245 ガラク地方の魔塔第3階層3
バチバチと物騒な音がして、セニアは我に返った。
黄色い魔法陣が中空に浮かんでいる。赤い光もうっすらと見えた。
「ライトニングアロー」
ガードナーが冷静な口調で告げる。普通に話すときとは声色からしてまるで違う。
ライトニングアローの向かう先を見ると、またカッタマント、エイ型の魔物が海上を飛行している。
が、今回は口から吐いたカッタマントの泡に迎撃されて、命中する前に雷の矢が消えた。
自分が切り倒すしか無い。思ったセニアだが、続いて肌を打つ熱気に気付く。
「ファイアーピラー」
クリフォードが続けて炎の柱を放つ。
巨大な炎に呑まれて、カッタマントが焼失した。
よくよく見ると、海面には種々雑多な魔物の死体が浮かんでいる。ガードナーとクリフォードで仕留められる相手は仕留めていたのだ。
魔術師2人が実によく機能している。
「3人ともいい加減にしてくれ。私とガードナーにおんぶに抱っこで、よくも言い争いをしていられますね?」
前半はメイスンの方を、後半はゴドヴァン、ルフィナの方を向いて、クリフォードが言う。幸い、セニアについてはお咎めなしである。
怒られなくてホッとした。
「申し訳ありません」
メイスンが頭を下げる。仕草とは裏腹に、表情一つ変えず、どこか飄々としていた。悪びれない、とはまさにこのことだ。
「あぁ、すまねぇ」
ゴドヴァンが決まり悪そうに頭を掻いて謝罪した。
「ごめんなさいね」
ルフィナもゴドヴァンに倣う。
三者三様の反応ではあるが、あまり反省していないようにもセニアには見えた。
(なんだか、また揉めそうだわ)
セニアはため息をついた。3人とも、6人の中では年長者に当たるというのに。
「メイスン、今からでも全ての小島と道を記録するんだ。図を描くのが苦手ならば私が描こう」
クリフォードが指示を飛ばす。
的確な指示にセニアには思えた。ただ、クリフォード本人が地図を描いている姿は想像すら出来ないのだが。
「分かりました。私が描きます」
素直にメイスンが頷いた。早速ノートを開いてペンを取る。
セニアは後ろから覗き込んでみた。今いる小島を丸で描き、左右に伸びる小道を線で表している。
もう一度、気を取り直して探索を再開した。おそらくは一度、通った小島も回っているだろう。
長時間の探索を続けているが、6人いる利点として、魔物を駆除したあとの小島で、交代で見張りをしながら休憩を取れた。
(でも、階層主はいない。それらしい気配もないけど)
セニアは思い、またシェルダンかペイドランがいたら、どうだったろうと考えてしまう。
既に3、40もの小島を巡っている。とうとうほとんど魔物とも出くわさなくなった。
「おかしいですね。もう、一周回りきったようですが」
今度はノートとにらめっこをしつつ、メイスンが確たる情報をもとに告げる。
やはり丸と道しか書いていない地図だが、一度通った島にはバツ印が付けてあるので一目瞭然だ。
「ひ、ひえええ」
ガードナーが珍しく自分からゴドヴァンに話しかけた。
(袖、引いてるものね。話しかけてるので間違いないわよね)
横から見ていてセニアは思う。どうやらガードナーにとって、大柄なゴドヴァンは怖い相手らしい。
「ん?どうした?」
苦笑いしてゴドヴァンが応じる。根は優しい人なのだ。
「あ、あの、ひ、ひええぇっ」
恐怖に耐えながらガードナーが何かを伝えようとする。
海面をしきりに指差していた。
ゴドヴァンがガードナーの指差す先をじっと見つめる。セニアも見てみるが、ただ他と同じく小島が見えるだけだ。
「あぁ、確かにおかしいな」
しかし、ゴドヴァンもガードナーと同じく何かを感じたらしい。
セニアはルフィナの方を見た。やはりルフィナも首を傾げている。
「おい、執事。あの島、図面にあるか?」
ゴドヴァンがメイスンに問う。
メイスンが言われて地図と海面とを見比べる。
「おかしいですね、ないです」
執事のメイスンが首を傾げる。
「だろうな、あの島に行く道がないんだよ」
ゴドヴァンが頷いて告げる。
セニアらには遠くにあると道までは見えないことも多く、あまり違和感を抱かなかったのだが。ゴドヴァンくらいの視力であれば克明にそこまで分かるものらしい。
「そうですね。では近付いてみましょう」
クリフォードが決断を下した。
メイスンの図面をもとに最寄りの小島へと移る。
やはり、至る道のない小島が見えるだけだ。
(渡れない以上、どうしよう。私が泳ぐしかないかしら)
泳ぎは苦手ではない。よく川遊びをしていて泳いでいたものだ。
(その場合は鎧を脱ぐわけだけど。水の中で私、うまく戦えるかしら。それにずぶ濡れだと、ちょっと、あまりにはしたないかも)
1人、小島と悶々とにらめっこするセニア。
「で、どうするか。さすがに水中を泳いでいくのは危なっかしいと思うぜ」
ゴドヴァンがクリフォードとセニアとを見比べて言う。
くいくい、とガードナーがゴドヴァンの袖を引く。何やら言いたいことがあるらしい。
「なんだ?」
ゴドヴァンがガードナーの方を向く。
怯えたガードナーが尻餅をついてしまう。
「まったく、お前はシャキッとしろ、シャキッと」
メイスンが軽くガードナーの背中を足先で蹴って言う。
「あら、貴方みたいなのが軍隊でいじめたせいじゃないかしら?」
ルフィナが茶々を入れる。
「2人とも。ガードナー、何かあるなら提案してくれ」
クリフォードが優しくガードナーに問う。
「サ、サンダーストーム」
かろうじてガードナーが告げる。
「あぁ、そうだね。上陸するにせよ、その前に一撃加えて少しでも安全を担保したほうが良い」
ガードナーの言いたいことを完璧に理解してクリフォードが告げる。
(サンダーストームで小島の上を叩いておこうってことね)
他にも何か異常があるかどうかも、雷撃を撃つことで分かるだろう。セニアが泳いで渡るよりよほど合理的だ。
(うん、私、ガードナー君よりも発想がお馬鹿なのね)
セニアは深く反省した。ガードナーもただ悲鳴を上げて腰を抜かすだけの少年ではないのだ。
「よし、じゃぁ、ガードナー、頼むよ」
クリフォードに言われてガードナーが立ち止まる。また早口で詠唱して、数秒で雷雲を生じさせた。
「サンダーストーム」
黒い雷雲が小島へと向かい、雷を落とした。
「きゃあっ」
思わずセニアは声を上げた。急に地面が揺れて生じた波をまともに、顔で受けたからだ。
こうして一行は、ついに第3階層の階層主を見つけたのであった。




