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由緒正しき軽装歩兵  作者: 黒笠


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262 第1皇子と軽装歩兵2

 おそらくはミルロ地方の魔塔について、何か埒の開かない話をして、結局は『自分が上るのは嫌ですよ』とでも帰結させたいのだろう。

(だが、私は君の親戚ラッド・スタックハウスをわざわざ送り込んでやったのだぞ)

 もともとアスロック王国の軍人であった。そして軍に提出する身上報告書に、部内親族としてシェルダン・ビーズリーの名前を、ラッド本人が記載していたのである。

 無論、基本的には逆に引き離す方針をシオンは取っていた。馴れ合いで規律が弛緩するのを防ぐためだ。

(まぁ、深い意図はなかったが)

 ちょうどシェルダンの部下である旧隊員2名が退役したため、そこに割り込ませて、軽く恩を打っておこうと考えていただけだが。遠回しではあっても、シェルダンであれば特例を行ったと分かるはずだ。

「カティアが妊娠したようなのです」

 シェルダンが端的に告げた。

(案の定、別段驚くことではないな。好き合っているのは知っていたし、男と女だ。って、何?)

 シオンは思考を先に進めようとして、停止した。 

 ペイドランも手を口元に当てて驚いた顔をしている。

「何?」

 シオンは口にも出して訊き返した。

「ですから、カティアが妊娠したようなのです」

 重ねて、シェルダンが告げる。何度も言わせるな、と次期皇帝に対してうんざりした表情を隠そうともしない。不敬ではあるが咎めようという気には、不思議とならなかった。

「君はわざわざ、そんなことを告げに、忙しい私の元を訪れた、というのか?」

 目出度い話のはずなのだが、ただ、さすがに気を悪くしたことを自覚しつつ、シオンは告げた。素直に『おめでとう』とは出て来ない。旧アスロック王国領土の統治のせいで、決して暇ではないのである。不敬よりも、そちらに腹が立つのだった。

(それでも会う機会を作ったのは、今までも、会って話をしても無駄なことがなかった、むしろ、有用であった。そこで得た信頼によるものだ)

 シェルダン自身が、しょうもない話題により、自分で勝ち取った信頼を食いつぶしているようなものだ、とシオンは思う。そもそも非公式とはいえ直接、謁見を許可しているのも特例なのだから。

(それとも何か。私を暇人とでも思っているのか?)

 シオン自身の趣味はせいぜいペイドランとイリスへの応援活動くらいのものであり、あとは起きている時間のすべてを政務に費やしているのだから。

「ええ、お耳に入れる価値はあるかと」

 どこか引っかかるような言い方を、まったく悪びれずにシェルダンがする。

 束の間考えるも、やはりシオンには分からない。軽装歩兵の婚約者が妊娠したことのどこに、帝国の第1皇子の耳に入れる価値があるというのか。

「まったく、祝儀でも欲しいのか?」

 特に上手い言葉も思いつかないまま、うんざりしてシオンは告げた。

「ええ、そんなところです」

 またも涼しい顔でシェルダンが答える。『本当に欲しいわけないことぐらい、分かってますよね』と言わんばかりの憎たらしい仏頂面だ。

「私とて、誰でも恋人たちを応援しているわけではない。ペイドランとイリスの2人は例外中の例外だ。あの2人の可愛げは国に広めて然るべきものだから、援助したのだ」

 それでも受け答えの流れから、シオンは一応、釘を刺して置かざるを得なかった。

 ペイドランとイリスの新婚2人の可愛げは見ていても楽しい。

「確かに仰るとおりですね。若い夫婦を支援なさるなら殿下は国家の政策としてなされば良いのですから。では、とりあえず申し上げるべきは申し上げましたので、失礼します」

 結局、最後まではっきりと用件を言わぬまま、シェルダンが素直に辞去した。

 煙に巻かれたような気がする。決して良い気分ではない。

「まったく、何だったというんだ」

 憮然とした顔でシオンは零した。

「あぁ、シェルダンに言ったのはあくまで、方便だ。気にしないでくれたまえ」

 自己弁護しておかないと、ペイドランとイリスの間で、自分はただの気持ち悪い変人となってしまう。

 自身の結婚を放置しておいて、16歳従者の新婚生活に入れ込んでいるなどと、父帝に知られてはまた皇位継承権を考え直されかねない。

「え、あ、はい」

 考え込んでいたペイドランが顔を上げた。

 意外な反応にシオンもおや、となる。興味なく欠伸をしていると思ったのだ。

 勘の鋭いペイドランである。シオンも気になった。

「何か、さっきのやり取りで気になることがあったのかな?」

 優しい口調でシオンは尋ねた。

 本当はいつまでも優しくばかりもしていられない。

(いずれは従者ではなく護衛長にでもなってもらうが。そうすると身分を騎士か何かにせねば)

