260 第4次第7分隊〜ハンター3
「で、もう一人だな」
当のラッド本人がもう1人の新隊員に目を向けて告げる。
金髪の小柄な少年兵士だ。一連のやり取りを見て、すっかり縮こまっている。色白で端正な顔立ちをしていて、まだ軍人らしさの欠片もない。
「バ、バーンズです。新兵です。が、頑張ります」
完全に緊張した面持ちでバーンズが自己紹介する。まだ身体もまるで出来上がっていない。大喜びのデレクにしごかれる日々が目に浮かぶようだ。
(ほどほどにしてやれよ。また、ハンターに怒られるんだから)
シェルダンは、ニヤリと笑うデレクを見て願った。
いきなり音を上げて軍隊を抜けられても困る。若手はしっかりと育ててやりたいのだ。一方でデレクに若手を任せてみる、ということもしておきたい。
「よし、訓練を始めるぞ」
シェルダンは声を上げた。
また出征が近い。ミルロ地方の魔塔攻略もさることながら、ガラク地方境でアスロック王国軍ともう1戦ぐらいはあるだろう、とシェルダンは読んでいた。
「バーンズ、お前はデレクについて動き方をよく学べ」
ハンターがバーンズに言う。実際はデレクへの指示出しである。新兵相手にしっかり指導出来なければどやすぞ、と。
(ラッドはともかく、バーンズもいる。ギリギリまで通常どおりにやって、軍がどういうものか教え込まないとな)
バーンズ自身のためにもなる、とシェルダンは思っていた。バーンズにしてみれば入隊していきなり実戦なのだから。
「よし、挨拶はこれぐらいにして、始めるぞ」
シェルダンは号令をかけて、駆け足から訓練を開始する。
細かい動きの訓練よりも号令のかけ方、合図のかけ方などの確認だ。新兵のバーンズはもちろんのこと、アスロック王国出身のラッドにとっても目新しく感じられるらしい。
緊張した面持ちのバーンズに対して、ラッドの方は落ち着いているのだが。
「うおっ、なかなか過酷だな」
筋力強化訓練になって、早速ラッドがこぼした。
上体起こしの訓練である。
新隊員が2名いても、いつもどおり通常の2倍行う。デレクがバーンズに、ハンターがロウエンに、自分がラッドについて執り行っていた。
「少し鈍ってるんじゃないか?」
ニヤリと笑ってシェルダンは尋ねた。
アスロック王国でもよく一緒に訓練をしたものだ。まともに軍務をこなし、生き延びようとすれば、身体を鍛える、というのは当然の帰結となる。
「笑うな。お前が笑うとロクなことがねぇ」
言い返し、歯を食いしばってラッドが身を起こす。もともと2倍の量でもアスロック王国時はラッドもこなしていた記憶がシェルダンにはあった。
(俺が抜けて、本当にさぼってたな)
クックッ、と内心でシェルダンは笑みをこぼしていた。
一通りの訓練を終える頃には全員汗だくとなってしまう。新兵のバーンズもなんとかデレクのシゴキには耐え抜いたようだ。
「さて、うちは新人も2人いる。顔合わせ会をする」
シェルダンの奢りでトサンヌでの歓迎会をする予定だった。ハンターらにも話はしてある。
「シェルダン隊長殿、結婚式はいつやるんだ?」
麦酒をあおりつつ、ラッドが尋ねる。どこか茶化すような口調だ。
ビーズリー家の親戚の例に漏れず、ラッドも酒癖がよろしくない。
「9日後だ」
一旦、デレクとの筋肉談義を中断してシェルダンは答えた。既に父のレイダンから各分家には報せが行っているはずだ。
「ドレシアの娘さんなんだろ?どんな娘さんだ?」
好奇心もあらわにラッドが尋ねてくる。カティアの人柄等についてはさすがにレイダンも報せていない。
「美人にして聡明。気立ても優しい。仕草も優雅。俺には勿体ないこと、この上ない相手だ」
シェルダンの返しにラッドが苦笑いである。
