27 第7分隊〜ロウエン1
久方ぶりの出動である。
シェルダンは分隊を率いて、魔塔付近の哨戒任務に当たっていた。
現在はルベントと魔塔の間にあるソウカという山村付近の森にて、天幕を張って夜営をしている。
「隊長、付近、魔物の姿なく、異常はありません」
木に寄りかかって座るシェルダンに、ペイドランを伴って偵察に出ていたリュッグがはきはきと報告する。ペイドランが何かうんざりした顔をリュッグに向けていた。
今回の哨戒任務は3日間、第1、第3、第5、第7分隊で行い、次の3日間で第2、第4、第6分隊が行う、という持ち回りだ。
「分かった、お前たちも少し休め」
シェルダンは短く言い、座ったまま板に載せた報告書を記載していく。
(ウルフが14匹に、ボアが1頭。うん、こんなところでボア、か)
魔塔から離れているのにかなり魔物の数が多い。
割合に長期間、放置していた皺寄せが来ている。ボアまで出てきたのは異常だ。といってもアスロック王国とは規模がまるで違うのだが。
(しかし)
一通り報告書を作成してから、シェルダンはカティアとの文通ノートを取り出した。薄桃色の地に花柄模様をあしらった可愛らしい表紙だ。掌より少し大きいくらいである。
(カティア殿はなぜ、この哨戒任務のことを知っていたんだ?)
最後にカティアから返事があったのは2日前だ。
『3日間の哨戒任務が終わったら、またデートして下さらない?休みを取りますから』と書かれていた。
シェルダンに緊急で出動の命が下ったのはつい昨日のことだ。カディスから聞いたのでもないだろう。
3日間の哨戒任務というのはいかにも長い。いよいよ本腰を入れて、魔塔を攻めよう、と本営が考えているとしか思えなかった。カティアと会えるとしたら、第2、第4、第6分隊の哨戒している3日間のどこかだろう。
ぼんやりとノートを見つめながらシェルダンは考えを巡らせる。
「お、隊長、それが例の文通相手ですか?」
冷やかすようにハンターが言う。
ノートの一冊くらい、たとえ文通のものでも持ってきてはいけない軍律もない。
「そうだ、女々しいかな?」
逆にシェルダンも苦笑して聞き返してやった。
カディスが少し離れたところから意外そうな顔で自分を見てくる。
「御守り代わりの験担ぎみてえなもんでしょう。俺は良いと思いますがね」
朗らかにハンターが言う。
ロウエンやハンスなどがハンターの言葉に緊張する。どんな軍務であれ死ぬことはある、と思い出させるような言葉だからだ。
「そこまで大層に考えてはいないさ。大事にしたいとは思っているけどな」
シェルダンの言葉に何を勘違いしたのか、カディスが感動した顔をする。
(いや、ノートの話だぞ?今のは)
内心でシェルダンは突っ込みを入れる。
夜営中は交互に休憩をとり、魔物の襲来に備えながら体を休めなくてはならない。既に時間の割り振りは決めてある。
街道を離れ、魔塔に近づけば近づくほど危険になるのだった。夜の間も油断はならない。
(だが、アスロック王国ほどじゃない、な)
結局、魔物に襲われることなく夜を越えてシェルダンは思うのだった。
今日は魔塔に肉薄するつもりである。一応、小隊長からの許可は取ってあり、無理をしない、という約束だ。
7人で警戒しながら進む。
「なんだか、今日は余裕だな」
ポツリとハンスが呟いた。
「4分隊がかりで駆除して回ったからな。俺としては嬉しいよ」
いつもは無駄口を叩かないロウエンが返答している。近くにあるソウカ村の出身だったはずだ。思うところがあるのだろう。
魔塔の入口を視認できる距離まで近づいた。森の中、ぽかりと開けた空間。瘴気のせいで植物が一定区間、育てないのだ。はなれた藪にそれぞれ身を潜める。
「いつ見てもでけえな」
ハンスが魔塔を見上げて呟く。
昼間でも光を吸い込みそうなほどの漆黒。入り口と言っても扉などはなく、ただ大穴が口を開けている。
数刻、駐留を続けた。時折、小規模のウルフの群れが出てくるので、奇襲をかけて駆除する。
危険な大型の魔物が溢れてこないか。監視をしておきたい、とシェルダンは考えたのだった。
(最悪の想定よりは断然マシだ。多少放置したとはいえ、あまり力の強い魔塔ではない、のか?)
