24 第7分隊〜ハンター3
カティアとカディスの姉弟に上手くやられた気がしてならない。
(身分も何も、俺じゃカティア殿と釣り合わないだろ)
シェルダンは首を横に振りながら、練兵場へ足を向けた。
すでに訓練を終えて、布で汗を拭いているハンターがいる。他の隊員は既に帰路についているようだ。
「ハンター」
大声で呼びかけた。
「おお、隊長、お疲れさまです」
ハンターが振り向いてペコリと頭を下げた。
「帰り、一杯付き合え」
シェルダンの言葉にハンターが意外そうな顔をし、続けてニヤリと笑った。シェルダンから誘いをかけたのはおそらく初めてのことだ。
「何かあったんですか?連日で、しかも隊長からのお誘いとは珍しい。もちろん、付き合いますよ」
ハンターが了解してくれたので、身繕いを整え、2人でトサンヌへ向かう。
「ハンターは奥方とはどのようにして出会ったんだ?」
麦酒と料理の注文を済ますなり、シェルダンはハンターに質問をぶつけた。
「ははっ、何か腹に溜め込んでいるのだろうとは思いましたが、まさか隊長が。女のことですか」
ハンターが麦酒を飲み干して笑う。そしてすぐにお代わりを近くにいた店員に注文した。今日は付き合わせる格好なのでシェルダンの奢りである。ハンターの方も遠慮をする気はないようだ。財布には打撃だが、あまり金の使い道も、ここ最近のシェルダンにはない。
「うちは見合いでしたよ。親父が友人の材木商の娘を紹介してくれて。気が合ったので一緒になりました」
やはり軍人で下級兵士ともなれば、大体は見合い婚である。ドレシア帝国もアスロック王国も大差ないようだ。
シェルダンも同様の流れで婚姻するのだろうと何となく自分の人生についても思っていた。父か母かに紹介された女性とアスロック王国で結婚するのだと。しかし、国を出たことで随分と状況が変わった。
「実は女性と文通することになってな」
口にするのも気恥ずかしい。酒の力を借りないことには切り出せなかっただろう。
「ほう、それはまた、なんと言うか、古風ですな」
45歳のハンターに古風と言われてしまう。
「なかなか会えないから、だと思うんだが」
首を傾げてシェルダンは言った。シェルダンもなぜカティアが文通という結論に至ったかは知らないのだ。カティアの心情を推し量ろうとして、そんな考えに至る。
「ははぁ、その様子では、文通と言い出したのはお相手ですな。どんな人です?」
好奇心をあらわにしてハンターが尋ねてくる。
ハンターに知られるということは、分隊員全員に知られるということだ。カディスなどとは違い、よほど強く口止めしないと秘密を守ってくれる、という種類の人間ではない。
「貴族の屋敷で住み込みで働いている侍女殿だ。俺などとは身分が違いすぎる」
身分差がある、という程度の説明にシェルダンはとどめておいた。
「はぁ、随分と入れ込んでるんですなぁ」
呆れたようにハンターに言われてしまった。なぜ、そうなるのかシェルダンには分からない。
「いや、なんでそうなる?」
カティアの側から働きかけてくれているから続いている関係だ。迷惑をかけないようシェルダンからは、ほとんど行動を起こしていない。
(たとえ、本当にそうだとしても。人から言われるようなことはないはずだが)
デートだって、まだあの一回きりだ。
「身分違いだなんて、相手を大事に思うから出てくるんでしょうが」
ハンターが笑って言う。いつもより飲むペースが速い。奢りだと思っているからだろう。
「文通だなんて、かったるいこと言ってねえで、惚れてるならとっとと抱きすくめて」
調子に乗って、ハンターがとんでもないことを言い出した。
「惚れてる?抱きすくめる?まだ1回デートしてもらっただけだ。文通だってまだ」
シェルダンは動揺を隠せない。
「ほら、してもらったって。感謝なんざするとは、自分で惚れてるって言ってるようなもんですぜ」
ケタケタと笑いながら、ハンターが指摘し、魚料理のトサンヌを箸で口に運ぶ。
「惚れてるならちゃんと行動に出さねえとかえって失礼でしょうよ。魅力がねぇって言ってるのとおんなじなんですよ」
ハンターに言われてシェルダンは考え込んでしまう。
