251 ガラク地方の魔塔第5階層2
バチバチと音がした。
盾を構えたまま、セニアは振り向く。
黄色い魔法陣が中空に浮かぶ。
「サンダーボルト」
ここぞという場面では腰を抜かさないガードナー。
雷光がほとばしり、クラーケンの触手を撃つ。
「ひ、ひえええぇっ」
ガードナーが悲鳴を上げた。今度は効果があったのだがいまひとつ締まらない。
4本の触手が痺れたのか、ドスンと音を立てて地面に横倒しになった。ピクピクと痙攣しているのも見て取れる。
「や、やっつけるつもりだったのに」
愕然としてガードナーが呟く。意外と強気なのであった。
(でも、動く腕は減った)
セニアは盾の防御を解いて一気に距離を詰めて斬りかかろうとする。本体に斬撃なり神聖術を撃ち込めば活路が開けるかもしれない。多少の攻撃は鎧でやり過ごせるだろう。
「セニアちゃんっ、止めろ!」
ゴドヴァンが叫ぶ。
身に迫る脅威を目の当たりにし、セニアも気付く。
触手はただ触手ではなかった。内側に無数の鈎状の突起が備わっている。
あれで打たれれば、鎧越しであっても、衝撃だけでは済まない。なまじ盾の内側にいたのでセニアは気付けなかったのだ。
(しまったっ)
セニアは来たる激痛を予期して目をつむる。回避は間に合わない。
痛みは来なかった。
「何をしているのですっ!一旦、距離を!」
メイスンが触手を一刀両断していた。
強敵を前にして、わだかまりを一旦捨て置いたルフィナに回復してもらえたらしい。
退がっていくルフィナの姿も視界の隅に見えた。
「このまま、脚を減らすぞっ!そうすりゃ、ただの木偶の坊だ」
見るとゴドヴァンが既に2本を斬り落としていた。
メイスンも法力を纏わせた斬撃で更にもう1本の触手を斬り落としている。
(いけるっ、この2人が連携して相手の攻撃手段を奪ってくれれば)
2人ともセニア自身よりさらに剣技では上なのである。
セニアも聖剣でもって直近の触手に斬りかかるも一刀両断とはいかない。体液を噴き出させ、痛みを感じさせるぐらいしか出来なかった。
「そう甘い相手ではないっ!」
メイスンが触手を斬り落としつつ一喝した。
どういうことなのか。まもなくセニアたちにも分かった。
「ちぃっ、再生してやがるっ!」
ゴドヴァンが舌打ちする。
斬り落とした触手、その根本となる断面から新たな触手が生えていた。
「しかし、それでも斬るしかないっ!」
またもやメイスンか叫び、触手を斬り落としていく。
即座に再生されてしまうのだが。
「攻撃が最大の防御だってかよ、上等だ」
やけになったようにゴドヴァンも怒鳴り返して、負けじと触手を斬り落としていく。まるでメイスンと張り合っているかのようだ。
(私は)
セニアは自らの役割を求めて顔を上げた。
熱気が肌を打つ。
「ファイアーアローだ」
クリフォードが炎の矢を放つ。
先程の獄炎の剣と同じだ。薄く青い膜がクラーケンの身体を覆い、連射された炎もまた防ぎ切ってしまう。
「殿下っ、魔力の無駄撃ちはっ」
セニアはクリフォードをたしなめる。
1人、激闘の中、じっとしていられない気持ちはセニアにも分かるのだが。
「消耗戦だっ!セニア殿、少しでもクラーケンに力を使わせねばならない」
闘志もあらわにクリフォードが叫ぶ。初めてクリフォードに気圧されたようにセニアは感じた。
確かにいつまでも水の膜による防御が炎に対して無敵だとは限らない。直撃させることが出来れば、核を露出させて一撃のもとに逆転することが出来る。
「ひえええぇっ」
ガードナーが悲鳴を上げた。
いつになく長い。顔をベチンと叩いて自らを鼓舞すると、詠唱を始めた。クリフォードの闘志に当てられて触発されたようだ。
黄色い魔法陣が中空に浮かぶ。
「ライトニングアロー」
雷で出来た1本の矢が、1本の触手を撃ち抜いた。触手の動きが痺れて止まる。
すかさずゴドヴァンが動きの止まった触手を斬り落とす。
2人の連携に加えてメイスンも単独で次から次へと再生する触手を執拗に斬り続けていた。法力を纏わせた斬撃の威力により、一撃のもとに斬り落としてしまう。
セニアはクリフォード、ガードナー、ルフィナの3人を盾で護ることに専念する。
するとメイスンが死角からの触手を見落としていた。
「千光縛」
セニアはメイスンに迫る触手を光の鎖で封じる。
(だめっ、キリがない)
メイスンがセニアの捕らえた腕を一撃で斬り落とす。すぐに再生されてしまう。
どうしようもない徒労感と無力感が重たく肩にのしかかってくる。
(もし、私に光刃がお父様のように使えたら)
シェルダンの渋い顔が浮かぶ。父レナートであれば味方がここまでしてくれている間に本体を、光刃で一刀両断しているのではないか。
「セニア殿っ!あきらめるなっ!」
思わぬ檄がクリフォードから飛んでくる。
「下を向くなっ!剣で斬るのだけが闘いじゃないっ!」
熱気が肌を打つ。
赤い魔法陣から炎の矢がまたしても飛んでいく。
ガードナーの雷撃もまた絶えずクラーケンを襲う。2人とも大技ではなく慣れた技を速射し続けることに比重を置いているようだ。
「君が守ってくれるから、私もガードナーも魔術を撃てる。ゴドヴァン殿もメイスンも後ろを気にせず、前を向いていられるんだ。気持ちを落とすな」
いつになく力を与えてくれるクリフォード。
(殿下、ありがとうございます)
セニアは盾で敵の攻撃を受け流すことに専念する。
どれだけ闘い続けたのか。
自分の盾も、最前線にいるゴドヴァンとメイスンにも負傷が目立つようになってきた。
だがセニアにも余裕はない。
(それより、集中力と体力が)
セニアも汗が止まらない。判断を1つ間違うだけで大怪我をするゴドヴァン、メイスンの二人はもっと消耗しているだろう。
「相手によっては使わないほうが良いぐらいの術だけど」
ルフィナが珍しく杖を持って、自ら動き始めた。
いつもは怪我をした仲間を癒やすことだけに専念しているのだが。
「回復円陣」
ルフィナが詠唱をしながら杖で地面に緑色の光を放つ魔法陣を描いた。
「ゴドヴァンさんっ、メイスンッ!限界が来たらこの魔法陣に入りなさいっ!」
大声で言うルフィナ。
いとおしげな視線がゴドヴァンと2人、束の間、絡み合っている。この2人はとっととくっつけば良いのだ。
「これはね、敵味方問わず、体力を回復させる設置型の術なのよ。傷を治してから体力を治すのより効率は良いのだけどね。同時にやれるから」
愛情を確かめあった後のルフィナが苦笑して説明してくれた。敵も乗れば回復してしまう欠点がある、ということなのだが。
クラーケンが一向に最初の場所から動こうとしないのを見て取って、味方だけに有効だと判断したらしい。
(そして、つまり、ルフィナ様も戦いが長くなるって判断されたのね)
改めてセニアは長期戦を覚悟しするのであった。