 そうなると、ペイドランの泣き所である、教養と礼儀作法が足を引っ張ってしまう。従者の身分で話が通っているうちに、身に着けさせたいところではあった。

 一方で、興味がない時の欠伸も礼儀作法としては最悪なのだが、客のしている話の軽重が分かるので、便利ではあるのである。

「いえ、その、シェルダン隊長、何でカティアさんの妊娠を、って、それだけのために本当にこんなところ来るのかなって。魔塔とかに巻き込まれるのあんなに嫌がってたのに」

 ペイドランの言うとおりである。

 確かに貴人のもとを訪れるなど、シェルダンのいかにも避けそうなことだ。

「私がいつまでも独身だから、あてつけで笑いに来たのか、と思ったのだが」

 冗談めかしてシオンは告げた。

「殿下はご自身の独身を引け目に感じ過ぎです」

 至極真っ当なご指摘がペイドランから飛んできた。

「君だってイリス嬢との間に早く」

 それでもシオンはふざけた口調で言い返してやった。自分としては早く子供の名付け親になりたいのである。

「からかうなら、もう説明しません。絶交です」

 ペイドランが怒って切り札を切ってきた。

 雇われているのに絶交しようなどとは、一体どういうつもりなのだろうか。

「分かった、悪かった。続けたまえ」

 からかいたいのを我慢して、シオンは先を促した。絶交はともかくとして、嫌われてずっと拗ねられていてもつまらない。

 本当に反省しているのか、とペイドランが疑いの眼差しを向けてくる。

 神妙な顔でシオンは頷いてみせた。

「隊長は自分が死ぬと、家系が途絶えるから、魔塔に上りたくないって言ってました。1000年続いてるのに、自分で途絶えさせるわけにはいかないって。それでおかしなことばかり、してたんだって」

 ペイドランの言葉でシオンもピンと来た。

 シェルダンの言わんとしていたことが、薄っすらと分かってくる。

「カティアとの間に子供が生まれるなら、きちんと血が繋がるな。今までとは状況が変わったぞ、と伝えに来たのか」

 メイスンとガードナーは重傷を負って昏睡状態だ。ペイドランもシオンの護りから動かせない。だが自分の方は折り良く子供を授かり動く気になった、と自ら伝えに来たのではないか。

「だが、それなら私に『妻が妊娠した』などと言わずに、『上れます』と直接、言えば。それで良いではないか。それに私でなくてもゴドヴァンやルフィナに言ったっていい」

 実に回りくどいやり方だ、とシオンには思えた。回りくどすぎて意図が伝わらない恐れすらある。

「うーーーん」

 ペイドランもそこは同感のようで唸ってしまう。

「隊長、偏屈で変なことを気にするから。殿下の後ろ盾のおかげで、ゴドヴァン様やルフィナ様に無理強いされずに済んでて。だから、まず殿下からって思ったのかもです」

 確かに言われてみれば、複雑なことばかりする、癖の強いシェルダンらしい考え方だ。

「あと、自分は下級の軽装歩兵だから、自分から志願するのは筋が違うとか」

 更にペイドランが言う。

「あぁ、いかにも彼らしいな」

 シオンも納得して頷いた。

「セニア様たちを散々拒んできたから、上りますって、普通に言うのが気まずいとか」

 だからといってまわりくどすぎる気もするのだが、そこはやはりシェルダンなのだろう。

「まぁ、確かに私でも気まずいな」

 シオンも頷いた。

 だが、話としてはとても重要なことだ。

(シェルダンにその気があるのなら、問題のいくつかが解決する)

 アスロック王国の領土を大いに削り取り、ドレシア帝国がかつてない活況の中にあるのは、新領土の魔塔まで攻略しているからだ。逆に言うと魔塔を攻略出来るから、シオンとしてはアスロック王国の国土を征服しているのである。

(もし、ペイドランとシェルダン、どちらかに魔塔を上らせねばならんなら、私はシェルダンに上らせたかった)

 普通の軽装歩兵をシェルダンにさせるのは、ややもすれば、人材の無駄遣いだとすら思っていたのだから。

「なるほどな。だが、まだ君の推測の域を出ない。体よく意思確認する手筈を考えねばだな」

 やはり有用な話を持ってきたのだ、そこは感心しつつ、シオンはペイドランに告げるのであった。

 






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― 新着の感想 ―
[一言] 癖の強いシェルダンの話の意向にシオンもペイドランも困惑する。 でもシェルダンも自分で一度魔塔行きを断ってきたので再度登れますは言い出しづらいでしょうしね。 これは期待です!!
[良い点] シェルダンらしい報告につい笑ってしまいました(*^^*) そしてシラッと帰ってしまうなんて……! シオンさん、翻弄されていて面白かったです。 ペイドラン君の助言があって本当に良かったと思…
[良い点] 皇子のところへ来て、めちゃくちゃ遠回しに要件を伝えるシェルダンさん、面白かったです笑 ある程度付き合いのあるペイドラン君がいなかったら、絶対伝わらないどころか、変な人だと思われるだけという…
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