250 ガラク地方の魔塔第5階層1
体の負傷をルフィナに治してもらった上で、瘴気の晴れた第4階層で気力、体力を回復させる。6人みな思い思いの方法で休んでいた。
(ナナイロジャコとの戦い、厳しかった)
セニアはようやく元気を取り戻した面々を見て思う。
ガードナーの機転がなければ負けていたかもしれない。大きさはこれまでの強敵たちと比べると小さいぐらいだったが、速さと攻撃力、見切りに苦戦させられた。強さに大きさは関係ないと思い知らされたのである。
「でも、いよいよこれで、次で最後だわ」
口に出してセニアは自らを鼓舞する。
第5階層では魔塔の主である魔物がいるだけであり、探索の必要もない。
この魔塔を攻略すれば、いよいよ最古の魔塔まであと1つ、という状況でもあることに、改めてセニアは気付く。
セニアは自然、肩に力が入り、唇をきゅっと引き結ぶのだった。
「無駄な力みは死を招く。シェルダンなら、今のセニア殿を見て、素っ気なくそう言うんじゃないかな?」
冗談めかしてクリフォードが声をかけてくれた。
コツン、と鎧越しに肩を叩いても来る。
自然、セニアも微笑みを返してしまう。素っ気なく、というのが、いかにもシェルダンらしい。クリフォードからは声をかけてもらえて、素直に嬉しかった。
(また、魔塔に来て、見直しちゃったわね)
必ずしも、今回はクリフォードの独壇場というわけではない。それでもここぞという場面、ガードナーへの態度、メイスンへの揉めたときの指示出しなどを見ていると、また、成長したのではないかと思う。
「そうですね、シェルダン殿がいれば」
セニアも相槌を打つ。
ゴドヴァンやルフィナも言うとおり、シェルダンの不参加だけは惜しいと感じる。
(この面子に加えて、シェルダン殿がいれば、ここまで、とっても簡単だったのではないかしら)
メイスンを見て、セニアは思ってしまう。
同じ軽装歩兵でも斥候にはまるで向いていなかった。
懸命であることも、大変であったこともセニアには分かっている。準備段階から負担は大きかった。それでも気を回してガードナーをシェルダンのもとから引っ張ってきた功績もある。
(人の出来ることには限りがあるっていうのに、おじ様は背負い込みすぎたんだわ。私もゲルングルン地方で、それをしようとして、大失敗をしかけた)
自らへの反省とともにセニアは思う。メイスンへの親愛の情も信頼も揺るがない。斥候としてどうかというだけの話だ。
ただ一方でシェルダンの参加を切望する、ゴドヴァンとルフィナの気持ちも、セニアには改めて理解でき始めてもいた。
(何より前回はペイドラン君が天才すぎたんだわ。ちょっと一緒に行動しただけで、自分なりにほぼ同じ活躍しちゃうんだもの)
セニアは盾をぼんやり眺めて考えていた。シェルダンの働きを霞ませ、軽装歩兵出身で能力が高ければ、シェルダンと同じことが誰でも出来る、とペイドランに錯覚させられたのだ。
(そして、私のおじ様への好きは、クリフォード殿下への好きとは違う)
この魔塔での一貫したクリフォードの活躍を見るにつけて、セニアは気付くのであった。
「私が殿下を守ります。いつも倒してもらってばかりですけど」
小さくセニアは呟いた。照れくさいので小声なのだ。
「え?なんだい?」
恥じらいを無視して、普通に大声で聞き返してしまうあたりがクリフォードらしさだ。
失念していた。見た目とは裏腹に配慮は皆無なのである。
「もうっ!知りませんっ」
セニアは横を向いた。おろおろしているクリフォードを無視して気合を入れ直す。
これから、この魔塔一番の強敵に挑むのだ。
「では、そろそろ、ガードナーの恐怖と緊張が爆発しそうですから。参りましょう」
メイスンが微笑んで言う。自分とクリフォードのやり取りをずっと温かく見守ってくれていたのだ。
「執事、てめえが仕切るんじゃねぇ」
ゴドヴァンが即座に噛み付いている。
ルフィナも冷ややかな眼差しをまた向けていた。進歩のない3人である。
「仕切れもしない騎士団長殿が私を叱るとはね」
メイスンがわざとらしく驚いたふりで目を瞠る。
(そういうことするから、ゴドヴァン殿を怒らせちゃうのよ?)
