242 シオン暗殺計画2
さらに2人の刺客をペイドランは飛刀で仕留めた。
何人の刺客がこの離宮を襲撃しているのか。ペイドランにも分からなかった。庭にいたのが全て刺客ならば20人ほどいるわけだが。
(セニア様とかゴドヴァン様くらい強い人がいると、数人だとしてもマズいけど)
シェルダンのような、強かな戦い方をする人種も危ない。
また、首筋がゾワゾワしてきた。
やはり窓の辺りが怖い。
「イリスちゃん、窓にだけは近づいちゃだめだよ」
改めてペイドランは警戒を喚起した。
「うん。分かった」
イリスが素直に頷く。
窓の方をちらちら気にしていると、異物が視界に飛び込んできた。
「あら、窓の近くに居てくれたら、簡単に首を取れたのに。残念」
オレンジ色の髪色をした女性だった。返り血を浴びて抜き身の剣を携えている。
セニア失踪の際に襲撃してきた、アスロック王国の剣士ミリアだ。動きが素早いイリスと同じぐらいに動きが素早く、腕力では更に上を行く難敵だ。つまりセニアやゴドヴァン並みに危ない相手である。
(ここ、3階なんだけど)
ペイドランは背中に嫌な汗をかく。もしシオンが屋内からの襲撃に怯えて窓際にいたら、実際、簡単に首を取られていたのだ。
屋外の開けた場所ならばペイドランも互角以上に戦える自信がある。だが室内ではどうか。
「子供2人に護衛1人。なんとかなるかしら。ついてるっちゃ、ついてるのかしらね」
薄くミリアが笑った。どこか感慨深げな口振りながら、ゾワリとにじむ殺気がペイドランの肌を打つ。
イリスも緊張しているのか。自分から突きかかることはしない。後ろからでも緊張し警戒しているのが分かる。
「いつぞやの可愛い恋人さんたち2人ね。悪いけど縁があったみたい。含むところはないけど、ついでに死んで」
動きが速すぎる。
ミリアの動きに反応できたのはパターソンではなくイリスの方だ。
「このっ」
真っ直ぐシオンのほうへ向かったミリアに対して、イリスが得意の突きを放つ。
「あら、少し腕が鈍ったんじゃないの?前より弱いみたい」
しっかりと剣の腹でイリスの突きを受け止めてミリアが告げる。
「それに言ったわよね。あんたじゃ、腕力が足りないって」
剣ごと、ミリアがイリスを弾き飛ばした。
「くっ、うっ」
壁に叩きつけられたイリスが床に突っ伏して動けなくなる。背中を強打したのだ。
更に斬撃を放たせるわけにはいかない。
ペイドランは立て続けに飛刀を放つ。当然、音を出すものも混ぜ込んでいるのだが。
騙されることなく、ミリアには本命の飛刀だけをことごとく叩き落される。
「そうよねぇ、彼氏君のほうが厄介なのよねぇ」
ミリアが真剣な表情で言う。優勢であるのに油断をしてくれない。
ペイドランは額に汗を浮かべる。いま、他の襲撃者もあらわれると厳しいものがあるのだが。従者の服装ではあまり多く飛刀を持てないのだ。切り札の2振りの名刀も前もって鎖と結着しておかないと使えない。
「俺たち、もう結婚しました。俺、夫です」
それでも一応、訂正しておいた。
ミリアがなぜだか目を瞠る。
「あら、そう。幸せになったのにね、お気の毒だけど。おめでとう、そして、ごめんね」
謝罪するぐらいなら帰ってほしい。
ミリアが言葉や表情とは裏腹に容赦なく斬り掛かってくる。
厄介だという自分をまず殺すこととしてくれたらしい。一瞬、そう思ったのだが。
(嘘つき)
ペイドランは騙されない。牽制で飛刀を放ちながら、パターソンに目配せする。
騙し討ちだ。あくまでミリアの標的はシオンなのだから。ペイドランを気にしたパターソンの隙をついて、シオンを殺すつもりだろう。いかに素早くても、パターソンの密着しているシオンを殺すのはミリアも大変なのだ。
(シオン殿下だけ、殺してすぐに逃げてくれるつもりだ)
ペイドランはミリアの意図を正確に読んでいた。
『標的のシオンを殺させてくれれば逃げてあげるわよ』と行動で言われた。結婚した、ということでなにかミリアの琴線に触れたのだろうか。
(でも、させるわけにはいかない)
パターソンに警告したことで、ペイドランは却下した格好だ。
ミリアが痛ましげな顔をする。
「じゃあ、やっぱり、手強い夫君、あなたから」
そのままミリアが自分の方へと向かってくる。
白い影が横から突きを放つ。
「このっ、ペッドはやらせないって」
自分を守るべく、弾き飛ばされていたイリスが痛みを堪えて、戦っている。
ミリアが顔にだけ、あからさまな動揺を浮かべた。
(イリスちゃん、ダメだよ)
黙って寝ていればイリスは見逃して貰えたはずだ。
弱っているイリスなど、たやすく斬り殺されてしまう。
「邪魔よ」
ミリアがイリスの腹を蹴り飛ばした。
「くぅっ」
イリスの華奢な身体が床を滑った。いつもならイリスが傷つけられるのを見ると腹が立つ。
