277 カムロス平野の戦い・乱戦
岩を落とした分家筋たちを追わなかったところで、ハイネルやワイルダーの軍才もたかが知れている、とシェルダンは思った。
「ぬんっ!」
デレクが敵の軽装歩兵を棒付き棘付き鉄球で身体ごと吹き飛ばす。すでに何人も仕留めている。
シェルダン自身はもともと第3ブリッツ軍団自体が陣の右翼にいたこともあり、アスロック王国軍の左横腹をつける位置にいた。
(全体の戦況は)
ワイルダー率いる魔術師軍団が風魔術で、友軍の兵士を狙撃しているところだ。
(クリフォード殿下も個人としては優れた魔術師だが)
魔術師を指揮するということについてはワイルダーのほうに一日の長があり、判断も早く鋭い。
クリフォードのいるドレシア側の魔術師たちは各個撃破を始めた敵側の魔術師軍団に対し、有効な手を打てずにいる。
ちょうど、ようやくにして、シェルダンたちのいる右翼側が優勢と見て、こちらへの移動を開始したところだ。どこの隊をどう討つべきなのか、根っこのところでは豪快なクリフォードには細かい判断がつかなかったのだろう。
「隊長、本隊が」
近づいてきたハンターが自陣に目をやって告げる。手には血の滴る片刃剣を握っていた。
実戦では視野が広い。優れた副官なのだ。
敵を押し込んだ分、軽装歩兵部隊のほうが本隊よりも高所を取っていた。戦況が実によく見える。本隊付近の激闘も俯瞰で見えていた。
死にものぐるいで突撃してくる敵部隊を、本隊の方は持て余している、という格好だ。
一方、軽装歩兵同士の戦いではドレシア帝国軍側が敵を圧倒している。ほぼ戦況を掌握したと行っても良い。
「はっはぁ!」
ラッドが高笑いをあげて、鉄杖で敵を殴り飛ばしている。
「よおしっ、バーンズ、やれぇっ」
ラッドが指示を飛ばして新兵のバーンズにトドメを刺させている。経験を積ませようということだろう。バーンズが片刃剣を振るったのをシェルダンは視認した。そういう余裕も出るぐらい、この戦線は優勢だ。
「よし」
シェルダンは呟き、発煙筒を手に取った。まだ参戦していない余剰な戦力を参戦させるためだ。
(どの道、もうアンス侯爵にはバレている)
洗いざらい喋らされたのだから。
シェルダンはわずかな魔力を籠めて狼煙を上げた。少しでも有利な状況で、ワイルダーらと戦うべきなのだ。
不意にばたばたとアスロック王国軍側の魔術師たちが倒れる。
ビーズリー家の分家筋500がドレシア帝国側に加わって襲いかかったからだ。
一旦は戦うべき相手を見失っていた、付近にいる軽装歩兵の部隊も乗じて襲いかかった。
いかに精強とはいえ魔術師である。白兵戦には向かない。接敵してしまえば、軽装歩兵とはいえ、優位に立つことができる、とシェルダンは見ていた。
思惑どおり、バタバタと敵の魔術師たちが倒されていく。
「簡単にはいかないか」
シェルダンはポツリと呟く。
黒い風が数名の軽装歩兵を黄土色の軍服ごと切り裂いた。
ワイルダーと数名。精鋭の中の更に精鋭の魔術師たち。黒い風の障壁を作って、接近を阻み、距離を取ってドレシア帝国軍の軽装歩兵を仕留めていく。
ただ、完全にワイルダーら魔術師軍団も左を向いた。
(が、これでゴドヴァン殿たち本隊も少しは楽に)
思い、シェルダンは本隊に目をやり、顔をしかめた。
「俺の知り合いには単細胞しかいないのか」
思わず声に出してボヤく。
自軍総大将ゴドヴァンに敵将ハイネルが部下の兵を減らしつつも着実に迫っていた。よせばいいのにゴドヴァンも直属の数騎で迎え撃つ構えだ。
