241 シオン暗殺計画1
おかしいぞ、とペイドランは思った。首の辺りがゾワゾワする。
なんとなく窓際に寄って庭園を見下ろす。
(なんか混んでる)
ペイドランは漠然と思った。
いつもよりも庭園の整備をしている人数が多い。20人くらいの男が離宮の庭園で作業をしているのだと思う。いちいち何人がいつも作業をしているかは覚えていないが、人の頭が庭園にいつもよりもたくさん見えるのだ。何かが明確にいつもと違う、というのは要注意である。
「パターソンさん、殿下を窓辺に行かせちゃダメです」
自身も窓から離れて、ペイドランは金髪の偉丈夫に耳打ちする。護衛長のパターソンだ。いつも自分をからかってばかりいる男だが、武術の腕前は間違いないので、彼がシオンについている時で運が良い、とペイドランは思った。
(ここは3階だけど、弓矢とか魔術とか、危ない)
元々、シオンの執務机は奇襲を防ぐため部屋の内側に配置していた。あくまで念のための措置だ。
ペイドランは窓の方を一瞥する。やはり首の後ろのゾワゾワが止まらない。落ち着かなくて、しきりに首筋をさすってしまう。
「どうかしたのかな?」
シオンが仕事の手を止めて尋ねてくる。面白がるようでいて、訝しげでもある、複雑な表情だ。
「なんか、やな感じがして」
ペイドランは首を横に振って打ち明けた。黙っていても、どうにもならない。
シオンがちらりとパターソンに目配せした。更にパターソンが部屋の外にいた文官たちに何事かを伝える。慌ただしく文官たちが動き始めた。
シオンの離宮は、護衛の武官たちの他、内政の実務を執り行うため文官たちも多く滞在しているのだ。俄に離宮内部が騒がしくなってくる。
「可愛い奥さんが来ているからかな?弁当を忘れただろう?そろそろ着く頃じゃないか?」
落ち着かない様子のペイドランを見て、からかうような口調でシオンが言う。パターソンもニヤリと笑った。
「えっ」
ペイドランは戸惑い、かつ焦った。
(思い過ごしなら良いけど、嫌な気配がする時にイリスちゃん、来ちゃった。どうしよう、俺のせいだ)
こんな時に弁当を忘れた自分の間抜けが許せない。
イリスに何かあったら自分のせいだ。気が気ではなくなって、そわそわしながらペイドランはイリスを待つ。一分一秒がとても長く感じられた。
「ペッド、忘れ物よ」
丸腰のイリスがおめかししてあらわれる。綺麗な白いボタンシャツに、青い膝上丈のスカート姿だ。いつもどおり一瞬、目を奪われてしまう。こんなときでも可愛らしいのだ。
イリスが手にした布包みをひらひらと振って言う。
「あ、殿下たちも。いつも夫がお世話になります」
雇用主であるシオンたちには、可愛らしくペコリと頭を下げてお辞儀をするイリス。本来なら順序が逆なのだが可愛いのでペイドランは不問とする。
「もうっ、本当にそそっかしいんたから」
そしてイリスがペイドランの横に立って愛おしげに耳元で囁く。とても嬉しいのだが、いつものようにイチャイチャしていられない。
ますます怖いのが増してくるのだ。
「イリスちゃん、ごめん。誰かに武器借りて」
いよいよ、と思い、ペイドランは告げた。自分の近くに来るまで何事も無かったことに内心安堵しながらも。
イリスの表情が緊張した、真剣なものへと変わる。魔塔のときと同じだ。
「何かあるのね?」
真剣な顔になってイリスが問うのと、階下で悲鳴が上がるのとが同時だった。
「殿下っ、襲撃です!」
護衛の一人が飛び込んできた。黒髪の偉丈夫であり、シオン付きの武官の1人だ。ウォーレスという名前だった。抜き身の剣を手にしている。
「庭師に不届き者が混ざっておりました!」
報告に来た武官越しに知らない顔が見えた。
ペイドランは飛刀を放つ。命中して襲撃者が昏倒した。
そのまま、黒髪の武官ウォーレスが入り口を固める。
(敵の動きが速い。腕利きばかりなんだ)
ペイドランは背中に嫌な汗をかく。相手がアスロック王国人ならば、躊躇わず殺しに来るだろう。
実戦慣れしている襲撃者たちに対して、パターソン含めて訓練は十分で優秀ではあっても、実戦経験に薄いシオンの護衛たちである。
「ペッド、私にも剣をちょうだい。私、あんたのが良い」
強張った顔でイリスが言う。
そういえば自分の腰にも剣が一振りあった。いざ実戦となれば、飛刀ばかりだから使うこともない。腰には2本の短剣もある。
「殿下はパターソンさんの後ろにいてください」
ペイドランはイリスに剣を渡しつつ、シオンに念を押した。
「あと、壁際すぎると、相手に魔術師の人いると危ないから、ダメです」
更にペイドランはパターソンにと警告しておく。
素直にパターソンが壁からも窓からも離れた場所でシオンにピタリとついている。
「さすがペイドランだ。これを感知して、落ち着かなかったのか」
感心したように狙われているであろう本人のシオンが言う。
少しは緊張感を持ってほしい。また、黒髪の護衛ウォーレス越しに敵が見えた。
ペイドランは飛刀を2本放つ。1本は音がするものを明後日の方へ、気を取られた隙に本命を放って仕留める。
大事なイリスもこの場にいるのだ。
(危ないの、一切イリスちゃんに近付けるもんか)
イリスになにかあればペイドランも悲しくなる。当然シオンを守るために必死で戦うのだが。より一層、ということだ。
「私、久々に暴れられる、って思ったのにな」
どこぞの聖騎士のように不謹慎なことをイリスがこぼした。聖騎士セニアの元従者らしいといえばらしいのだが。今この離宮内にあって、数少ない実戦慣れしている人間では、イリスもあるのだった。
「そういうの、変なのを呼び込むから、ダメ」
顰め面を作って愛妻にペイドランは注意をした。
案の定、イリスの言葉を皮切りに、次々と襲撃者が姿を見せる。
一人一人が手練だ。魔塔の魔物と違って、いちいち音が出るほうの短剣を投げる手法でないと仕留められない。
(それでも下で他の人も頑張ってる)
5人目を仕留めてからペイドランは思った。
襲撃者が2人以上ではあらわれて来ないので、この場は助かっている。
「ペッド、これを予期してたから、文官の人たちを裏から逃してたんだね」
思わぬことをぽつりとイリスがこぼした。
文官の余計な足手まといを急遽のことではあっても除去してくれていたらしい。
(俺の、ただの予感みたいなのだけを根拠で、そこまでしてくれたんだ)
従者らしい仕事がまだ出来ているかあやふやな自分を信じてくれたのは嬉しい、と素直にペイドランは思い、シオンの方を一瞥した。
だが、同時にペイドランは思うのである。
(だったら、イリスちゃんも危ないんだから、逃してくれれば良かったのに)
視線に恨めしい気持ちも混ぜ込んでやった。
『イリス嬢もいざとなれば戦力になれるからね』と言わんばかりのシオンの見返してくる眼差しが、ペイドランには小憎たらしく感じられるのであった。




