280 戦の後1
ハイネルとワイルダーを失った敵兵を、ドレシア帝国側の兵士が各個に討ち果たしていく。
降伏する者が出るのは正規軍の兵からのみであり、ハイネルとワイルダー直下の部下たちは死ぬまで戦いを止めなかった。
シェルダンも暗澹たる気持ちを抱きつつも、目に入る重装騎兵を片端から、鎖分銅で兜ごと頭を撃ち抜いていく。
戦の趨勢が決まって、なお続いた戦いが終わったのは、日が傾いて夕刻となってからだった。
「隊長」
ハイネルを討つため別れた時以外、終始、自分の傍を固めていたデレクが辺りを見回して声をかけてくる。全身を覆う鉄の鎧が返り血にまみれていた。
もう、抵抗しようという敵の姿はない。
「終わったな、これで」
シェルダンは言い、本当に言いたかった、『アスロック王国も』の部分を呑み込んだ。
まだ王都アズルの攻略戦に加えて、魔塔が2本も残っている。王太子エヴァンズ本人も健在だ。
「他の連中は大丈夫ですかね?」
兜を脱いでデレクが尋ねてくる。さすがにずっと暴れどおしだったため、小麦色の髪が汗でべったりと肌に張り付いていた。
途中でのんびり合流出来るほどぬるい戦いではなかったのだ。馬であろうと敵兵士であろうと殴り飛ばしてしまうデレクが心強かった。本人の表情は未だ鬼気迫るものであるが。
「あぁ、探そう」
自分も似たような形相だろう、と思いつつシェルダンは頷いた。
2人で分隊を置いてきた右翼側へと戻る。
味方で損害が大きいのは、どうやらハイネルたちの突撃を直接迎え撃った第1ファルマー軍団の重装歩兵たちと、ワイルダーら魔術師軍団とまともに激突した第3ブリッツ軍団の軽装歩兵たちのようだ。
一見して少なくない味方の遺体も転がっていた。
(全員、連れて行くわけにもいかず、かといってゴドヴァン殿を討たせるわけにもいかず)
咄嗟の判断とはいえ、苦汁の決断であったことをシェルダンは思う。自分が傍にいれば助かるというものでもない。負ければ等しく危険が訪れるのだから。
(みな、無事でいてくれよ)
心配しつつ仲間を探して回るシェルダンとデレク。
「隊長」
デレクが声を上げた。
指さす方を見ると、ラッドが鉄杖をぐるぐる振り回して呼びかけている。少なくともラッドは無事だ。
2人で接近する。他の面々も見えた。
「なんとか、全員、無事です」
ハンターが血と砂埃にまみれた顔で言う。
4人ともよくぞ、とシェルダンは思った。
新兵のバーンズが顔面蒼白で茫然としている。初陣でこれだけの激戦であるから無理もない。
ロウエンだけが敷いた布の上に寝かされている。胸が上下していて、息はあるようだが、眠っているように見えた。
「手負ったのか?」
誰にともなく、シェルダンはロウエンを見下ろして尋ねる。少なくない量の血がべったりと黄土色の軍服に付着していた。
「俺と2人でちょっと無茶をした。ワイルダー殿の副官を2人、打ち倒してやったんだが、反撃を食らってな」
ラッドが説明を始めた。もともとは祖国の将軍であった敵将のワイルダーへ、どこか皮肉なものを感じさせる呼び方である。
「1流の魔術師殿たちだからな、俺の障壁でも完全には防げなかった。まぁ、裏返せば障壁がなけりゃ死んでたな」
肩をすくめてラッドが説明してくれた。突っ込んでいった2人の判断を一概にシェルダンは、責めることは出来ない。お互いにギリギリの判断の連続だったのだろうから。
「そうか」
シェルダンはただ頷いた。治癒術も使えて応急処置も上手いラッドである。ロウエンも救われた。
ガードナーがいれば、また違ったのだろうか。悲鳴をあげながらでも雷魔術だけはきっちり放ってくれる部下だった。
「ワイルダー殿は、空から落ちてきた炎の剣に呑まれて、間違いなく灰になったぜ」
直近で見ていたらしく、ラッドが言う。
おそらくクリフォードの獄炎の剣だ。『自分も昔、灰になりかけた』、と軽口をシェルダンは呑み込んだ。まだ、そんな気分にはなれない。
「ハイネルもゴドヴァン殿が間違いなく斬り倒した」
かわりに、シェルダンも皆に教えてやった。実際は戦果よりも皆、それぞれ自分が生きていることのほうが重要だろう。ハンターなどはただ、なんとなく頷くだけだ。バーンズも未だ茫然としている。
学習能力のない男だった。
ハイネルについてシェルダンは思う。今回もまた、鎖鎌への警戒を全くしていなかったのだから。
(ともあれ、これでアスロック王国王太子エヴァンズは、両腕をもがれたようなものだ)
激しい戦いだったが、自分の隊は全員無事で済んでいる。ロウエンも負傷したようだが、手足を失ったわけでもない。ラッドを残しておいて良かったとシェルダンは思う。
そこかしこで歓声があがり始めた。皆、この1戦の重要さを理解していたのだ。
シェルダンも内心でホッとして勝利と部下の無事を喜びつつ、左手首に巻いたお守りを見る。
(あなたのおかげで、今回もまた、無事でした、カティア殿)
愛しい妻の顔を思い浮かべて、シェルダンは空を見上げた。
日が落ちきる前に全軍で敵味方の亡骸を埋葬する。
シェルダンは全軍の作業が終わったのを見計らって、直属の上司、軽装歩兵隊小隊長のもとへ点呼の報告に向かう。
狭く汚れた天幕の中、なぜか小隊長に加えて、第3ブリッツ軍団全体の指揮官シドマル伯爵もいた。天幕のみすぼらしさに不似合いな、立派な装飾の鎧姿である。供回りも2名控えており、小隊長が緊張して縮こまっていた。
「さすが、無事だったか」
温厚な笑みを浮かべて、シドマル伯爵が言う。戦の直後で穏やかに笑える、というところにシドマル伯爵の太さが見える。
シェルダンは直立した。
「はっ、ありがとうございます」
他に言いようもなくてシェルダンは反射的に告げる。なんの用件で来ているのかは分からない。ただ、嫌な予感がした。
「あの、アンス侯爵が気にかけるほどだから、心配はしていなかったが。あの激戦を経た上で平然としているとは見事なものだ」
感嘆してシドマル伯爵が言う。鏡で自分の笑顔を見てから言ってほしい、とシェルダンは思った。
たまたま小隊長のもとに用件があって来ていたのであってほしい、と心底からシェルダンは思う。
すぐに無残に打ち砕かれてしまった。
「では、第3ブリッツ軍団軽装歩兵隊第7分隊長シェルダン・ビーズリー、第1ファルマー軍団指揮官アンス侯爵が呼んでいる。一緒に来てほしい」
案の定、恐れていたことをシドマル伯爵に告げられ、シェルダンは肩を落とすのであった。




