28 第7分隊〜ロウエン2
シェルダンもロウエンも顔を見合わせる。何か別に話したいことがあるようだが、カディスの話したいことに、まったく見当がつかない。
「ただ、その、ロウエンに女系の家族はいるんだったか?」
唐突にろくでもない質問をカディスが発した。
本人が、思い切って聞いてやった、と言わんばかりの誇らしげな表情でいるのが、なんとも腹立たしい。
「妹はいますが、まだ10歳ですよ?」
戸惑いながらもロウエンが律儀に答えている。
「そうか」
カディスが答え、考え込むような顔をした。
(おいおい、まさか俺が10歳のロウエンの妹に手を出すと思ってるんじゃないだろうな)
さすがにカディスを叱り飛ばそうかとシェルダンが悩んでいると、もう1人の19歳、ハンスも近寄ってきた。
「副長、見合いでもしたいっていうんですか?まさか10歳と?」
ハンスがニヤニヤと笑いながらカディスに問う。
「い、いや、違う!」
なぜかカディスが、とんでもないことになってしまった!と言わんばかりの顔でシェルダンを見てくる。
シェルダンは横を向いて、すーっと3人から距離を取った。カディスは自業自得である。もっとしっかり反省して欲しい。
さらに視線も逸らしてさり気なく辺りを警戒して、森の中の異常に気付いた。
立ち止まる。
「どうしました?」
同じく新兵2人に何やら歩きながら説教をしていたハンターがシェルダンに気づいて歩み寄る。他の面々も集まってきた。
獣道と言うにはあまりに太く乱暴な道が伸びている。木々や藪がへし折れて地面が剥き出しになっていた。大人一人分くらいの幅がある。
「これは、大型の魔物が通った跡ですか?」
ハンターがしゃがみ込んで地面を確認しながら尋ねてくる。
厳密には、ただ大型なのではなくかなり重量もある魔物が、歩いたのではなく這っていった痕跡だ、とシェルダンは思った。
ちょっとした木ぐらいはなぎ倒しているが、進行方向上、高みにある枝葉などはあまり折れていないのだ。
シェルダンは深くため息をつく。
「サーペントだな」
巨体で這う魔物、となれば間違いないだろう。
蛇の姿をした、大型の魔物であり、重く太く長い。全身を白い鱗で守っており、斬撃に強いので、片刃剣のみで倒すのは難儀な相手だ。
「サーペント?俺、そんなん本でしか見たことねえよ!」
ハンスが怯えた声を上げる。
経験の有無はさておき、サーペントまで出ている、というのは由々しき事態だ。ドレシア帝国ではここ数年、魔塔の外での目撃情報はなかったのだから。
「大物ですね。隊長、他の隊と合流して、重装歩兵の討伐隊も寄越してもらわないと。見つけただけでも哨戒の意味がありましたね」
落ち着いている風を装ってはいるが、カディスも戦うのは避けるべき、と思っているようだ。
一見、堅実で妥当な判断に思えるが全体が見えていない。あるいは肝心なことをカディスは忘れている。だが、他の面々も似たような考えらしく頷いていた。
(全くこれだから平和ボケした国は)
珍しくシェルダンはドレシア帝国で得たこの部下たちに初めて歯がゆい思いを抱く。
「駄目だ」
1人、ロウエンが呟く。青ざめている。
気付いたようだ。
「この、這ってった跡。この方角、ソウカ村に向かっている」
問題はそこなのだった。
自分たちが痕跡を見つけた、この位置からしてソウカ村にかなり近い。
「サーペントは、でかい口で人間一人ぐらいはペロリと呑み込んでしまう。小さな村ぐらいなら一晩で食い尽くすぞ」
脅しではない。アスロック王国でも軍が気付かず、悲劇に見舞われた魔塔近くの村が幾つかあった。魔塔から出る中でもっとも恐ろしい魔物の1つがサーペントだ。
(だから、普通、アスロック王国じゃ、魔塔のこんな近くに村はなかったんだがな)
