261 第1皇子と軽装歩兵1
ガラク地方の魔塔攻略から数日が過ぎ、第3ブリッツ軍団がルベントに戻ってから数えても2日が経っている。
「ふむ」
資料を眺めてシオンは声を上げる。
新領土や魔塔攻略での情報を纏めて、また、平穏となったガラク地方にどのような政策を打ち出していくのか。ドレシア帝国第1皇子シオンは多忙かつやり甲斐のある日々を過ごしている。
そんな中、珍しい人間が自ら訪れてきた。シオンは守衛からの報せを受けてなお、相手の意図を読めず戸惑ったものの、『会うから通せ』と回答したのである。
「隊長」
従者のペイドランもまた、黄土色の軍服を纏うシェルダン・ビーズリーの姿を見て素直に驚く。
シオンもまた同様に首を傾げる。
門番に素知らぬ顔で訪いを告げて、正規の手順でシオンの許可を得て入ってきた。名乗るだけで、シオンが興味を引かれると読んでいるあたりが心憎い。
「急な来訪、申し訳ありません」
一言告げて、シェルダンが頭を下げる。殊勝な態度を取られて嫌な相手、というのもシオンには珍しかった。
「いや、私の仕事は忙しくも順調だ、構わない」
シオンは返しつつ、本当に順調であることを思う。
ガラク地方の魔塔も攻略し、アスロック王国の国力を削ぎ、ドレシア帝国の力を増しているのだから。
「メイスンとガードナーは酷いことになりました」
しかめ面でシェルダンが切り出した。いきなり悪い話から入るのがいかにもシェルダンらしい。
「あぁ、それで私も頭を悩ませている」
シオンも渋い顔で返した。
メイスンもガードナーもしばらくは動けそうにない。2人のお陰で結果、セニア、クリフォード、ゴドヴァン、ルフィナといつも攻略に参加している4人だけが無事だった、とシオンも当然報せを受けていた。
(倒れた2人の活躍を思うと非常に惜しいが)
クリフォードからの話では2人ともしばらくは動けそうにないのだという。
「2人とも君が再起させて伸ばした人間だったな。そういう意味では、君にも悪いことをした」
シオンは更に続けてシェルダンに告げる。再起という言い回しが適切か若干自分でも首を傾げてしまう。シェルダン相手だと言い回し1つも気になってしまうのだ。
メイスン・ブランダードにガードナー・ブロング。
2人とも自分がかつての人事異動でシェルダンにつけたのであった。シオン自ら軽装歩兵の人事に口を出すなど珍しいので、驚かれたものだ。
「魔塔とはそういうものですから」
短く無表情に告げるシェルダンからは、いかなる意図も読み取れない。これもシオンには珍しいことだ。
「殿下も大変であったと、聞いておりますが」
シェルダンが話題を変えた。やはり来訪してきた用向きが見えてこない。
「あぁ、暗殺未遂があったが、ここにいるペイドランが感知して、よくやってくれた」
阻止してくれた本人よりも誇らしく思いつつ、暗殺の対象となったシオンは告げた。
「いずれも手練で、中には恐ろしい腕前の剣士もいたがね」
片端から飛刀で片付け、果ては達人であり、パターソンをも圧倒した女剣士すら生け捕りにしかけている。
(ふっ、やはり皇帝となるからには手練の従者は必須だ)
よって活躍を公表した上で、大々的に勲章を授与した。また、ペイドランとイリス夫妻の人気にゴシップ誌を通じて火もつけている。
(あぁ、今はそんな話ではなかったな)
シオンは無表情なままのシェルダンを見て思い直した。
今はいかにして、ペイドランとイリスに豪邸を与えるかに頭を悩ませている。2人ともいい加減、気持ち悪くなってきてしまったらしい。ことあるごとに申し出ては、断られてしまっている状況だ。少し警戒されている印象すらあった。
(うむ、今なら私の暗殺を防いだ功労者ということで、周囲からのやっかみもなく、授けられるのだが)
シオンはペイドランとのやり取りを思い返していた。
勲章を授けることすら当初、恐縮してペイドランが受けようとしなかったのだ。挙げ句、『俺の戦い方、飛刀は隠し武器で不意討ちするわけだから、公表、困ります』と、実務的にもっともな返しをされてしまったのである。豪邸は諦め、勲章まででシオンも我慢するしかなかった。
(あぁ、いかん。本当に今はそんな状況ではない)
