272 出征〜ミルロ地方へ2
既に第1ファルマー軍団がガラク地方を制圧し、ミルロ地方を目指して北上しているという。第3ブリッツ軍団もまた、第1ファルマー軍団と合流すべく西進しているのであった。
「よし、ここに天幕を張るんだ」
シェルダンは自らも作業に取り掛かりつつ、部下たちに指示を飛ばす。
ゲルングルン地方を抜けてラルランドル地方へ入ろうかというところで、夕刻を迎えて夜営する。
既に自国の領土となった土地であるから見張りは最低限で良い。見張りを残して早くに就寝した。第7分隊ではシェルダンはラッドと2人、焚火の番をする。他の面々は天幕の中で就寝した。
「だいぶ、雰囲気が変わったよな」
ラッドが焚火を見据えたまま話しかけてきた。
「あぁ」
シェルダンは鎖鎌を眺めて頷く。
話をしているのは、現在はドレシア帝国領土となった、旧アスロック王国領土のことだ。
当然、魔塔を倒したことで瘴気が晴れた、ということもある。空の色や空気からして明るくなり、時折、見かける村落の人々も顔色がかつてより明るくなったように見えた。
「やっぱり、あの国は滅んだほうが良い」
低い声でシェルダンは告げた。周囲に余人の気配はしない。
皆、行軍の疲れで寝入っているのだ。第7分隊でも一番丈夫なデレクからして個人訓練をした疲れで眠っている。
「うちらもまた動くのか。当代は随分、思い切ったことをするな」
皮肉な口調でラッドが応じた。ビーズリー家の分家筋としての話し方である。ラッドの実家であるスタックハウス家にも、父レイダンから連絡が行っているはずだ。『うちら』というのはビーズリー家の分家筋たち全てを指す。
「手筈については聞いてるか?スタックハウス家にも連絡はちゃんと届いたか?」
連絡をつけてくれたのはレイダンであり、現場にいるシェルダンやラッドと、今回動く手筈の分家筋たちとは、直接やり取りが出来ていない。
どの程度の話がいっているのか、気になってシェルダンは尋ねた。
「ウォレスの連中にランドルフ兄弟、実働は数百人規模とだけ。連中にはもっと細かい話がいってるんだろ?」
ラッドが頷いて言う。人数だけでもラッドに行っているなら、十分な連絡が行っているということだ。
ラルランドル地方での戦いの後、ビーズリー家の分家筋たちは多くがアスロック王国から離脱し、ドレシア帝国へと亡命している。ただ、ラッドのようにドレシア帝国軍に入ったものは少数であった。多くは未だアスロック王国の旧領土に留まり、時にはアスロック王国軍相手に略奪をしている。
(ただ襲うだけじゃなくて、動静を探るって役割もある)
レイダンから、彼らの把握した情報などが送られてくるのだ。
「とりあえず今は、遠巻きにアスロック軍を見張っている。ハイネルやワイルダーの軍団だ」
ラッドに少し近寄り、より低い声でシェルダンは告げた。
将軍らの考えるような大きな戦略などシェルダンには分からない。ただ、アスロック王国軍が仕掛けてくるとなれば、数で劣るとなった以上、奇襲で来るだろう。それぐらいはシェルダンにも分かる。
「奇襲を奇襲にさせないってことか。まぁ、敵にとっちゃ厳しいだろうな」
ラッドもニヤリと笑って告げる。
もともとアスロック王国軍の現役であり、一番辛いところを担ってきた面々なのだ。
裏道、抜け道にも元々通じており、更にそこへビーズリー家の歴史も加わる。
「ドレシア帝国側も探るべくは探っていると思うが土地勘は無い」
シェルダンは焚き火に木の枝を加えて告げる。
「さすがにここまで侵攻が速いとな」
ラッドが苦笑いを浮かべる。焚火の灯が照らし凄みを増していた。
ドレシア帝国側からすれば、地の利を得るよりも早く、順調に侵攻が進みすぎてしまっている状態だ。
