258 第4次第7分隊〜ハンター1
ルベントに帰還してから、シェルダンは忙しく過ごすこととなっていた。軍務は未だ始まらないでいるものの、体制変えとその準備のせいである。
カティアとの婚礼の準備も大急ぎで行いつつ、軍務の関係でも余裕はない。ハンスとリュッグを送り出すこととなった。ハンスが実家の家業を継ぐため、リュッグが通信技術士官となるため、退役したのである。
長く在籍した2人だから送別会も当然行ったのだが、忙しくしているのは、2人ばかりが原因ではない。また別のこともある。
「隊長がやるしかねぇってことですか」
シェルダンは通信具とにらめっこしていて、デレクに背後から声をかけられた。
休みでも軍営に顔を出すのはデレクぐらいだ。いつもどおり筋力強化訓練にいそしんでいる。
かくいうシェルダンも休みでありながら仕事に来ているのだが。
「ハンスはともかく、リュッグの代わりを手配するのは、そう簡単じゃないからな」
シェルダンは通信具の点検簿に目視の点検記録を付けつつ告げる。自分が実施してもリュッグのようにきちんとは出来ないだろう。他の仕事もある上、幾つか自分では扱えない器具も配備されている。
(使えない器具は返還するしか無いかもしれんな)
シェルダンはため息をついて、手入れの行き届いた倉庫内を見渡した。通信技術士官の資格試験に一発合格したのも、さもありなんと思えるような整然とした状態だ。
「ガードナーの奴は据え置きですがね」
デレクが背中を向けたままのシェルダンに向かって更に言う。
「何か不満があるのか?」
険しい声で、シェルダンは背中を向けたままデレクに返した。
魔力を使い果たしたとかいう理由で、未だに意識不明のガードナーである。クリフォードが言うには命に別条はないとのことだが。
(ちゃんと生きてる部下を放り出すほど、俺は落ちてない)
思い、シェルダンは憮然とするのだった。ガードナーについては今のところ、あくまで負傷による欠勤という扱いだ。
「とんでもねぇ。あいつも仲間だ。よく分からねぇ理由で寝てるみてぇですが。いれば間違いのない戦力でもあるんだから」
苦笑いしているデレクの顔が目に浮かぶようだ。
魔力の枯渇を『よく分からない理由』と言い切ってしまうあたりが、いかにもデレクらしい。
「新隊員が2人、入れ替わりで来ることになる。上手くやれよ」
シェルダンもつい苦笑させられてしまう。本当はデレクからして、副官のハンターやロウエンなどと比べれば新参となるのだが。
「隊長」
意外な声も割り込んできた。副官のハンターである。家庭もある身なので休みの日に軍営にくることは滅多にない。
「ここにいましたか。ちと、話がしたいんですが」
何かわざわざ来るような用向きがあるということか。
作業を終えてシェルダンは立ち上がる。
まだ日が高い。気まずそうなのは、ハンターにしろデレクにしろ、トサンヌでの話し合いも兼ねた飲酒を、カティアに割り込まれた過去があるからだ。軍営であっても来られるぐらいの錯覚があるのかもしれない。
(だから、仕事中と言えるような時間に来たのか)
シェルダンも苦笑いである。何度かは自身もきつく怒られてしまったこともある。結婚式準備中となった今、飲酒をしている余裕などなかった。
デレクの方はただ雑談をしたかっただけなのかもしれない。一方、ハンターの方は新隊員2人について話をしておきたいのかもしれない、とそれぞれについて、シェルダンは見当をつけた。
「執務室でいいか?」
歩き出しながらシェルダンは尋ねる。2人もついてくる気配だ。
「ええ」
ハンターが後ろから答えた。
「デレクッ、おめぇも来いっ」
ハンターが更に言う。
ガラク地方の魔塔攻略前からよくデレクを気にかけるようになっていた。といっても、見ていて注意事項ばかりであり、まるで 優しいものではなかったが。
(まぁ、考えは俺にも分かるが)
放っておいてもデレクの場合、勝手についてくる気でいるだろう。荒っぽい口調とは裏腹に、教えれば諸々の気遣いは出来る。シェルダンとハンターの話を他人事とも思わない。