シオンは首を横に振った。
メイスンとガードナーの2人も動けなくなり、魔塔の勇者と言われる4人だけが無事。直接のぼっていない、増して武人ですらないシオンだ。が、魔塔上層攻略に直接参加し、軽装歩兵は必須というクリフォードの見解は尊重していた。
「ペイドランはやはり従者からは外せない、と痛感した出来事だったな」
メイスンの代わりも、ペイドランならばより上手にこなせるのだろう。クリフォードから聞く限りでは、斥候や偵察などの役割では、シェルダン、ペイドランほどメイスンが優秀ではなかったようだ。
(だが、まだアスロック王国に余力がある現状では、ペイドランは外せん。私が死んでは元も子もないのだから)
領土を獲得し、魔塔を倒した更にその後にこそ、自分の活躍が必須となる。遣り甲斐をシオンなりに感じてもいて。役割のある限り、道半ばで死にたくはないのであった。
(それこそ、このシェルダンを上らせられれば話は早いのだが)
シオン自身が後ろ盾となってしまい、その手を封じてしまった格好だ。ペイドランを得るためなので仕方がない、と割り切って後悔もしていないのだが、ただ頭の痛い問題であった。
(あの4人だけでの魔塔上層攻略は未だに難しいようだしな)
クラーケンなる強力な魔物相手に死にかけたそうだ。実績こそあれ、魔塔上層攻略は容易なものではない。たった一匹の魔物すらも情勢を覆しかねないのだ。
(そして、もし失敗していたなら、我が国の民が失望し、また魔塔が増える。その時にはもう聖騎士は1人も残っていないということになるのだ)
シオンとしては、そう考えるとなおのこと、喉から手が出るほどシェルダン・ビーズリーも欲しいのだった。
1000年を超える知識と経験の集大成がシェルダン・ビーズリーである。どこを探しても他にいない人材だ。ドレシア帝国よりも長い歴史を持つのだから。
随分長考していることに気づかないまま、シオンは沈黙していた。
従者のペイドランが居心地悪そうに身動ぎする。
「次はミルロ地方。聖山ランゲルの直近ですな。まだハイネルとワイルダーも健在ですから。確かに暗殺は気をつけないといけません」
淡々とシェルダンが告げる。
皮肉のつもりなのだろうか。シェルダン自らが『ペイドランを魔塔上層攻略には使えない』と確認するかのような話向きである。
さすがにシオンも苛々としてきた。
「君は今日はどうしたんだ?世間話でもしにきたのか?」
一向に用件を見せようとしないシェルダンに対し、焦れている格好となってしまった。だが、そもそもシェルダンの方から用件があってきたわけである。
政務に多忙な自分に対してあまりに失礼ではないかとすら感じた。
「まぁ、そんなところです」
しかし、肩をすくめてあっさりとシェルダンが認めてしまう。
(いや、そうはっきりと認められてしまうと困るのだが)
シオンも困ってしまう。本来、必要としている人材であり、叱責などしたくないのだから。怒られるような材料をこちらに投げてこないでほしい。
(いや、それが彼の狙いか?差し向けたメイスン、ガードナーと優秀な人材2人が倒れた。故に私が約束を反故にして、自らに魔塔上層攻略への協力を命じるかもしれん、と。彼の立場からしたら私が約束を守り続ける保証など、どこにもないのだからな)
再度、シオンは長考を始めてしまう。
(ペイドランの参加が出来ないと伝えることで、シェルダン自身に参加を要請したくなっているだろう、と私に考えさせた。今はその段階か。魔塔上層攻略について、私とシェルダンの間で表立って出来る話ではないからな。故になるほど、世間話をしに来た、となるのかな)
長考した上で改めてシオンはシェルダンに視線を戻した。
再びシェルダンが口を開く。シオンが長考を終えるのを待っていたかのようだ。
「本当に大した話ではないのですが」
そもそもシェルダン自身からしてどうやら普通に話しても前置きが長くてじれったいのである。優雅な見た目とは裏腹にさばけたところのあるカティアとは、つくづく似合いの組み合わせとも思う。
「1つ内密にお伝えしたいことが」
まだシェルダンが前置きを話している。
とっとと話してしまえば良いのに、とシオンは切に思うのであった。