時間を稼いでくれたイリス。ペイドランは腰の名剣二振りを抜き放つ。更には腹に巻いていた鎖を解いて決着させる。
「なに、その武器」
ミリアが見たこともないであろう武器を前に、初めて本当の動揺を見せる。
答えずペイドランは渾身の力で飛刀を放つ。
距離が近い分、回避が出来ず足を止めてミリアが剣で受ける。
1本を防がれても、すぐに2本目を飛ばす。
「くっ、止まらない」
ミリアが防戦一方となる。
ペイドランも必死だ。少しでも気を抜くか投げ方を誤ればたちまち斬り殺されるのだから。
「んっ、うぅっ」
イリスが呻きながら身を起こす。剣だけは離していない。
「イリスちゃん、窓閉めて。カーテンも。もう、逃さない」
ペイドランはミリアから目を離さずに頼んだ。
イリスがしっかりとした足取りで言われたとおりにする。
言いながらもペイドランの飛刀は止まらない。そして、ミリアの剣が飛刀を受け続けたことで、徐々にボロボロに砕けていく。
「パターソンさんっ!」
ミリアの動きが急に変わったので、ペイドランは声を上げた。
「覚悟っ!」
防戦を止めたミリア。左の肩口にまともに飛刀を受けて血を流す。物ともせずボロボロの剣を握ったまま、シオンとパターソンの方へと突撃する。
負傷してなお、自分とイリスに勝てるわけもない。イチかバチか刺し違えるつもりだ。
「ペイドラン、生け捕りにしなさい」
シオンが人の苦労も知らずに命じてくる。取り乱さず落ち着いていたのは大したものだが。
パターソンが片手のミリアと切り合う。互角だ。
(それなら)
気配を消してペイドランは接近し、するりとミリアの右腕に組み付いた。
「なにっ」
ミリアが驚きに満ちた声を上げた。
飛刀しかできないわけではない。自分もシエラ程ではないが体術の心得はある。片手の相手ならわけはない。
関節を極めてミリアを組み伏せた。
「抵抗すると、折ります」
ジタバタするミリアにペイドランは静かに告げた。
いつの間にか階下での騒ぎも聞こえなくなっている。
「よし、さすがペイドランだ。いずれ、アスロック王国の刺客だろうが。生け捕りにして吐かせないことにはね、証拠がない」
淡々と自らを殺しに来た者を見下ろしてシオンが告げる。
「さらには、この者の主に責任を取らせることも、出来るわけだ。いずれ、アスロックの有力者の誰かだろう。更にアスロックを追い詰められることとなる」
薄く笑って、シオンが言う。
ミリアの表情が変わる。
ペイドランとしては、このままミリアを殺さずに済むならと思う部分もあった。
「さっき、イリスちゃんが俺を庇おうとしてくれた時、なんで斬らなかったんですか?」
どうしても気になって、腕を決めたまま、ペイドランは尋ねた。
蹴ったとき、斬ることも出来たはずだ、とペイドランは思う。
「だって、どうせ同じでしょう?」
痛みをこらえる顔でミリアが答えた。
「斬っても蹴っても、時間を与えれば私は君に倒される。お嬢ちゃんが身を挺して来ちゃった段階で私は負けたの。どうせ負けるんだから、生かしておいてあげただけよ」
まだ妙な感じがした。ミリアが異様に落ちついている気がする。まるで覚悟を決めているかのような。
「あぁ、良かった。せめて私が誰だか分かっている子たちの前で死ねて。最後に良いものも見れたしね」
さっぱりとした口調でミリアが言う。
「お幸せに」
ミリアが顎に力を入れる。
「いけないっ」
思わずペイドランは口にしていた。しかし、具体的にどうしていいか分からない。
「生き恥は晒さない」
奥歯で何かを噛む動作を見せ、口から血を吐いてミリアが息絶えた。
「な、なんだ、ペイドラン、どういうことだ?」
流石にシオンが動揺を見せた。
「奥歯に、毒です。そういえばシェルダン隊長が言ってました。アスロックの暗殺とかする人は、捕まらないよう、そういう準備する、って」
ペイドランは説明した。立ち上がる。
襲撃されたのだ。少しでも迷い、気を抜けば死んでいたのは自分たちだ。間違ったことは1つもしていない。
そっとイリスの肩を抱き寄せる。
(ただ、何も、死ななくても)
遺体となったミリアを見下ろしてペイドランは思う。
何がミリアを駆り立てたのか。それでいてイリスを殺さずにおいてくれてもいて。
「弱体化したとはいえ、アスロックの人間も侮れない、か」
シオンが険しい顔で言う。他の人間は圧倒されて、パターソンも含めて言葉を発せられない。
「改めて、君を雇えて良かったよ、ペイドラン」
しみじみとした口調でシオンからねぎらってもらえた。
パターソンも頷く。屋敷の中も襲撃者を全て仕留めたとのこと。
「殿下、この人にもう、あまり酷くしないでください」
ペイドランはイリスを抱く手に力を込めて頼んだ。
「まぁ、遺体をどうこうする、意味はない」
現実的なシオンが頷く。
そして、ミリアの遺体はアスロック王国との国境へ丁重に送り返されることとなったのであった。