カティアやカディスから自分はどう見えていたのだろうか。ハンターのように、カティアからも自分の気持ちなど見透かされた上で、更にここまでしてもらっているなら、顔から火が出るほどに男として恥ずかしい。
「まぁ、そのお嬢さんが、隊長の言う、身分の釣り合う他の誰かと結婚するって想像して、耐えられるかどうか。それをちっと考えてみて、今後もどうするか決めたらどうです?」
ハンターが更に言う。
シェルダンは自分のコップを見つめた。
カティアが自分ではない男と交際し、あの笑顔を向けていると想定する。チクリと胸が痛む。名残惜しいような気持ちになる。
シェルダンはため息をついた。
「ハンター」
静かに語りかける。
「はい?」
ハンターがのんびりと応じる。
「少し、頭の中がまとまった。まだ、知り合って、相手の方とは間がない。もう少し、この文通で知り合えればまた、いろいろ変わってくると思う」
確かにハンターの言うとおり、全く心が動かないなら身分違いだ、なんだと気にすることもないのだ。
言い訳をどう言おうとも、カティアに心惹かれ始めているのは間違いない。
「まぁ、隊長も若い人だから。羨ましいねぇ」
面白がってニヤついているのはいただけないのだが。
シェルダンとハンターは食事を終え、帰路につく。あまりにハンターの足取りが危なっかしいので、シェルダンは家までついていってやることにした。
途中、2人の男が言い合いをしているところに出食わす。
周囲に他の通行人はいない。もう随分と遅い時間帯だからだ。言い争っている二人も酔っているように見える。
1人は20代くらいの男性、もう1人はさらに若いようだ。いくぶん気弱そうでもう一人の方を持て余しているように見える。
「おいおい、なんだ、どうした?」
ふらつく千鳥足でハンターが近づいていく。仲裁でもするつもりだろうか。
シェルダンは嫌な予感がして、とっさに上着をたくし上げ、腹に巻いていた鎖鎌を解く。
「うるせぇ、てめえも聖騎士かぶれの第2皇子派かっ」
男のうち1人、痩せた眼鏡の男がハンターに詰め寄ろうとする。
手に光るものが見えた。思ったときにはもう、シェルダンは鎖分銅を放り、相手の両足に絡めて引き倒してしまう。
「ぎゃあっ」
引き倒された男の手から、倒れた拍子に飛んだ短剣を見て、ハンターが唖然とした顔をする。酔いも一気に冷めたようだ。自分がなんの脈絡もなく刺されかけたのだから無理もない。
「おい」
シェルダンは低い声を発した。鎖をそのまま巻き付けて両手両足を締め上げる。更に以前セニアにしたように、首の根元に膝を乗せて動けなくしてやった。
「は、はい」
もう1人の気弱そうな青年に尋ねる。まだ若い。10代後半くらいかもしれない。
「こいつは何だ?」
端的にシェルダンは尋ねた。
「分かりません。なんか急に第2皇子がどう、とか聖騎士がどう、とか絡んできて」
今いる道を真っ直ぐに進めば、クリフォードの離宮だ。本当はそこで何かするつもりだったのかもしれない。
ついついカティアの顔が脳裏に浮かぶ。先の話のせいだ。
「隊長、どうしますか?」
ハンターが青ざめた顔のまま尋ねてくる。戦場でならともかく、まさか街で命を脅かされるとは思わなかったのだろう。たとえ頑強なハンターでも刺されれば死ぬ。
「とりあえず両手両足の骨を砕いてから衛兵につき出そう」
シェルダンの言葉に、男はもちろんのこと、なぜだか青年の方まで青ざめる。
「ま、待てよ、そこまで」
シェルダンは言いかけた酔漢の男を一睨みで黙らせる。
「命があるだけ有り難いと思え」
さらに青年の方を向いた。
「お前は絡まれて刺そうとした経緯の目撃者として来てもらう」
拒否権はない。こちらは諍いに巻き込まれていい迷惑なのだから。怯えた顔で青年が頷く。
「ハンターは、奥方が心配するから帰れ。こっちは心配いらない」
シェルダンの言葉にハンターが苦笑した。
「お言葉に甘えさせていただきますよ。だが隊長、過剰防衛になるから、骨砕きはいらねぇと思いますよ」
結局、シェルダンはハンターの言葉に従い、鎖で縛り上げたまま、男を衛兵に突き出してやった。最近似たような騒ぎばかり起こしている男だそうで、いたく感謝されたのだが。
(第1皇子と第2皇子の争い、いよいよ煮詰まってきたのか?)
暗澹たる思いで、シェルダンは帰宅した。