苦い思いをシェルダンは抱く。
「隊長、追いましょう!追わせてください!」
必死の形相でロウエンが言う。
「無茶を言うな、ロウエン。軽装歩兵7人で行っても犬死にだ。それより報告をしっかりして、討伐隊を向けてもらった方が助かる確率は高い」
カディスがロウエンをたしなめようとした。カディスは人の話を聞いていたのだろうか。シェルダンは呆れ果ててしまう。後で叱責ものだ。
「それじゃあ遅すぎるでしょう!一晩で村が消えるって隊長も言ってたじゃないですか!」
ロウエンが、カディスに食って掛かる。
カディスの言葉を正論だと捉えるような人間は人任せに考えすぎだ。
「追うぞ」
シェルダンも短く告げた。這っていった跡を追えば、自然、サーペントには辿り着ける。
「隊長、しかし」
カディスが反論しようとする。
睨みつけて黙らせた。カディスには滅多にしたことがないことだ。たじろいでカディスが口をつぐむ。
「サーペントぐらい、アスロックにはウヨウヨいたからな」
シェルダンは浴びせたい数々の言葉の代わりに告げた。
叱責するにしても、カディスの面目を保てるよう後で執務室だ。カティアの弟だからではない。自分の副官だからだ。
(お前。俺が死んだら次に指揮して判断するのは副官なんだからな?)
内心でシェルダンもカディスを当てにしているのだから失望させないでほしい。
「ただ、本隊への情報は送らないと」
少し考えるような顔をしてから、カディスがまた口を開く。
「わかってる、ペイドランとリュッグの二人は小隊長にサーペントの発見を報告しろ。残りの5人でサーペントを追って交戦する」
シェルダンの指示に、ペイドランとリュッグが決まりの悪そうな顔をする。自分たちだけが安全な任務を命じられたと思ったのかもしれない。
「5人ですか、結局。はは、勝てますかね」
ハンターが恐怖を押しつぶすように、ひきつった笑顔を見せた。カディスの言葉を聞いていて微妙な顔をしていたのはハンターだけだ。
長くやっているだけあって、軍人としての責任感を分かっているし、持っている。ただ、出来れば家族もいるのでサーペント相手に戦いたくはなかったのだろう。
「まぁ、やり方次第だな。しくじったとしても村人は逃してやらないと。勝つことだけが軍人の仕事じゃない」
シェルダンは前半ハンターにニヤリと笑みを向けてから、後半に真面目な顔をした。
せめて、ソウカ村の人々はサーペントから逃がす。それをしないで何が軍隊なのか。
「分かりました、すいません。私も動揺していたようです。見苦しい姿を晒しました」
言うカディスが若干悄気げたような顔をしている。
自覚できたなら叱責は要らないかもしれない。シェルダンは思い直す。
「ただ、なぜ伝令がペイドランとリュッグの新兵2人なのです?隊長のことだから新兵二人を死なせるのは可哀想、とかではないのでしょう?」
冷静さを取り戻したカディスが確認してくる。
「リュッグは信号弾が使えるし、ペイドランは隊で1番身軽で、はしっこいからだ。伝令も命懸けと、思うがな、俺は」
シェルダンの回答にカディスがうなずく。
伝令2人のうち、ペイドランのほうは落ち着いているが、リュッグは緊張しているようだ。さすがにいちいち構ってやる余裕もない。
(まぁ、ペイドランがいれば大丈夫だろう)
シェルダンは思い、2人を送り出した。
森の木々の合間にペイドランとリュッグの姿が消えていく。
「隊長、すいません。俺の故郷のために」
ロウエンが済まなそうに言う。やはり心がけで追うと言えたわけではないのだ。
「関係ない。軍人としては追うのが当たり前だ」
そっけなくシェルダンは告げた。
実際、狙われたのがロウエンの故郷でなくとも、全く同じ決断をした。