故に、今、ドレシア帝国がアスロック王国に対して不利な点の1つが地の利なのであった。
「その不利を俺たちで埋める」
シェルダンは短く告げた。
なぜだか脳裏にゴドヴァンにルフィナの顔が浮かぶ。結果としては彼らを助けることとなる。
(今回は聖騎士セニア様にクリフォード殿下も加わる)
ペイドランも加えて6人でかつて、1本の魔塔を攻略したことをシェルダンは思う。
首を横に振った。仲間と言うには、あまりにも身分が違い過ぎる。
「肩入れが過ぎやしないか?」
ラッドが皮肉な口調で尋ねてくる。もっともな問いだ、とシェルダンも思った。
「ビーズリー家の価値は理解してる。ついてけば間違いないってのも歴史で分かってる」
ラッドが更に続ける。
「増して、俺にとっちゃお前は親戚でもあるし友人でもある。だから、こうやって大手を振って助けられるのは嬉しいけどよ」
シェルダンはただ頷いた。
ビーズリー家の家訓に自分がどこまで沿った生き方を出来ているのか。カティアの顔を思い浮かべる。まだ生まれてもいない我が子にも思いを馳せた。
「魔塔を残すような国に活路はない。死ぬような代物を残すような国で、自分も自分の子孫も親戚も、生き延びられるとは思えない」
生き延びる、ということが最優先であるならば、家訓に反してはいない。シェルダンは揺らぐことのない自分を確認する。
「だから、聖騎士セニア様に肩入れして、魔塔を倒してもらうのか?」
ラッドがしているのは自分への試しだ。揺らぐようなら手を引いたほうがいいぞ、と言いたいのだろう。ある意味、友人としての優しさなのだ。
「少し違う」
シェルダンは焚き火を照り返す鎖分銅を眺めて告げる。
「俺がやる。俺のやれることをして、手管を使って。ビーズリー家にもし力があるなら、それも使って」
誰かにしてもらうのではない。自分でやるのだ。人任せにするより確実に敵を倒そうということでもある。
シェルダンはじっとラッドに視線を据えて言う。
「分家筋がここまで協力してくれるのは、だから助かる。感謝もしてる」
そもそもがシェルダン自身より軍人としての階級が上の者も多いのだった。現役はほぼ同世代であっても。世間的には逆にシェルダンのほうが命令される立場なのである。
「皆、知ってるからだよ。生き延びるために本家がわざわざ妙な苦労してるの」
ラッドが苦笑して言った。
「我慢してるのも、小さいときから訓練漬けなのも、さ」
ふとラッドがニヤリと笑う。
「覚えてるか?俺が神官になりてぇって、言い出した時も頑張れって言ったのはお前だけだ」
かつて両親に反対されていたラッド。それでも治癒魔術を習得して、他の親族にはない技術を得たのである。
「でも、すごくお前、羨ましそうでな。忘れられねぇな。治癒魔術やら勉強やらで、手を抜けなかったんだぜ」
自分のせいで頑張る羽目になった、というような言い草だ。挙げ句、神官には結局ならなかった。
シェルダンは意図して憮然とした顔をする。
「俺は俺なりに幸せだ」
言いながら、指に嵌めたカティアとの結婚指輪を見せびらかしてやった。更に手首の御守りも、だ。独身のラッドには分からない幸せの中に自分は身を置いているのである。
「分かってるよ」
ラッドが苦笑いである。
「そんなことより、戦だ。負けたら死ぬ確率があがる。自軍を勝たせるために、他にも仕込んでることがある」
シェルダンはまたゴドヴァンらを思う。
今回、クリフォードとセニアも従軍している。問題はビーズリー家の分家筋とドレシア帝国軍がどう連動するかなのだ。
接点は自分だけ。ただ表向きは軽装歩兵の分隊長に過ぎない自分からの進言で、ゴドヴァンらが軍を動かすことは出来るのだろうか。
シェルダンはさらにラッドと話し合うも、そこについては有効な解決策を思いつくことは出来なかった。




