249 ガラク地方の魔塔第4階層3
ちょうどメイスンも自身の傷を治し尽くし、ほぅっと一息をついているところだった。
(ほ、ほんとうはメイスンさんも、ルフィナ様に、な、治してもらうべきだけど)
諍いのことはともかく、セニアを見ていると法力もかなりの力を使い、有限だ。攻撃も出来るメイスン自身が回復に消耗するのは勿体ないのではないかと。
「うむ、どうした、ガードナー」
嬉しそうにメイスンが言う。頼られて嬉しいらしい。孤立気味だったから尚更のことなのだろう。
だが、ガードナーにとっては、今いる面子の中では一番長く、一緒に戦ってきたのはメイスンなのだ。ここぞという場面では頼りになることも知っている。
「や、奴は、め、目が良いのでは?あ、ひぃっ、よ、良すぎるのでは?」
あまり悲鳴をあげずに説明することができた。
一言で理解してくれたらしい。
素早く、猛禽類を思わせるような鋭い眼差しをメイスンがナナイロジャコに向けた。すでにサンダーネットをだいぶ破られている。
「なるほど。私の剣撃を見切るほどだ。たしかにな、間違いなかろう」
今度はゆらりと笑みを浮かべると、労うように頭をポンポン叩いてきた。殺気が恐ろしいのでやめて欲しい。
「セニア様っ!特大の光集束を!ガードナーの雷が破られたら放ってください!それで動きが止まったならクリフォード殿下がトドメを!」
大声でメイスンが2人に指示を飛ばす。自身も予備の剣を抜き放って構える。
(あれ、そ、そっちの剣の方が、ひ、ひえっ、おっかないぞ)
ガードナーは澄んだ銀色に光る切っ先を見て思う。
なお、ゴドヴァンとルフィナには意図をしてかしないでか、メイスンが何も指示を飛ばさなかった。2人とも微妙な表情だ。が、確かにガードナー自身も先のメイスンの作戦で十分に倒せる気もするのだった。
「メ、メメメ、メイスンさん、お、俺は?」
ガードナーは自分から尋ねた。
メイスンがにやりと笑う。
「いっぱしの質問をするようになったな。貴様はいざというときに先の網をもう一度使えるよう、準備しておけ」
褒められてしまった。褒められるのは階層主を倒した後が良い、とガードナーは思う。
(で、でも、俺も慣れない大技連発して、キ、キツい。う、撃てて、あと一回だ)
確かにいざというときの備えが必要だというのもまた頷ける。
やがて雷の網が破かれて消えそうになった。
「光集束!」
セニアが光の線を射出した。メイスンのものより怖さはないが驚くほど眩しい。
再び動き出して、自分たちを襲おうとしていたナナイロジャコが怯んだように見えた。直撃だ。だが、光集束が直撃したというのに、甲殻が凹んだだけである。
「おじ様っ、効いてないわっ」
愕然としてセニアが叫ぶ。
メイスンの狙いは目眩ましだったのではないかと、ガードナーですら気付いているのだが。
「さすがセニア様、十分ですっ!」
閃光に乗じ、いつの間にか距離を詰めていたメイスンが叫び、ナナイロジャコの頭部から伸びた1対の眼球。これを2つ纏めて斬撃を一閃させて切り裂いた。
(あ、危ない)
視界を失って、また遮二無二暴れ始めたナナイロジャコ。闇雲な前腕による一撃が接近していたメイスンを捉える。
「ちぃっ」
ゴドヴァンが横から大剣で頑丈なナナイロジャコの前腕を根本から斬り落とす。
(す、すごい力だ)
ガードナーも驚いたが。
思わぬ助けにもっと驚いていたメイスンが目を瞠る。
忌々しげに、顎で『退がるぞ』とゴドヴァンが促す。
「よし、トドメは私がもらったっ!獄炎の剣」
いつの間に詠唱していたのか。術式を完成させていたクリフォード。赤い魔法陣から生じた巨大な炎の剣が、ナナイロジャコの巨体を呑み込んだ。
露出した黒い核に、すかさずセニアがもう一度、光集束を打ち込む。
核が砕けて、青空が広がる。
(やった)
ガードナーはへたり込んで地面に倒れ、青空を見上げた。
「これが階層主。私は第2階層では運が良かっただけなのか」
呟くようにメイスンが言う。首だけをガードナーは向けると、俯いているメイスンの姿が目に入る。緊張の糸が切れたようだ。
第3階層、第4階層ともに1人で戦っていたなら、さすがのメイスンでも死んでいたかもしれない。
(で、でも、そ、それは、皆おんなじな気もする)
即座にメイスンが自身の言わんとしていることを察して、発信してくれたから、最後に勝てたのだ、とガードナーには分かる。
ゴドヴァンとルフィナが2人してメイスンを睨みつけた。
「だから言っただろ。お前よりシェルダンやペイドランの方が良いんだって。強い弱いの話じゃねぇ。相手が強いから奴らみたいな戦い方のが、1人2人いたほうが良いんだ」
ゴドヴァンが強い口調で言う。
あくまで自分たちとの相性の話をしたいのだろう、とガードナーにはよく分かった。
メイスンの実力に疑いの余地はないものの、ゴドヴァンともセニアとも戦いの中での役割が、微妙に被ってしまっている。
(ぜ、贅沢を言えば、の話なんだ。シェ、シェルダン隊長が欲しいのは)
シェルダンの鎖鎌ならば、あまりゴドヴァンやセニアの邪魔をしない。後ろめに控えているから、クリフォードやルフィナの守備にも即座に回れる。
「良い働きだったよ」
クリフォードが近付いてきて労ってくれた。セニアも一緒だ。
「さすがシェルダンの秘蔵っ子だ。怯えているようで、よく敵を見てるじゃないか。使う魔術の選択も見事なものだったよ」
さらにクリフォードが手放しの称賛をくれた。かなりくすぐったい褒め言葉だ。
もし、シェルダンがいたらどんな指示を飛ばすのか。自分に何をさせるのか。そう思いながら立ち回っていたのだが。
(殿下と俺は違うんだ)
ガードナーは思う。
自分とクリフォードの場合は、同じ魔術師でも扱う属性が違う。
自分が動きを封じてクリフォードがトドメを刺す、という役割分担が実に上手く活きている、とガードナーは思っていた。
そこに防御力に長けたセニア、剛力のゴドヴァン、切れ味鋭いメイスンがうまく連携すれば。保険としてルフィナの治癒術もある。
(あ、あと1つだ。とにかく)
何が来てもこの面子なら勝てる。
ガードナーはそう思い始めていた。