執務室へ2人を引き連れてシェルダンは考えていた。
「どうせ、新隊員の下話が聞きたいんだろうが」
シェルダンは執務机から人事資料を取り出しつつ告げる。
ハンターが頷く。他にもなにか言いたげなのがすこし気になった。
「はっきり言って。一人の話は来てるんだが、もう一人はまだ不明なんだ」
シェルダンは2人を来客用のソファにかけさせて告げた。一応、グラスに入れた水を出してやる。
「はぁ。顔合わせは明日でしょう?そんなことがあるってえんですかい?」
呆れた声でハンターが言う。
「アスロックならしょっちゅうだったぞ。賄賂で急な変更なんて、本当にしょっちゅうだったからな」
シェルダンはアスロック王国時代の話を持ち出してやった。自分のような下級の軽装歩兵のところへ来るのなど、賄賂を用意出来ない貧乏人だけである。
「そうですか」
2人とも曖昧に頷くしかない話のようだ。
「一人は新兵で、もう一人が急遽変更となったらしい」
シェルダンは返答しようのないことを言ってしまったことを反省しつつ告げた。
新兵分の資料だけはハンターに渡してやる。
「新兵ってのがこいつで?」
ハンターから資料を見せてもらいつつ、デレクが尋ねてくる。
「あぁ、バーンズって若いやつだ。まぁ、資料の上では可もなく不可もなく、という感じだな」
シェルダンは苦笑して告げた。前3人がメイスン、ガードナーにデレクである。
(いつでも特別なやつを回してもらえるもんでもない)
今回はシオンの意向も何も絡んでいない通常の人事なのだ。ただ普通の新兵なのだろう、とシェルダンは思っていた。
(もう1人の急遽変更というのだけは、よく分からん)
シェルダンも首を傾げているところなのだった。
赴任させる予定の人間が急遽退役してしまったのか。ついいろいろと考えてしまうのだが。
「まぁ、とりあえずバーンズって野郎が新兵なら鍛えがいがあるってもんだ」
はっは、と楽しそうに笑ってデレクが言う。呑気な男である。筋力強化訓練をつけて、自分と似た人間にでも仕上げるつもりなのかもしれない。
ガードナーやリュッグのような一芸を持っている人材のほうが珍しいぐらいだから、悪くないかもしれない、とシェルダンも思った。
「そうだ、お前が鍛えるんだ。やり過ぎるなよ」
ハンターが真剣な顔で言う。
考えていることが分かるだけにシェルダンは苦笑いである。
「なんですかい。副長も冗談を?」
ハンターの気も知らず、デレクが笑って言う。『言われないでも程々にする』とでも言いたいようだ。
「冗談じゃねぇ。俺も良い年で、隊長やおめぇの2倍は年を食ってる。そろそろ退役も近い。動きの激しいこの部隊の副官は身体に堪えるんだよ」
デレクとシェルダンを交互に見やってハンターが告げる。
「まだ老け込むには早えって。何を弱気になってるんですかい。そこらの若い奴らより余っ程、身体も仕上がってんのに」
まったくハンターの意図を察せず、的はずれなことを言うデレク。
シェルダンは、ハンターと顔を見合わせて苦笑した。
「デレク、そういう話じゃない」
ひとまずシェルダンはデレクを黙らせた。話が違う方向へ逸れてしまいそうだ。
更にハンターの方を向く。
「ハンター、俺が特命で2度、魔塔で抜けたり、ガードナーを取られたり、が負担だったんだろうが」
気にしていたことにシェルダンは言及した。
いつも取り残された分隊の指揮を代わりに取ってくれていたのがハンターである。ハンターだから安心して抜けていたところもあるのだが。
「そこは問題じゃねぇですよ。珍しい経験をさせてもらったと思ってますんでね」
苦笑いしてハンターが言う。
「ただ、この先10年も同じことをしていられる自信はねぇ」
10年後となれば自分は31歳である。軍人としては壮年といっていい世代だが、ハンターの方は、そのときにはもう、50代も半ばなのだから、つい先を考えたくなるのだろう、とシェルダンは思うのだった。