数時間、見張っていてもウルフ以外の魔物は現れなかった。シェルダンは安堵して、元いたソウカ村付近への後退を告げる。
今回の戦闘で目立ったのはロウエンの暴れぶりだ。長身で腕が長い。いつもは半歩下がった位置から慎重に戦うのだが。今日は長い腕を活かして、ウルフの頭を片端から両断していた。数だけで言えばシェルダンよりも倒している。
「ロウエンはソウカ村の出身だったな」
速足での移動中、シェルダンはロウエンに近付いて声をかけた。常態と違うというのは要確認事項だ。特に焦りは死を招く。活躍したから心配が要らないということでもない。
「ええ、小さな村です。住んでいるのも100人くらいで」
ロウエンが表情を動かさずに答えた。いつもは冷静で寡黙な男だ。今日のような激しさを見せることも少ない。
「ご家族もいま、その村に?」
ロウエンもカディスやハンス同様、寮住まいだったはずだ。思い起こしつつシェルダンは尋ねた。
分隊全員で速足での移動中だ。二人とも歩きながらやり取りをしている。魔物の出現には気をつけねばならない。それでも、シェルダンはロウエンとの対話を優先した。
「はい、父母と弟、妹が1人ずつ。自分にとって今回の任務は家族や友人を守ることに直結していたので。熱くなりすぎていたかもしれません」
ロウエンの声に反省が滲んだ。いつも冷静でいるように、と訓練中に言っているのは他ならぬシェルダン自身である。
真面目でいつも黙々と仕事をこなす部下だ。カディスの優秀さやハンターのような力強さはないが、命じられた仕事をしっかりとこなそうとしてくれる。
「自覚できているならいいさ。果敢な戦いぶりを褒めようと思って声をかけた」
シェルダンは言い、ふと我が身を省みる。
「どんな事情があれ、俺は国を見捨てた人間だからな。軍で生きるというのも突き詰めれば生活のためだが、本当は戦いとはそうじゃなく。大事なものを守るために戦うべきなんだろう、と思う」
戦う、という行為は守るためにあるべきだ、とシェルダンは思う。同じ人間に限らず、魔物や災害、といった理不尽に幸せを奪うものに抗う力として軍隊の力が必要なのだ、とも。ただ奪うためだけに振るう力は軍事力ではなくて暴力なのだ、と。
「隊長にそうおっしゃってもらえると、嬉しいし、自信にもなります」
ようやくロウエンが薄く笑った。
カディスが近寄ってくる。
「何のお話をされていたのです?」
なぜかシェルダンにじとりとした視線をカディスが向けてくる。
「ロウエンが張り切っていたからな。褒めていたんだ」
シェルダンは歩きながら答える。
「ロウエンはソウカ村の出身だったか?」
カディスが今度はロウエンに尋ねる。何か疑っているような顔だが、何を考えているかまでは分からない。
「はい、それでいつになく熱くなってしまい。隊長からはお褒めの言葉を頂きましたが。何か副長としては問題でも?」
立場としては副長のカディスが上だが、二人は同い年の19歳である。それでもロウエンはカディスにいつも丁寧な口調を崩さない。もう一人、19歳のハンスもカディスに丁寧には話すが。ただ、ハンスの場合、少し迂闊で馴れ馴れしいところがある。
「いや、私も良い動きだったと思う。ただ」
カディスが言いづらそうにした。




