248 ガラク地方の魔塔第4階層2
洞窟の前で静かに身構える。緊張感が身を包む。
そうしていると、中からジャカジャカと気忙しい音が近付いてくるのが分かった。
「来るぞっ!」
鋭くゴドヴァンが叫ぶ。
洞窟の中から何か大きなものが飛び出してきた。
「くうっ」
セニアが盾ごと、何かに叩かれて吹っ飛ぶ。
きらびやかな魔物だ。緑を基調としつつも、光の加減で七色に輝いている。
体長は2ケルド(約4メートル)ほど。無数の足で立ち、ひだのような甲殻が全身を覆う。胸部についた2本の腕だけは前腕が槌のような塊、球状である。体の上からは大きな眼球が2つ飛び出していた。
(あれでセニア様をふっ飛ばしたんだ)
ガードナーは半ば呆然として、あらわれた敵の2本の前腕を眺めている。
「呆けているなっ、馬鹿者!」
ガードナーを叱りながらメイスンが敵に斬りかかる。いつの間にか敵が自分に近づいていたのだ。
慌ててガードナーは後退する。
「速いっ!」
クリフォードが叫び、詠唱を開始する。
「ナナイロジャコだ。階層主に違いないっ。手強いぞ」
斬りかかったメイスンが目にも止まらぬ身のこなしでナナイロジャコの打撃を躱す。速さでは敵わない。だが、相手の腕の駆動域などから攻撃を予測しているのだ。
(どう手強いのか知りたい)
ガードナーは贅沢な願いを抱く。必死で戦っているメイスンにそんな説明をする余裕はないのだ。分かりきっている。
「このっ」
倒れていたセニアが身を起こす。聖剣の切っ先とナナイロジャコの前腕とが光の鎖で繋がっている。動きを封じるつもりだ。
だが、あえなく鎖ごと振り回されて、地べたに叩きつけられてしまう。
「ぐっ、うぅっ」
鎧越しとはいえ、力任せに叩きつけられた衝撃でセニアの口から血がにじむ。
「セニア殿っ、おのれ、よくも!ファイアーアローだ」
クリフォードが怒り、完成していた赤い魔法陣から、炎の矢を放つ。数が多い。更に速射して増やしてもいる。
ナナイロジャコの素早さを目の当たりにし、大技ではなく、速射出来る魔術を選んだのだろう。同じ魔術師のガードナーにはよく理解できる選択だ。
それでも巨体に似合わぬ俊敏な動きでナナイロジャコが速射される炎の矢を次々に躱す。一撃たりとて、かすりもしなかった。
「なにっ!」
動揺するクリフォード。
まだ光の鎖でセニアとナナイロジャコが繋がったままである。魔術を使ったことで、クリフォードが敵の注意を引き付けてしまう。
(で、殿下、な、生身は普通の人だ)
接近されれば為す術もない。同じ境遇のガードナーも冷や汗をかく。
セニアを引きずってクリフォードにナナイロジャコが迫ろうとしていた。
「させないっ」
倒れたままのセニアが言うも、勝負になっていない。踏ん張ろうとして、あえなく引きずられている。
「このっ」
ゴドヴァンがセニアの身体を抱えて踏ん張ることでようやくナナイロジャコの進みが止まる。
ナナイロジャコの目が2人を捉えた。なんの感情もこもらぬ魔物の目で、狙いを変えてクリフォードではなく、今度はゴドヴァンとセニアの方へと向かう。
セニアが慌てて光の鎖を消して盾を構える。鎖を握ったままでは戦いにならない。
(つ、強くて速いっ)
ガードナーは自身のすべきことが分からない。何を撃っても避けられて、殴り殺される未来が待っているとしか思えなかった。
敵味方が入り乱れており、迂闊に撃っても、誰か仲間を巻き添えにしてしまいそうで怖い。
「じえいっ」
自分が判断に迷っている間に、メイスンが気合とともに片刃剣でナナイロジャコの横合いから斬りかかる。
ナナイロジャコの身体が即座にメイスンの方を向いた。
前腕がメイスンを捉える。
「ぬっ」
メイスンが片刃剣の刃で受け止めようとする。
ドゴンッと鈍い音とともに、槌のような前足がメイスンの片刃剣を砕いた。
「なにっ!」
メイスンが目を瞠る。
生身であの拳打を受ければ、まず命はないだろう。たとえメイスンでもゴドヴァンでも。
前衛が崩壊すれば、ひいては自分の身が危ない。
(だ、だめだ、こ、これ以上、だ、出し惜しみしてたら、し、死ぬっ)
死ぬのは駄目だ。ガードナーは思う。実家の憎たらしい面々を思い出す。
(た、隊長なら、ど、どうする?)