(何をやってるんですか、まったく)
シェルダンは舌打ちした。
総大将が討たれれば逆転されかねない。犠牲を出してでも、ハイネルのような男は数で袋叩きにして、ボロボロにしてから殺すべきだ、とシェルダンなどは思うのだが。
強者を他人に任せて、部下を死なせするようなことはしたくないのだろう。
(まったく、ゴドヴァン殿らしいが)
世話が焼ける、ともシェルダンは思うのであった。
「デレク」
最も腕っぷしでは信頼の置ける部下をシェルダンは呼ぶ。
「へい」
デレクが鉄球で敵を弾き飛ばしてから近づいてきた。目立つデレクを連れて魔術師軍団に近づいては、狙い撃ちされる可能性も高い。丁度いいのかもしれない、と思うことにする。
「俺はいつぞやの死にぞこないを殺してやりに行こうと思う。お前もついてこい」
シェルダンは離れた敵の魔術師に気付き、鎖分銅を叩きつけて告げた。
「了解、喜んで」
デレクが自分の隣に立つ。兜の内側では本当に喜んでニヤニヤ笑っているのだろう。
そうすると心配になるのは残していく部下たちの命だ。
しばしシェルダンは思案する。
「ラッド」
更にシェルダンは付き合いの長い、親戚にして部下を呼ぶ。実力のほどもよく分かっている。
「おうっ」
ラッドが鉄杖を振り回しながら答える。
「お前は残りの分家筋と連携して、ワイルダーどもを釘付けにしろ」
シェルダンは魔術師軍団を見据えて告げる。
ラッドが神官の魔術の1つ、簡易ながら対魔術障壁を使えるからだ。分隊員ぐらいは守り抜いてくれるだろう。
「分かった」
ラッドがニヤリと笑って快諾する。
「ハンターともども誰も死なないように、頼む」
シェルダンは頼んだ。副官のハンターも頷く。
デレクと2人、全体に優勢となりつつある乱戦の中を進む。やはり重装騎兵隊と魔術師軍団との分断が効いているのだ。
(敵の片方を封じているのだからな)
魔術師の有利は安全圏から一方的に狙い撃つことで生じる。安全でなくならせられれば、大きく力を削ぐこととなるのだ。
逆に近付く敵を片端から殴り飛ばしてくれるデレクのおかげで、シェルダンのほうが孤立した敵の重装騎兵隊を見つけてはアダマン鋼の鎖分銅で撃ち殺していく。
(さて、間に合うか)
シェルダンは思う。
ゴドヴァンが生きている間にハイネルに近付けるのか。介入出来るのか。
(そもそも介入は必要か?)
ゴドヴァンがハイネルに負けることなどあるのか。人間離れした怪力の持ち主なのだ。実はハイネルを上手く誘い込めているだけなのではないか。
迷いはしても、自身の鎖分銅の連打を耐えぬかれた過去を思い出し、シェルダンは葛藤する。
「俺は本当はただ、ゴドヴァン殿を心配しているだけなのか?」
愕然として、シェルダンは呟く。
鎖分銅の射程に捉える前に、とうとうゴドヴァンとハイネルが切り結んだ。数合切り合う間にもシェルダンは接近を止めない。
「なんだ、ありゃあ」
くぐもった声でデレクが言う。
氷の障壁が乱戦の中、ハイネルとゴドヴァンを隔絶させたのだ。
「氷の魔槍ミレディンだ」
シェルダンは呟き、思案した。
氷の障壁。隔絶されはしても、上方はポッカリと開いている。山の斜面上、木々が至るところに生えていることにも気付く。
「デレク、お前はあの氷壁を叩け。俺は木に上る」
シェルダンは指示を飛ばす。
「了解です。お気をつけて」
デレクが言い、真っ直ぐに氷の障壁へと向かう。
「お前もな、死ぬなよ」
シェルダンは言い、目をつけた木々をするすると上っていくのであった。




