなかったとしても、今のはダメです」
セニアがうっすらと目に涙すら浮かべて告げる。
「シェルダン殿とペイドラン君もイリスもそう。働き方に違いはあっても、誰が欠けても駄目でした。魔塔は3本倒せなかったんです。そこを変に差別しないでください」
一気にまくしたてるセニア。
クリフォードですら驚いた顔をしている。自分の知らない、2本の魔塔において、セニアらがどのようにしていたのか。
ただ、ハイネルに無様に捕らえられていて、さらにはメイスンとガードナーの負傷もあって、さぞ不甲斐なかったのだろう、と勝手に決めつけた。
セニアがシェルダンの方へと向き直る。
「でも、シェルダン殿、ごめんなさい。そう、2人とも私たちのために動けなくなっちゃって。魔塔は手強くて、私たちが不甲斐ないから、あなたの力がまた必要に。お願いです。また、助けてください」
頭を下げて、真剣に頼まれてしまった。
水色の後頭部が自分の目の前で震えている。
きまりが悪い。思わずシェルダンはアンス侯爵を見た。ぷっと吹き出して横を向く初老の男。
もう一度、シェルダンはゴドヴァンを睨む。次に余計なことを言ったら、鎖分銅を飛ばす。
ゴドヴァンも失言を悪いとは思ったのか、両手で拝んで視線で謝罪してくる。隣ではルフィナが自分には落ち度がないと言わんばかりに、ゴドヴァンの上腕をペチペチと叩いていた。
(ゴドヴァン殿の言葉の選択にも困ったものだ)
シェルダンはため息をついた。懐から黒い冊子を取り出す。
「セニア様」
シェルダンは静かに告げる。
「次の魔塔は手強い。今のままでは死にますから、こちらをご覧になって、少しは腕を上げてください」
セニアが顔を上げる。みっともないぐらいに涙で濡れていた。
淡い紫がかった瞳。驚きで目を瞠る。
「これは、シェルダン殿」
聖騎士の教練書の第3巻だ。最終巻である。
この段階になって尚、セニアに会ったら渡しておかないとまずいので携帯していた。流血しなくて良かったと思う。
「そして、聖山ランゲルで聖剣を目覚めさせないと。極光刃はいつまでも撃てません」
素っ気なくシェルダンは告げた。
(正直、少し見直しました)
実力のほどは言動にもあらわれる。
レナートとはまるで違うセニアであっても、セニアなりに頑張ってくれるなら、期待して賭けてみよう、とシェルダンも思うのだった。
(まぁ、ゴドヴァン殿には後でお説教だ)