他の分隊員たちも複雑な顔だ。罰として、明日は全員に3倍の訓練を施してやろうか、とシェルダンは思った。
「はぁ、すげぇべた惚れだな。そんなんじゃ、すぐ尻に敷かれるぞ」
呆れ顔でラッドが言う。
「敷かれてもいい」
シェルダンはぶっきらぼうに返し、軽くデレクの頭を小突いた。小声で失礼な失言をしていたのだ。
「何が気が強すぎる上に我儘だ。失敬な」
あれは気が強いのではなく、しっかりしている、ということなのだ。また、我儘ということは断じてない。買い物では小物すらねだられたこともないのだから。
「あぁ、隊長の目にはそう見えてるんですね」
なぜだか、おとなしく慎み深いはずのロウエンにまで言われてしまった。
失礼な部下たちである。
(やはり4倍にしてやろう)
思いつつも途中からシェルダンは歓迎会での記憶を失い、気がつくとルンカーク家、カティアのもとにいた。まるで女神のような笑顔の下で素敵な目覚めとなったのだが。
(粗相は無かっただろうか)
不安に思いつつ、カティアに迷惑をかけたことを心の底から謝罪し、軍営へと急ぐ。
「ははは、大慌てですな」
身支度などその日の準備を整えていると珍しくハンターが姿を見せる。
「どうした?」
訝しく思ってシェルダンは尋ねる。いつもより早い。いつもの出勤時間を責めたいわけではないが、気にはなってしまう。
「ラッドって奴は親戚だったんですか?」
なにか言いたげだ。本当はもっと別なことを話したいのだろう。
「あぁ、急に変更で赴任してきたってのは、誰かの意図を感じるな」
誰か、とはシオンあたりだろう、とシェルダンは思っている。仕事をしやすい環境にしてやった、とでもいうのか。恩を着せてきたのだ。
「なんかラッドも、特徴があるんでしょう?あの鉄の杖はなんです?」
ハンターが更に尋ねてくる。確かに昨日の訓練では鉄の杖を使ってはいなかった。ただ背負っているばかりで。
「あいつは俗落ちした神官だ。神官の魔術を本職並みに扱える」
シェルダンは隠すことなくハンターには伝えた。
ビーズリー家の分家筋の中でもかなり珍しい経歴だ。本気で神官になろうとしつつも、最後の最後で軍人となることを選んだのであった。
(治癒魔術まで使える軽装歩兵というのも珍しいからな)
一緒にいてくれれば心強い存在ではあるのだった。
「で、同い年ですか」
ハンターが苦笑いだ。確かに21歳とデレクに続いて同い年の部下である。
「良い奴で、そつがなくて優秀だ。軍、ていうのも経験でよく分かってる。あと、あの鉄杖で人を殴るのが大好きだ」
よくアスロック王国でも盗賊の討伐任務については2人で暴れたものだ。懐かしい気持ちをシェルダンは抱く。
「ちなみに何か欠点は?」
じとりとした視線をなぜか自分に向けてハンターが尋ねてくる。
「怠け者で休みをやたらと取りたがる。まぁ、あくまで平時に近い時だけだったが」
散々アスロック王国時代に愚痴を聞かされていたことをシェルダンは思い出す。休みを取るときにも正規の規程を持ち出して力説するのだ。
「有休だからって、盗賊捕まえた後に休みをとるか、普通。誰があの穴を掘ったと思ってるんだ?まったく」
かつての考えられないラッドの所業にシェルダンは文句を言った。
「いや、はぁ、そうですか」
ハンターが遠い目をして言う。
「まぁ、ともあれ、デレクに続いて、親戚のラッド、ね。治癒魔術まで扱える男ですか」
どこか投げやりにハンターが言う。
「せっかくデレクの奴なら良いかと仕込み始めて、話もこないだ通したばかりだっていうのに」
どう答えたものか迷っている間に、ハンターがどんどん話を先に進めてしまう。
「また、副官候補が増えちまったじゃねぇか」
何とも意味深なことを呟く、現副官のハンターなのであった。




