244 ガラク地方の魔塔第3階層2
「メイスン」
クリフォードがメイスンに声をかけた。
なぜか、ちらりと気遣わしげにセニアを一瞥する。
「はっ」
皇族だからかメイスンもクリフォードには従順だ。恭しく素直に頭を下げた。
「セニア殿を見ろ」
さらにクリフォードが言う。
意外にも話が自分へと飛んできた。
言われてメイスンが自分の方を見やる。ハッとしてから、メイスンが自分の顔を見て申し訳なさそうな顔をした。
「これ以上は言わない。どっちが正しい正しくない、というのとは別だ。ただ、君が自分の主を、その態度で苦しめたことだけ理解しろ」
毅然とした態度でクリフォードが言う。
静かにメイスンが頭を下げる。分かってくれたのだろうか。そしてどうやら自分はよほど酷い顔をしていたらしい。
チョウチンナマズにカッタマントを警戒しながら進む。襲われたなら迎撃する。
小島に着くも、灌木がいくらか転がっているだけで異常はない。
「わざわざ島があるんだから、何かしらかありそうなもんだが」
ゴドヴァンが大剣で地面をつつきながら言う。
次の島へと進むこととした。今度は三方へと道が伸びている。ゴドヴァンが先導するに任せた。
「アカテとかいうカニの魔物がいるな」
ゴドヴァンが次の島を見やって言う。
さらに近づくとセニアたちにも見えた。
「お、おれの魔法、と、届きます」
ガードナーが言い、詠唱を開始する。
黄色い魔法陣が中空に浮かぶ。バチバチと雷の弾ける音がし始めた。詠唱を始めてから魔術を放つまでが驚くほど早い。
「サンダーストーム」
ガードナーが打って変わって冷静な口調で告げると、黒雲が生じて小島の上へと至る。
黒雲より雷が落ち、アカテの群れを一掃した。
射程、威力、持続力、どれも申し分ない。素直にセニアは感心する。
「ひ、ひええぇっ」
また腰を抜かすガードナー。いちいち悲鳴を上げるのだけは感心しないが。
「すげえな、射程だけなら殿下以上じゃねぇか」
ゴドヴァンが手放しでガードナーを褒める。ルフィナも微笑んでいた。2人ともガードナーには優しいのだ。
思わずセニアはクリフォードの顔色を窺う。
いかにも自尊心の高そうな、そして炎魔術に誇りを持っていそうなクリフォードである。自分以上などと言われて、機嫌を損ねるかもしれない、とセニアは危惧したのだ。
(ここに来て、殿下とガードナー君まで揉めたら、完全崩壊だわ)
当のクリフォードは何やら思案顔だ。顎に手を当てて考え込んでいる。
「ガードナー」
クリフォードが思案顔のまま、口を開いた。
「ひえええぇ」
腰を抜かしたまま、なぜか悲鳴をあげるガードナー。
ゴドヴァンとルフィナの感心する顔が呆れ顔に変わった。
どうやら自分より圧倒的に強い相手には一律、悲鳴をあげる性質らしい。
(あれ、私、ガードナー君に悲鳴あげられたことないわ。まさか、そういうことなのかしら?)
セニアは気付いてしまった。なぜだか腹が立ってくる。
(もう、面倒見るの止めようかしら)
つい意地の悪いことを考えてしまう。だから、セニアはまだガードナーを助け起こさないこととした。
「君、詠唱を適当にやっていないか?」
クリフォードがガードナーの体たらくを気にせず尋ねる。良いこととは思えないが、咎めるような口調ではない。
ゴドヴァンとルフィナも訝しげな顔で首を傾げていた。
メイスンに至っては、さほど興味が無いのかせっかちなだけなのか、少し先を歩き始めている。
「す、すいません」
ガードナーも怒られているのだと解釈して謝罪した。
「そうじゃない。君、詠唱が適当でも雷魔術を放てるのだね」
クリフォードが驚き顔で言う。
確かに現に撃てているのだから問題はないのだ、とセニアも思った。
「極論を言えば詠唱なしでも、無詠唱でも撃てるのではないかな?」
更に興奮した様子でクリフォードが尋ねる。
「お、おれ、魔力が、か、勝手に雷になっちゃうんだって、レ、レンドック先生が」
ガードナーの言葉に頷くクリフォード。
セニアはもちろんのこと、ゴドヴァンやルフィナも置き去りだ。
「それなら、やはり無詠唱でもいけるじゃないか。羨ましいね」
クリフォードが言葉通り羨ましげに告げる。隠そうともしていない。そして他の面々は置いてけぼりのままだ。
「で、で、でも、じゅ、術式の展開はしなくちゃだし、ど、どうしても、お、お時間を、く、ください」
ガードナーがなぜだか緊張した面持ちで告げる。褒められていると分からないのだろうか。
「そうだな。詠唱している時間で術式を頭の中で構築するわけだから。適当でも詠唱していたほうが集中しやすい、という面もあるか」
納得した様子で、クリフォードが頷いた。
2人でお互いの使える魔術について、再確認を始める。聞いていると、まだ魔術を習い始めて長くもないというのに、ガードナーも様々な魔術が使えるらしい。雷の網なども作れるようだ。
セニアは2人の様子を見ていて、なぜだかホッとした。
(面倒見も良くて、こうしてると格好いいのに。って、私、また馬鹿になってるわ)
どうしてしまったのだろう。
思いつつもセニアは2人を促してゴドヴァンらについて歩き始めた。
幾つかの島を回る。小道でも小島でも、魔物に必ずといっていいほど遭遇したが、いずれも対処できない相手ではなかった。
(階層主はどこかしら?)
そろそろ遭遇してもおかしくはない。セニアは抜身の聖剣を持ったまま、気を張り詰めていた。
「おい、執事。いま、どの辺だ?かなり探したぜ?」
ゴドヴァンが珍しくメイスンの方を向いて尋ねる。
セニアと同じく気になったようだ。シェルダンやペイドランならば地図を書いている。メイスンも同様だろうと思っていたが。
(でも、そういえばおじ様、ノート開いてるの見たことないわ)
セニアは嫌な予感がした。
「分かりません」
しれっとメイスンが言う。
「ええっ」
思わずセニアはルフィナと同時に声を上げてしまう。
「これだけ戦っていて、図面など書いていられるわけもないでしょう」
涼しい顔でメイスンが言う。
まったく無いわけではなかったし、頼んでくれれば時間ぐらい稼いだのに、とセニアですら思った。
「呆れた。本当に剣を振り回すしか能がないの?」
ルフィナも心底うんざりした顔で言う。
第2階層でも迷い歩いていて、階層主と遭遇しただけであり、運任せだったのかもしれない。
「あなた方が、シェルダン殿やペイドラン君に甘え過ぎていただけでしょう。必要と思うならご自分でなさっては?あなた達こそ、魔塔に何度も上って何を学んだのですか?」
メイスンもメイスンで辛辣な言葉を返す。ゴドヴァンやルフィナの怒りを煽るような物言いだ。
(また、始まった)
セニアはうんざりするとともに、ガッカリもしてしまう。先程の言い合いで、どちらも反省はしないのだから。
3人ともセニアにとっては大事な仲間であり、ここは危険な魔塔だというのに、なぜ仲良くしてくれないのだろうか。
そして、何も上手い手を思いつけない自分自身がまた、セニアにとって歯がゆくもどかしいのであった。




