259 第4次第7分隊〜ハンター2
「隊長は特別だ。とびきり有能で、お偉いさんとまで繋がりがある。そんな人の副長をずっと続けるのはホネなんでね」
すでに何度もセニアらとのやり取りを、ハンターたちにも見られている。とびきり有能だ、などとおだてられても苦笑いしか出ないのだが。
(ハンターなりに思うところがあったか)
シェルダンは内心でため息をついた。他ならぬお偉いさん、ドレシア帝国第1皇子シオンの差し金で入隊してきたデレクも複雑な顔だ。
「デレク、お前が隊長の副官をやれ」
ハンターがデレクに向かって宣言した。本来なら副官を決めるのはシェルダンだ。あくまで、そのつもりで今後自覚を持って仕事をしろ、ということだろう。
「隊長が嫌じゃなけりゃあな。腕っぷしは間違いねぇし。同い年で馬が合うようにも見える。荒事も2人揃って好きそうだしな」
ハンターがさらに説明をする。後は気遣いや判断力が身につけば、という話がしたいのだろう。
デレクが困った顔を続けている。自分の方へと視線を向けてきた。
シェルダンの目から見ても実力は申し分ない。軽装歩兵としては破格だ。棒付き棘付き鉄球の扱いは日が浅いものの、力強さの芸術ですらある。
「まだ早い」
その上ではっきりとシェルダンは言い切った。
「人格も腕っぷしも間違いはないのには頷く。正直、高く買ってる」
別にデレクに対して特段の不満がないことも、シェルダンは、はっきりと伝えておいた。他に人材がいなければ、実際、任せていたのだろうから。
「ただ、ハンター、副官はぎりぎりまでお前がやるべきだ」
判断力も経験も、もっと積ませてからの方が良い。
無論、ここで話をしていても、もっと上の意図によって、お互いに異動してしまう可能性もある。何か滑稽なやり取りをしている気もシェルダンにはした。
だが、言うだけ野暮、というものだ。
(ペイドランを急造で仕込んだときとは違う)
シェルダンは思い返していた。ペイドランの才能については予想外だったのだが。ちょっと教えただけで容易く真似されたのだから、と末恐ろしくすらある。
デレクについては、もう少し時間をかけていきたいと思うのだった。
「ハンター、まだ体力が保つのなら続けて欲しい」
シェルダンはとりあえずの決定事項のつもりで告げる。いずれまた同じ話をすることになるのだろう。1年後か2年後かもシェルダンには分からなかった。
「カディス殿には19歳で副官をさせてたでしょうが」
ハンターに指摘されてしまった。
カディスについては育てるという見方はあまりなかったのだが。あまりに能力が異質すぎた。ただ優秀だったのだ。腕っぷしは常人の域を出ず、一方で、業務のあらゆる面で、そつがなかった。
「奴は優秀だったからな。特に事務面や何や。教えることはなくて自分で考えて、全部解決するような男だった」
持っていたのは、通常の軽装歩兵としての副官の優秀さだった、とシェルダンは今でも思っている。デレクとは、人間の種類が違う。
「それも、そうだったかもしれませんな」
ハンターもカディスがいた頃のことを思い出しているようだ。
「話は分かったし、いずれ、のことではあるのかもしれない。が、まだ頼む」
シェルダンの言葉にハンターが頷く。軍人である以上、自分で自分の進退を決められないことぐらいは、ハンターにもよく分かっている。今回は、あくまで気持ちを伝えた、ということだ。
立ち上がり、2人がかりでボサっと座っているデレクの背中を蹴り飛ばしてやった。
「いってえ、何すんだ」
デレクがつんのめって色をなす。口調も通常のものだ。
「うるせぇ、てめぇがしゃきっとしてりゃ、俺は今ごろ事務方でノンビリだったんだ」
ハンターがなかなか理不尽なことを言う。
「あんたが事務方ってガラかよっ!」
もっともな指摘をデレクが返した。事務机を前に窮屈そうにしているハンターを想像してシェルダンは笑いそうになる。
「今ので副官にしてもらえる、なんて甘い考えは持つなよ。実力で奪い取るぐらいのことは言え」
シェルダンも一緒になって言い添えてやった。デレクについてはまだ1つ2つ試してみたいこともある。
「畜生、なんでぇ、二人がかりで」
恨めしげに言うデレクには何とも言えない愛敬があった。まだ新参ではあるのだ。また連携を深めていく中で知る顔もあるだろう。
シェルダンは2人と軍営で分かれて、カティアの待つルンカーク家へと向かった。結婚式の準備と話し合いで一晩を費やす。急ぎとはいえ、どうしても気持ちが沸き立ってしまう。
軍務が再開となり、新隊員との顔合わせとなったのは翌日だった。執務室から練兵場へ行くと既に隊員5名が整列している。
「ラッド!?ラッドじゃないか」
端に立つ新隊員2名のうち、灰色の髪をした若者を見てシェルダンは声を上げた。少し丈の合わない軍服に身を包み、背中には鉄の杖を背負っている。
「よお」
痩せた不敵な面構えの男だ。ニヤリと笑っている。
ラッド・スタックハウス、アスロック王国時代に同僚だった。
他の分隊員たちが一様に驚いた顔をしている。もう1人の新兵も同様だ。
「えーと、隊長?」
ハンターが代表して戸惑いを口に出した。
「あぁ、こいつはラッド・スタックハウス。アスロック王国時代にも同僚だった。軽装歩兵で、遠縁の親戚でもある」
シェルダンは一同にラッドを紹介した。シェルダンの紹介にあわせて一歩前に出る落ち着きをラッドも見せる。ロウエンほどではないが、自分よりも少しだけ背が高い。
急遽、もともとの異動者から変更となり、未定とされたのは他国出身だからであろう。
(身元確認に時間を要しただろうからな。裏切らない相手かどうか。今は敵国なんだから)
シェルダンはドレシア帝国第1皇子シオンの意向も感じた。
敵国となる前に亡命していた自分と、いざ敵国となってから亡命しているラッドとでは状況が大きく異なる。強かなラッドのことだから、自分の親戚だと隠すこともせず入隊しているのだろう。
(俺の親戚だから、急遽、回してきたってのがいかにもありそうだ)
シェルダンは思い、苦笑するのだった。