シェルダンならばどうするか、ガードナーは想像するしかない。直接の薫陶を魔塔について受けたことはないのだから。
ただ、自分にどんな命令を出すだろうか。
(と、とにかく、よ、よく落ち着いて、考えろ。そのためには時間だ)
即座に詠唱を開始した。覚えたばかりの術は加減が分からず燃費も悪い。それでもこの相手には有効だとガードナーは思った。
黄色い魔法陣が中空に浮かぶ。
メイスンが柄だけになった片刃剣で再度の打撃を受け止めた。衝撃波を受けたのか。
「ぐっ、ほっ」
血を吐きながらメイスンの身体が吹っ飛んだ。
(ここだ)
誰も巻き添えにしなくて済む。
「サンダーネット」
広域を覆う雷の網。避けられることをガードナーは危惧していたのだが。
ナナイロジャコの目が間違いなく雷光を捉えた。なぜだか動きを止める。避けることもメイスンへの追撃もしなかった。
更に雷に包まれて痺れているようだ。
動きを封じた。
「拳圧だけでも尋常ではないっ!皆、注意を!」
自身に回復光をかけながらメイスンが叫ぶ。
「わ、分かりました。す、すごい腕力」
セニアもルフィナに回復してもらっている。
まだ怪我をしていないクリフォードとゴドヴァンもどうしたらいいか、と顔を見合わせていた。
ガードナーのサンダーネット自体が邪魔をして、味方2人も攻撃をすることが出来ないのである。実戦で使うのはガードナーも初めての術だった。
(た、体勢を立て直す、時間は作れた、けど)
ガードナーは思いつつ、再度、サンダーネットの詠唱を開始する。
まだ、セニアとメイスンの回復には時がかかる。おまけに遮二無二暴れ始めたナナイロジャコに雷の網が引きちぎられそうだ。
(と、とにかくまだ、動きを封じておかないと)
あと撃てて1度か2度、というところだろうか。頑丈に作る分、慣れた単純な魔術よりも遥かに魔力を要するのだ。
今度は気を落ち着けて、強くサンダーネットを練り上げた。
「サンダーネット」
もう一度、ガードナーは雷の網を放つ。
(や、やっぱりだ)
雷の網を間違いなくナナイロジャコが見ているはずなのだ。避けようともしない。むしろ、竦んだように止まるのだ。弱点というのとも違う気がする。
(あ、暴れ方も、なんかおかしい)
ガードナーはサンダーネットごしに、じっくりとナナイロジャコを観察し始めた。シェルダンのするとおりかどうかはともかく、相手をよく観察するのは当たり前だ、と思う。
(なんで、あの強い腕を使わないんだろ)
マジマジとガードナーはナナイロジャコを眺める。
やはり遮二無二、全身で暴れている、という印象だ。
(な、なんで、皆の攻撃を簡単に避けられるのか。は、速いのは脚がたくさんあって移動自体が速いからだけど。攻撃を見切っているのは、目、目がいいからだ)
ガードナーはナナイロジャコの頭部から飛び出た大きな眼球を見て思う。
(そ、そうだ。や、奴は雷が苦手なんじゃない。ま、眩しくて避けられなかった。セニア様の光る鎖も避けられてない。ず、ずっと洞窟にいるから、強い光は苦手なんだ)
先も間違いなく見えていたはずのサンダーネットを避けられなかったのは、目がくらんで逃げられなかっただけだ、とガードナーは気付いた。
間違えてはいないだろう、とガードナーは思う。
「メ、メメメ、メイスンさん」
あとはどう倒すかだ、とガードナーは思い、頼れる人物に声をかけるのであった。