セニアは心の内でため息をついた。シェルダンやペイドランなどと違い、気が強くてはっきり言い返すメイスンである。
「年も近いからね。そうなると、張り合ってしまう部分もあるらしい。本当にいざとなれば、助け合うと思うよ。ナナイロジャコのときも、なんか最後、助けてたじゃないか」
クリフォードも苦笑いして言う。
まだ、3人で何事かを言い合っている。シェルダンが、などとまた聞こえてくるから、似たような内容をまた口論しているのだろう。
「いつまでやってるんですか。喧嘩する元気があるなら、さぁ、いきましょう」
クリフォードが3人に声をかけてくれた。
3人が同時にこちらを向く。確かに息だけは合っているのかもしれない。
「すまねぇな、殿下。よし、執事行くぞ」
ゴドヴァンが頷いた。
6人で赤い転移魔法陣に乗る。視界が変わった。
「これはちょっと、今までとは趣向が違うわね」
険しい顔で辺りを見回しながらルフィナが言う。
今までとは違い、石造りの屋内ではなく、壁面まで地肌の見える、まるで洞窟のような環境だ。丸みを帯びた天井、奥には段差があった。
「祭壇なのは間違いないようだがな」
ゴドヴァンが応じる。ずっと洞窟の奥に目を向けたままだ。
巨大な影が蠢いている。
「第5階層は魔塔の主しかいない。ガードナー、我々、後衛は退がって距離を取ろう」
クリフォードがガードナーに伝えているのが聞こえた。ルフィナも微笑んで倣う。
ガードナーのことはクリフォードに任せておけば問題ない、とセニアは思った。
影が伸びたようにセニアは感じる。
魔塔の主が灯りの中へと姿を晒す。円筒形の胴体に三角形の頭部、巨大な白眼と10本もの脚がうねうねと動いている。まるでイカを思わせる巨体だ。
「よし、良い的だ。我が名はクリフォード・ドレシア!貴様を灼き尽くす者の名前だ!」
最早恒例となっている名乗りをクリフォードがあげる。
熱気が肌を打つ。赤い魔法陣が中空へと浮かび上がった。
「喰らえっ、獄炎の剣」
クリフォードが上げていた右手を振り下ろす。
巨大な炎の剣が魔塔主の巨体に突き刺さろうとし、ジュウッという音ともに、消失してしまった。初めてのことだ。
「なにっ!」
今までにいくつもの階層主を葬ってきた技が効かない、クリフォードが目を見張る。
「だめだっ!水の膜がやつを覆ってる。炎は効かねぇ」
ゴドヴァンが叫んだ。目の良いゴドヴァンだから、何が起こったのか見て取れたのだろう。
「なんてことだ、クラーケン。これが魔塔の主か」
呆然としてメイスンが呟く。
その身体が吹っ飛ばされてしまう。クラーケンの触手に弾き飛ばされてしまったのだ。
「ぐうっ」
壁に打ち付けられて、メイスンが苦悶の声をあげる。
「おじ様」
セニアは思わず声を上げる。
助けにはいけない。
更にクラーケンが触手を振り回している。太さだけでも、ゴドヴァンの胴体よりもある大きさだ。
盾を滅多打ちにされている。盾の扱いもセニアは成熟していた。ただ受けるのではなく、いなすように受ける。盾越しでもまともに喰らえば無事では済まない。
まして、身体的には貧弱な後衛の3人を直撃してはひとたまりもないだろう。
(すごい力、炎も効かない。私たち、勝てるのかしら)
早速不安を感じつつもセニアは戦いを続けるのであった。




